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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第34回   W-13

 「ねぇ…。ものすごーく、無謀な事だと思わない?」

 暗ーい気持ちで呟いたわたしの目の前には、数限りない横道が、谷間の岸壁に沿って続いていた。
 どうやら昨日、私たちが寝ている間に改造されたみたい。ラルク(火の精霊)の仕業だ。

 よっぽど私たちを嫌ってるんだろうなー。まだ会ってもないのに。

今頃、どこかでせせら笑っているんだろう。
「そんな。何もやらないうちから弱気なことを言わないで、ね?頑張りましょうよ」
一生懸命励ましてくれるナギに対し、
「気長にやるしかないな。まったく、火の精霊は謀略(ぼうりゃく)がお好きらしい。……どこまで持つかな……」
やる気があるのかないのかわからないウェーア。一つ言えることは、わたしと同じようにゲンナリしていること。

 わたしとナギはディグニ(水の精霊)さんにもらったティーイア・ケイを取り出し、ウェーアが決めた範囲の横道に向かう。左右どちらに正しい道があるかもわからないため、二手に分かれた。
 一つひとつ、横道に入ってみる。そうすると、大抵ケイに反応して目の前の景色が歪み、本物の岩肌が現れるっていう寸法だ。気を付けないと壁にぶつかるけど…。本物の道なら通れるだろうし、景色も歪まないはず!

 いったい何日かかるかな。ラルクとは目と鼻の先なのに。しかも、時間が経つにつれて景色が歪むまでの時間が長くなってるし…。いいかげん、見つかってくれないかなー。なーんで、会って話して向こうが出した条件をクリアして、それでワグナー・ケイをもらうだけなのにこんな意地悪されなきゃいけないんだろ。

 心の中でブツブツ愚痴をこぼしながら作業をしていると、いつの間にか日が暮れていた。まだ見ていないところが半分以上あるのに!

 「探しあぐねたな。二重構造にでもしているんだろうか…。――ああ、“力”が使えたらいすぐにでも…いや、あまりそればかりに頼るのはよくない。だめだ。…はーぁ。トルバがいないだけ、まだましか…」
「誰?トルバって?」
腕組みして壁にもたれているウェーアの、長い独り言を横で聞いていたわたしは彼に尋ねた。
「ん?…あ。俺今、喋ってたか?」
どうやら彼の中では、声には出していないつもりでいたらしい。
「うん、思いっきり。…何かね、いつもと違う感じがした」
「そうか?気のせいだろう。――なあ、もう休まないか?疲れたし、飽きた」
「あー、右に同じ。――ナギー!そろそろ止めよー。暗くなってきたしー!」
わたしはウェーアの申し出に賛成し、反対側にいるナギに声を掛けた。


 疲れきった私たちはどさりと地面に体を投げ出し、強張った体を思いっきり伸ばした。
 「…何日かかると思う?」
うんざり顔で寝転がったウェーアがポツリと言った。
「わたしは一週間だと思いまーす」
ああ、手を上げて発表なんて、何年振りだろう。
「もしかしたら一ヶ月(四十日)かかるかもしれませんね」

 冗談じゃない。

「おいおい。いくらなんでも、そこまでかからないだろ」
ウェーアも帽子の下からくぐもったツッコミを入れた。
「だよね。そう言うウェーアはどのくらいだと思う?」
彼の帽子に付いている黄色い羽を玩(もてあそ)びながら、聞いてみた。すると、意外な回答が返ってくる。

「そうだな…。俺は、明日中には見つかると思う」

「マジ!?なんで?根拠は?」
「ない」
キッパリ言い切られた。
「まあ。では、なぜ明日中に見つかると?」
「勘だ。結構当たる」

 …やっぱ今週中には無理かなー。勘で言い切っちゃってる奴もいるし。あぁ、お先真っ暗だ。谷間のどん底だー!!

「あ!その顔、二人とも馬鹿にしてるだろ!本当に当たるんだぞ?いいか、明日中に道は見つかると思う。だがおそらくその道には入れない。そして多分、その次の日には通れるようになると思う」
ウェーアはガバッと起き上がると、講義した。その割には“思う”とか“多分”とか“おそらく”ばかりで説得力がない。
「じゃあ、当たんなかったらどうしてくれるの?」
そんな彼を、わたしは白い目で見た。
「ひとつ、何でもいい。何か一つ質問できるというのはどうだ?それに対して正直に答えよう。俺が勝っても同じ条件で」
やけに自信たっぷりだ。そんなに自分の勘を信用しているのかな。
「いいですよ」
ナギはあっさりと受けてたつ。

「明日が楽しみだな」
 ウェーアは不適な笑みを浮かべた。


 闇は、どんどん私たちに覆いかぶさり、眠りの道へと導いていった。


                    ○○○


 翌日。昼近くなっても本物の道は見つからなかった。
 
勝てちゃいそうだなーって勝利を確信し始めたその頃、


「見つけたぞ!」


 信じられない事にウェーアから声がかかった。
「うっそお!?」
 
 私たちは急いで彼の元へとひた走る。たしかに、ケイをかざしていても何にもなってない。今のところね。
「どのくらいやってた?」
「そうだな…半時ばかりか。その間、一度も変化はなかった」
「そうでしたら確実ですね」
ナギは安堵の色を浮かべて、うれしそうに手を叩く。
「あ〜あ、負けちゃった〜」
反対にわたしは落ち込んだ。
「あら、まだ負けたとは決まってないわよ?ウェーアさんは道を見つけても今日中には通れないと言っていたじゃない」
「そっか!」

 よし、まだ希望の光はある!

「けどさ、どうして目の前にはただの道しかないのに通れないなん―――――…え?」
 
 何気なく道の方へ伸ばしたら、何かが手に当たった。硬くて平べったい物…。けど、そこには何にもない。
「……何これ。ちょ、ちょっと待ってよ!なんで〜!?」
何かが当たった所をもう一回触ってみると、見えない壁があるみたいにペタペタ音がする。
「どうしたのセリナ?」
「…ここ…」
独りパントマイムをしていたわたしは、ナギにも見えない壁を触らせた。彼女も信じられない、としばらく壁を叩いたりしていた。
「どうしましょう、このままでは負けてしまうわ」
「そういう問題か?…ま、通る方法を見つけるしかないな」
同じく何度か透明な壁を叩いたウェーアは、まるで切迫感っていうものを感じていないみたい。

「ねえウェーア、本当にここ、何にも変化なかったの?嘘ついてない?」
「俺が嘘をついてなんの得になる?それに、ここが幻覚によって作り出されたものなら、こんなに平らな壁ができるわけないだろう?」

 それもそうか…。

「ですがウェーアさん、あなたはこの幻覚は人間の五感を全て再現できるとおっしゃっていたではありませんか」
鋭くナギが意見を言う。
「五感を、だろ?第六感は欺ききれないはずだ」
それに対し、ウェーアはいともあっさり結論を出した。
「また、勘?あんまし信用できないよ。――あ、もしかしてさ、ウェーアここを通る方法知ってんじゃない?」
「俺を疑っているのか?知っていたらもうとっくにやっている」
彼が言うこと何から何まで当たってるんだもん、誰だって疑いたくなるよ。

「ま、とりあえず体当たりでもしてみるか?」
そんな彼は、肩をすくめてやる気のなさそうにおどけた。

「ではウェーアさん、お願いしますね」
 ナギがニコニコ笑顔で酷薄に告げた。その笑顔の裏には、有無を言わせない何かが色濃くちらつく。
 恐い。笑ってるのに普通に怒るのより迫力があった。
「……冗談、のつもりだったんだけどな…――わ、わかった!やればいいんだろ!?…やれば…」
 ウェーアは、ナギが口を開きかけると急に慌てて了解した。どうしたんだろ?

 煮え切らない表情で彼は荷物と帽子を足下に下ろすと、数歩さがって大きく深呼吸し、遅く走り出した。そのまま横様にぶつかって、あの見えざる壁を通り抜けた―――


「――なっ!?」


――って思ったら、ウェーアはいきなり空中へ弾き返されていた。

 なんとか空中で体勢を立て直したウェーアは、ひらりと着地する。
 その一部始終を茫然と見ていたわたしたちは、慌てて彼の元へ駆け寄った。
「大丈夫?ウェーア」
「あ。ああ、なんともない。…しかし、なんだったんだあれは?バネのように押し返された。それとも弾力性のある布か…」

「どういう物かはわかりかねますが、私たちではなくてよかったです。流石はウェーアさん、あれでどこも怪我をなさらないとは、人間とは思えませんね」

 ナギの言葉は驚いていたウェーアとわたしを、もっと驚かせた。
「………お前、それは褒めているのか?貶(けな)しているのか?…いや、それより…案外、冷たいんだな」
「あら、そうですか?私はウェーアさんだからこそ、このお仕事をお勧めしたのですが」

「「…………」」

返す言葉もなかった。

 ああ、段々ナギの本性が見えてきたのかな…

「…ええっと…体当たりが駄目なら、次は?」
 とりあえずナギは置いておいて、わたしは話を進めた。
「そうだな…。石、投げてみるか?」
ウェーアはちょっと楽しそうに言った。

 こうなったら、思いついたことからどんどん試して通る方法を見つけるしかない。

 あ〜あ。ウェーアじゃないけど、気長にやりますか。




    『蜘蛛ノ糸ハ絹ノヨウニ極メ細カク、炎ノ門ヘ至ル道ハ、今ダ遠イ』


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Novel Editor by BS CGI Rental
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