夜になって、汗だくになった私たちは地面にへたり込んでいた。
「疲れたー。結局なにやっても無駄だったじゃん」
あの後石を投げつけてみたんだけど、ウェーアみたいに一直線に跳ね返ってきて、かなりスリリングな体験をさせていただいた。またそれが楽しくて長い間遊んでいたんだけど、“二人して遊ばないで下さい!”ってナギに怒れてちゃった。
次にわたしが、岸壁を登って上から進入!って提案したけど却下。
ナギがエナさんにもらった短剣で壁を切ろうとしたけど、効果なし。
だったら俺の方が、ってウェーアも試してみたけどびくともしない。
どこかにスイッチとかがあるかもって、そこら中を探してみたけど、あるはずもなくあえなく沈没。
そうこうしているうちに日が暮れて、この有様だ。
「これで明日通れるようになれば、俺の勝ちだな」 ウェーアの余裕な態度にむかついたけど、私たちは世界がなくなっちゃう前に、できるだけ急いでケイを集めなくちゃいけない。だから、わたしは寝そべっているウェーアの帽子を取って、オデコにでこピン一発でがまんした。
「痛いな。いきなり何を――?なに怒ってるんだセリナ」 「べーつに。怒ってないよ」 奪い取った帽子を被って彼に背を向ける。 「セリナは顔に出やすいから、隠しても無駄よ?」 クスクス笑うナギの後ろには、あの透明な壁のある道。壁は明かりを反射せずにそのまま、光を吸い込んでいた。 「そんなことない」 よく言われる所を突かれたわたしはツンと2人から顔を背ける。――と、目線の先で何かがサッと動いたような気がした。 「…?ね、え、さっきあっちの方でなんか動かなかった?」 「え!?まさか、キマイラでは…?」 ナギは返答をウェーアに送る。けど、
「いや、それはない」
彼はキッパリ否定して、わたしの頭から帽子を奪い返した。 「どうしてわかるの?」 問うわたしに、
「…勘だ」
ウェーアは寝直しながら答えた。
○○○
太陽が高くなってきた頃。
「まだ試していない事はありますか?」
あれからまた、いくつか試してみたんだけどてんでだめだった。
「…あっ!はいはーい!一個だけ試してみていい?」 わたしは一つ、絶対にやっていない事を思いついて、遊び半分でやってみることにした。 「何をやるんだ?」 「まあ、見ててよ」 わたしは壁に背中を預けながら、あちらにこんな童話があったと二人に“アリババと四十人の盗賊”の話してあげた。あんまり覚えていないから途中をかなり端折(はしょ)ったけど。
「それで、この壁を扉に置き換えて考えるの。で、この扉を開けるには呪文がいるわけ」 「ジュモン?」 ナギが首を傾げる。 「そ。そのお話では主人公が扉に向かって“開けーごま!”って――え!?」 魔法(?)の呪文を言った途端、もたれていた物がいきなりなくなって――― わたしはむなしく倒れこんだ。
「いっつつつ…」
地面に打ちつけた腰をさすりながら起き上がると、ボーゼンとしたウェーアとナギの顔が視界に入る。
「…あれ?……も、もしかして…わたし通れた?」
まさかと思って道と道の境に手を伸ばしてみる。
―――何にもない。
「ええと……」 ナギはどう反応していいのかわからなくて、苦笑いのまま、また首捻る。目を瞑っているウェーアはその横で首の後ろに手を持ってく。 わたしだって、まさか冗談のつもりでやった事が、こんな事につながるなんて思わなかった。 恐るべし“開けごま”。…そういえば、何で“ごま”なんだろう?
わたしがささやかな疑問抱いているとウェーアが、 「ま、とりあえず、おめでとうだな」 立ち上がりながら言った。ものすごくつまらなそうに。 「なんだか、呆気なくてすっきりしませんね」 ナギも荷物を持って、こっちの道に入ってきた。 「だね。…ラルクって、意外とお茶目?」 彼女からわたしのバッグを受け取りながら言う。 「ハハハ…さすがにそれはないだろう?それに、大体こういう場合は他に何か―――」 ウェーアが最後まで言い切らないうちに、低く、ゴゴゴゴゴ……と地響きがした。
「なな、なに!?」
しかもなんだか、段々音が大きくなっている気がする。
「……嫌な予感がする。…地鳴り?…っ!走れ!」
身の危険をいち早く察知したウェーアは、少し下りになっている谷間を走り出す。私たちも慌てて彼を追いかけた。 すると―――
――ドンッ!!!
何かとてつもなく巨大な物が私たちの背後で音を立てる。 わたしが反射的に降り返ると、 「げっ!」 引きつった呻き声を上げた。
この時ほど夢であって欲しいと、願ったことはなかった。わたしが絶望に駆られている間にも、巨大な丸い岩は容赦なく転がって来る。しかも、横に逸れようにも両側は岩の高い壁。横道もなさそう。
私たちは潰されまいと、全速力で走り出した。
「セリナが火の精霊の事をお茶目なんて言うからだ」 ウェーアが緊張感のカケラもなく呟く。 「今はそれどころではありません!すぐに追いつかれますよ!?」 ナギの言う通り、私たちと岩との距離がグングン縮まっている。 「あーもう!私たちは…逃げる、ボーリングのピンでも…インディー・ジョーンズ、でもないんだ、ぞー!!」 「ボーリングってなんだ?インディ…ん?」 「ですから!今は、それどころでは、ないんです!」 わたしとナギはとっくに息が切れてるっていうのに、やっぱりウェーアは尋常じゃない。 「さて、どうする?こういった場合、横道にそれるか後ろの岩を受け止めるか、もしくは隅の隙間に滑り込むか…。今のところ、一つ目と二つ目は望めないな。かと言って、三つ目も少し難しい」
「「…………」」
返事を返す気力もない。 「…二人とも運動不足か?このぐらいで息が切れてちゃ、先が持たんぞ?」
ウェーアの体力がありずぎるんだよ。 いつまで逃げればいいんだろ。岩ボールは依然として私たちを追いつづけ、差し迫ってくる。 ああ、もう駄目だ…体力が……
「ん?――こっちだ!」
「「―――っ!?」」
ウェーアはいきなりわたしとナギを掴み、思いっきり地面を蹴った。――のはいいんだけど、勢いがつきすぎて、私たちは地面に投げ出された。ごろごろ転がってやっと止まったわたしの体は、あちこちが痛かった。けど、岩に潰されなかっただけましだ。
「横道か。まさに僥倖(ぎょうこう)だな」 「でも、ないかも…」 ホッとしたのもつかの間、二人を立たせた彼の背後には―――
「…今度はキマイラか…」
筋肉がそのまま鎧のように黒光りした、二足歩行の化け物がいた。しかもご丁寧な事に、殺傷能力抜群の2本のツノまで生やして、手には岩を削り取ったようなこん棒を握り締めていた。 キマイラは低く喉(のど)を震わせこっちの様子を窺っているようで、すぐには襲ってこなかった。
「……十五匹か…。どうしようか、キマイラなんて七年振りだな…」 「へ、へえ〜。十歳の時にもこいつに会った事があるんだ…。ち、ちなみにさ、ウェーア。進行方向はどっちかなー?」 じりじりと下がりながら面倒くさそうにしている彼に聞く。 「…あっちだな」 示す方向はやっぱり、キマイラがタムロしている方向。 と、ついに怪物達が鬨(とき)の声を上げ、獲物を狩るべく動き出した!
「どうしま――あっ!」
「ふわぁ!」
また私たちを持ち上げると、ウェーアは信じられない事に敵に向かって走り出した。 「な、何を考えているのですかあなたは!」 ナギが珍しく取り乱して叫んだ。
「…老後の事かな…」
呟く彼は、風のようにキマイラの腕やこん棒の間をすり抜けて、あっという間に群れの最後尾に着いた。
「一番初めにある左の曲がり角で待ってるんだ。いいな?行け。振り返るなよ」 彼はわたしとナギの背中を押して先を促がし、自身は剣を構えて再び襲い掛かろうとしているキマイラと向き合った。
「ウェーアさんはどうなさるのですか!?」 「心配するな、すぐ追いつく。早く行かないと―――巻き込まれるぞ!」 ウェーアは振り下ろされるこん棒を避けながら、そいつの腕に切りつける。が、それは甲高い金属音と共に跳ね返されてしまった。
「絶対来てよ!」
ここにいても足手まといになる私たちは、また走り出した。
「ああ!」
返ってきた返事は、とても力強くて凛とした響きを持っていた。
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