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「ん〜っ」 目覚めのいい、気持ちのいい朝だ。 伸びとあくびをして、疲れの取れた体を起こした。熱は下がったみたい。
「おはようセリナ。具合はどう?よくなった?」 ナギは相当心配していたみたい。わたしの顔を見るなり聞いてきた。 「うん、もう元気!なんともないよ」 ナギにお礼を言うわたしに、ほんの少ーし笑みを浮かべたウェーアが朝食をくれた。 「熱はないな。顔色もいい。昨日爆睡したのが効いたみたいだな」 熱を測ってくれたウェーアにそう言われて、“そうなの?”って聞いたら、 「ああ、見事としか言いようのないほどな」 とか言って、意味ありげにナギに目配せする。しかもクスクス笑い出した。 「?なに?何で笑うの!?もしかして…イビキとか?」 「いや、違う」 「そうよ。イビキはかいていないから安心して」 そしてまた、肩を揺らして笑い出す。
「何なのよ!!」
何がなんだか解らないわたしは、頭の上に?マークをたくさん浮かべて腹を立てていた。
今朝の怒りが収まりきらないまま、辺りに注意を払いながら進んでいた。 何でもこの辺りは“キマイラ”っていう怪物が出やすいポイントらしい。確かに、道端に大きな岩や穴が開いていて、死角が多い。 ちなみにわたしは、またウェーアの背中の上で揺られている。また熱が出ると困るからって、かなり強引に…。誰かが見てるわけじゃないけれど、ちょっと恥ずかしい。
深い谷間をなおも進んでいくと、突然ウェーアが足を止めた。肩越しに振り返る。 わたしもつられて後ろを見ると、視線の先にはひとつの人影が…。 ウェーアはその人物から眼をそらさずにわたしを降ろすと、ナギと一緒に背中に庇(かば)った。次いで腰の剣に手を添え、いつでも攻撃できる体勢をとった。 そして―――
「エナお婆ちゃん!?」 「エナさん!!」
二人で同時に叫んだ。
何で、こんなところにエナさんが!?
ナギはすぐにお婆さんの方へ駆け寄ろうとした。けれどもそれは、真っ直ぐに伸ばされた腕によって阻まれる。 彼女は責めるようにウェーアを睨むと、逆にビクリと身を竦(すく)めた。瞬時に怯えた表情に変わる。
「お前は何だ」
ウェーアは、少し離れた場所で立ち止まったエナさんに問い掛ける。 「だからナギの――」 「黙っていろ。喋るな」 眼の端にエナさんを収めつつ、わたしを見て低く、無感情に呟く。 せっかく教えてあげようとしたのに、それはないんじゃない?…って思ったけど、口には出せなかった。目がマジだ。
「女の子に向かって酷い事を言うねぇ。はるばる孫に会いに来たっていうのに…」 エナさんは残念そうに、軟調な笑みを湛(たた)えたまま顔を曇らせた。 「…質問に答えろ。お前は何だ」 そんなエナさんにひとカケラの優しさも見せずに、さらに問い掛けた。 「さっきその子達が言ってたろう?ナギの祖母のエナさ。私としてはお前さんの方が気になるがねぇ。人に名乗らせておいて、自分は言わないつもりかい?」 「そのつもりだ」 冷たい対応に溜め息を漏らすエナさんに向かって、ウェーアは相変わらず冷たい返事を返す。本当に、どういうつもりなんだろ。
「…エナ、お婆ちゃん?その…どうして、ここへ?」 ナギが迷いながらも口にした言葉は、不審な響きが含まれていた。 「どうしてって…なぎ、お前さん達を連れ戻しに来たんだよ。やっぱり、こんな危ない事は止めておくれ。私の元へ帰ってきておくれ。三人で仲良く暮らしてゆこうよ」 必死に旅を止めさせようとするエナさんは、一回り小さく見えた。それにしても、どうしてナギまで…
「なるほど、彼女達を連れ戻しにね…。それで?どうやってここまで来た」 「もちろん馬車さ。老体に鞭打ってね。長い道のりだったよ」 「どこから来た」 「私の家からに決まっているだろう?」 「その家は、どこにある」
「……………」
そう聞かれた途端、エナさんは黙ってしまった。
変だな。自分の家を忘れるわけないのに…。
「…若い人が老人を虐(いじ)めるのはよくないねぇ」 しばらくの沈黙の後、エナさんは言い逃れるかのように溜め息を吐く。 「それは悪かったな、ご老体。じゃあ、この子の名前は言えるか?お前の孫の友人なんだろう?面識もあるはずだ」 ウェーアは全く気にせず続ける。ちょっと酷いんじゃない? 「………ナギ、この人は何なんだい?さっきから散々…」 ナギは、何も答えなかった。その代わりに、複雑な表情でその人を見つめ返す。 「俺はただ質問しているだけだ。そんなに嫌なら、これで最後にしよう。――お前は、何だ」 有無を言わせない口調だ。顔も、硬く厳しい。普段とはまるで別人だった。 「…さっきから何だい?人を人間じゃないみたいに“何だ”って。失礼な人だねぇ」 「“人間じゃないみたいに”?――笑止。お前のどこが人間だ」
…?どゆこと?人間じゃ、ない? エナさんじゃないという事は、話の流れでなんとなく解ってきたけど、人じゃないとまで言い切るなんて。 「おやまあ、どこからどう見ても人間じゃないか。本当に酷い人だねぇ」 「ま、外見はな」 そう言うと、ウェーアはスラリと剣を抜いた。
「……どういう事かしらねぇ」
エナさんの格好をしている人の目が、急に冷たい光を湛えた。
「―――こういう事だ」
ウェーアの声が、ずいぶんと離れた所でした。 「―――!!」 わたしは目の前で起こった惨劇に悲鳴を飲み込む。ウェーアの剣は、完全にエナさんの喉元を貫いていた。
その、はずなのに・・・
「なるほどねぇ」
“エナさん”は、何事もなかったかのように喋り出す。
「見破ったか、人間。されど我、汝らを生き長らえ、ここより帰すまじ。心得ておくがよい」 声のトーンが下がったエナさんは、口調を変えて言うと、消えた。本当に、忽然と。
「エナさんじゃないって、最初からわかってたの?」 剣を収めながら戻ってきたウェーアに尋ねた。 「別に最初からそうとわかっていた訳じゃないけどな。ま、何でも初めは疑ってかかれということだ」 答えた彼は、再び当然のようにわたしを乗せて歩き出した。
「………何、だったのかな。さっきの」 「さあな」 彼の言葉からは、アレの正体を知っているのか知らないのか、汲み取ることはできなかった。
・・・
エナさん偽者事件以来、今日は何事もなく順調に火の精霊に近付いていった。進むたびに暑さが増すんだから、間違いない。――はず、だったんだけど……
夕闇が近付いてきた頃、ウェーアはハタッと足を止め、辺りを窺(うかが)い始めた。 「どうしたの?何かあった?」 わたしは彼の横から顔を出して、絳い目を覗き込む。 「道が…………いや、ハハハ…。何でもない。忘れてくれ」
「まさか、迷ったなんて言わないよねー?」(セ) 「まさか、迷ったなんて言いませんよねー?」(ナ)
わたしは笑って誤魔化そうとする彼の肩をがっしりと掴みながら、声が重なったナギと同じように笑った。
「ハハハハ、ハ………」 決して目を合わせようとしないウェーアの笑顔が、引きつった。
「で?結局どうするの?」 とりあえず道端の窪みに身を寄せて、一晩明かすことになった。 「どうするって言われてもな。まさか道を隠されるとは思わなかったからなぁ…」 ウェーアは困り果てた様子で溜め息を吐いた。 「道を隠されるとは…どのような方法で、ですか?」 「ほら、前にも話しただろう?幻覚だ。確か…“この瞞着(まんちゃく)は視覚だけでなく、触覚・嗅覚などの五感を全て再現しうる高度な術であり、幻覚か否かを見破ることは困難を極める”とか言っていたか…。精霊同士ならば何か出来るかもしれないが…って、」
「「それだ!!」」
難しい言葉の羅列を聞いていたわたしは、最後の言葉を聞いた途端ウェーアと指をさし合った。
「確か、ルシフ(風の精霊)さんがティーイア・ケイがあれば何とかなると、おっしゃってました」 「そうか。なら、本当に何とかなるかもしれないな。よし、明日朝一でやろう!」 「おー!!」
なんだかあっさり糸口を掴んじゃったけど、この巨大迷路からは出られそうだ。 そういえば、時々ウェーアの雰囲気が変わってるような気がするんだけど……気のせいかな?
『人ハ誰モガ仮面ヲが被ッテイル。無意識ニ、アルイハ意図的ニ…』
〜疲れ書き〜 もしかしたら、明日・明後日と更新できないかもしれないので、多めに打ちまし た。 さてさて。『新たな出会い』も後半戦に突入。と、言ってもまだ前半と同じぐらい あるのですが…。長っ煤iД )できるだけ削っていこうかと…。頑張ります。 ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。まだ続きます。どうぞお 付き合い下さい。
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