■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第4回   T-4
 これからしばらくお世話になるということで、朝食をご馳走になった。ナギは、ちょっと多く作ってしまったから助かると言ってくれた。
「どう?お口に合うかしら?」
最初は具財の奇妙な形に戸惑ったが、口に入れてしまえばなんともない。むしろおいしかった。正直に笑顔で感想を言うと、
「そう、よかったわ」
彼女もほっとしたように笑った。
「けど、本当にいいの?迷惑じゃないですか?」
とか言いつつ、お腹のすいていたわたしは遠慮なくいただいている。
 突然転がり込んで来たのにもかかわらず、二人とも優しかった。嫌な顔ひとつ見せずにゆっくりして行ってと言う。ここの人達は皆人がいいのだろうか?
「いいのよ。父と母は遠い所へ働きに行っていて、滅多に帰ってこられないの。だから、この家に二人だけでは広すぎるのよ」
「それに、ナギに新しい友達ができたしねぇ」
と、ナギとお婆さんに結果オーライ的なことを言われたけれど、やっぱり悪い気がしてしょうがなかった。
 食べた後、ナギがわたしの泊まる部屋を案内してくれた。食堂兼調理場のここから枝四本分上がった所だ。
 「ねえセリナ。セリナはどこから来たの?その服、見たことのない物だし…あなたの髪も、珍しい色をしているのね」
 赤い丸屋根の部屋に入って窓からの眺めを堪能(たんのう)していると、わたしの背中にベッドを整えていたナギの声が刺さった。
「え!?え〜っと…」
どう言えばいいだろうかと返事に困っていると、
「…そう、遠くから来たのね」
首を傾げて少し寂しそうな顔をした。
 ナギには悪いけど、わたしがどこか知らない所から突然やって来たと言っても、信じてもらえないだろう。
 どうしてここに来てしまったんだろう。どうすれば元の場所に帰れるんだろう。
 どうにも居心地が悪くなったわたしは、再び外に視線を向けた。窓の外には森と、その奥に高い塔が見える。円錐型の頂点に光るボールの付いた、クリスマスパーティーの時に被る帽子のような形の真っ白な塔。

                 『おいで』

「へ?」
「どうかした?」
何か言われた気がしたけれど…気のせいだったようだ。
「ねえナギ。あの塔、何?」
わたしはごまかすようにそう言った。
「ああ、タイレイム・イザーの事?」
「タイ…?」
「謎の塔って言われているわ。どうしてかは…資料館に行ってみればわかると思うけれど。興味ある?」
「うん」
資料館というのが(おそらく図書館と同じようなものだと思う)どういう所なのか知りたいし、塔も間近で見てみたい。

 お婆さんに断りを入れて、私たちは資料館へ向かった。
 ナギの家に来た時とは別の道を、変わった建物(ほとんどが高床式で台形のそれもある)を眺めながら突き当りを折れると、古めかしい荘厳な雰囲気の大きな建物が立ちはだかっていた。やはりこの建物も階段で一階分高くなっている。ナギに聞いてみると、ラービニではある時期になると海の水が町の中まで入って来るそうだ。まるで海に浮かぶ町のようになる。それで別名“水の都”とも呼ばれているらしい。
 
 大の大人でも開けられそうにない大きな扉を合言葉(スマトバーズ)で簡単に開けて入ると、両脇に低めの台があった。その上にはいくつかの色分けされたボタンが。
 ナギが緑のボタンを押すと、目の高さに文字が現れた。読めないけれど、おそらく文字だ。そして空中にそれが浮かんでいる。
「タイレイム・イザーに関する資料はどこにありますか?」
ナギが聞くと文字が変わり、同時に、
『“う”の三階、五十六室の三十三行目です』
女の人の声で言った。
 ナギがお礼を言うと文字が消えていった。
 わたしは呆然とそれを眺めていた。
 館内に入ると、その大きさに驚いた。国立の図書館より大きい。
 目的の部屋に入り、蔵書を見つけた私たちは丸窓の前にある机でそれを繙(ひもと)いた。
 ひとつ言っておくと、こちらでは文字のことを“紋章”というらしい。それがびっしりと書かれていたので、わたしはナギに読んでもらった。
【塔は人類が気付いた時からあった。今まで何人もの研究者が塔の謎を解き明かそう  と様々な手を試みたが、塔には入り口らしき物はなく、窓から入ろうと足場を掛け  ても人もろとも崩れ落ちた。仕方なく穴を開けて侵入しようとするが、それを拒む
 ように研究者達を弾き飛ばした。また、せめて外壁だけでも調べられないかと試し
 たが、悲惨な結果に終わった。そのため、タイレイム・イザーは全てが謎に包まれ  ているのであった。
  “タイレイム・イザー”という名は、塔の壁に浮かび上がった紋章を偶然研究者
 が発見したものをつけた。しかし、二度と塔の壁に“タイレイム・イザー”と刻ま
 れることはなかった。】
だ、そうだ。
 結局なにもわからないらしい。わたしが元の場所に戻る手掛かりもない。
「どうする?これ以上は載ってなさそうよ」
ナギがパタンと本を閉じて聞く。と、

                『ここへ…おいで』

…空耳、だろうか。誰かがわたしを呼んだ気がした。
「えっと…その、タイレイム・イザーを見に行ってもいい?
 ナギはお客様の御要望に応えて、喜んで案内すると承諾してくれた。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections