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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第30回   W-9

 「どうしてあそこが非の精霊さんの住まいではないと、断言できるのですか?あの生き物は入り口の番人かもしれない、とは考えられないのですか?」
「そうかもしれないが…あんな狭い所だ、いないだろう」

 緑の物体―ウェーア曰く生き物の舌―を木の皮でできた柔らかい袋に詰め、谷間を歩く。
 どうやら楽に夕食が手に入ったことに機嫌を良くしたらしく、シリアスモードは解けていた。

 「あの穴、人が楽に通れる程の大きさでしたよね?ウェーアさんは火の精霊さんが人間よりも大きな方だと、知っていらっしゃったのですか?」
 機嫌が良くなったのもつかの間、後にはナギの質問攻撃が待っていた。
「誰も、精霊が人間と同じような体系をしているなんて言ってないからな」
言いながら、目が逃げていた。痛い所を疲れたな?
「そうですね。でしたら、とても小さな方だという可能性も考えられますよね?」
「…そうだな」
ウェーアの歩調が少しずつ、速くなる。
「ですがあなたは、あの穴は狭すぎると言われました」
「…………………」
「ウェーアさんは最初から、火の精霊さんが人よりも大きな方だと知っていましたね?それなのに、私たちに教えて下さらなかった。そういう事になりますよ?」
ウェーアがさらにスピードアップしたので、小走りになる。
「なぜ教えて下さらなかったのですか?その情報をどこで入手されたのですか?」
ナギが行く手を阻もうと、彼の前に回りこむ。と、右に逃げようとしたので、
「うっ」
「あっ!ご、ごめん…」
マントを引っ掴んだら首を絞めてしまった。けれども、謝りながらもわたしはその手を離さない。
「逃げないで下さいね?さあ、答えて下さい」
ナギは、あの恐ろしい笑顔の仮面を被っていた。ウェーアも怖いだろうけど、わたしも怖い。
「…答える義務があるとは思えないな」
表情は見えないが、彼の声は意外と落ち着いていた。
「あら、知る権利はあると思いますが?」
「…これは、あまり他人(ひと)に教えてはいけない事なんだ」
「そうですか…。仕方がありませんね」
珍しくナギが折れた。と、思ったら、

「言って下さらないと…―――――」

ウェーアの耳元で何かをささやいた。
「――!?わ、わかった!わかったから言うな!!」
すごい効果だ。ウェーアは熱いものにでも触ったかのようにナギから離れる。ナギはなんて言ったんだろう?
「では、答えて下さるのですね?」
「うっ……火の、精霊が人間よりも大きいことは昔、人伝に聞いた。場所も、その時…。そこまでしか言えない」
「じゃあ、何で教えてくれなかったの?」
わたしが後ろから答えを促すと、目が合った。かすかに笑ってる…?

「教えなかったのは…―――なんとなくだ!」
「なっ!?」
「セリナ!?――ウェーアさん!!」

 まさに一瞬の出来事だ。
 わたしの体が宙に浮いたかと思うと、ウェーアは驚異的な速さでわたしを抱えて逃げていた。耳元でゴウゴウと風が唸る。
「ウェ、ウェーア!降ろし――!?ぅ――〜〜〜っ!!!!」
 突然の浮遊感の後にちょっとした衝撃が来て、口を開いていたわたしは舌を思いっきり噛んでしまった。あまりの痛さに声にもならない。痛さに耐えながらも、振り落とされては困るので人攫(ひとさら)いにしがみ付いていた。こんな時になんだけど、香水でも付けているのか、彼からは甘い香りがした。

 道筋にある岩陰に隠れてようやく、ウェーアは走るのをやめた。
 遠くの方でナギの呼ぶ声がする。人攫いがわたしを膝の上に座らせたまま、ゴソゴソとマントをあさりだしたので、ナギに位置を知らせようと大きく息を吸い込み、
「ナー!ギぅ」
豆だらけの手に阻まれた。
 わたしは怒ってもごもご騒ぐが、怒られたので仕方なく黙る。すると彼は、何か得体の知れないものを差し出した。
「ふぁふぃふぉふぇ?」(※訳 何それ?)
と聞くと、
「とりあえず付けてくれ。後で教えてやる」
とだけ、ささやいた。


                    □□□


 「ウェーアさん!もう逃げられませんよ」
 やっと追いついたナギが、息を切らせながら近寄ってくる。
 俺はセリナの耳を押さえ、ナギの最終兵器をやり過ごすことにした。
「約束を守って下さらなかったのですから、言いますよ?」
彼女は俺の返事も待たずに“それ”を放った。

「…………?」

 彼女は俺がセリナの耳を塞いでいるので多少大きな声を出したのだが、セリナはただ不思議そうな顔をするだけだ。

  (どうやら成功したようだな)

「満足か?もう二度とセリナに“それ”を言わないと誓うか?」
「…どういうことですか?」
ナギはセリナの反応のなさに嫌疑を抱き、訝しげに眉を寄せる。
「二度と言わないと約束するんなら、教えてやる」
吹聴されることだけは避けたい。
「…わかりました。もうセリナには言いません。ですが、なぜ…?」
 しばし惟(おもん)みていた彼女だが、ついに折れてくれたようだ。
 俺はそっとセリナを放してやり、彼女の耳から例の物を取り出す。これは俺の父親が作った、周りの音を一切遮断してくれる代物だ。耳にはめるだけで機能を果たすため、父は度々母の説教をこれで逃れていた。だが、今ひとつ信用――いや、念のために手も被せて置いたのだ。
「セリナ、何か聞こえたか?」
「ううん。ナギが口パクパクさせて何か言ってたのはわかったけど、何も聞こえなかった」
「まあ!ディムロスさん、私を嵌(は)めたのですか!?」
「ま、そういうことだ。だが、二度と言わないという条件で教えたんだから言うなよ?」
念を押すと、ナギは不承不承ながらも頷いた。
「ねえ、さっき何て言ってたの?」
これで一段落着いたと思った矢先、セリナが自分だけ訳のわからない不満をぶつけてきた。どうやってごまかしたものか…。

「ウェーアさんの悪口よ」

「ああ、そうなんだ」
 おそらく助け舟を出してくれたのだと思うのだが…。この場合、瞞着(まんちゃく)された腹いせとも取れる。それにしても…なぜ我々の言葉の齟齬(そご)にセリナは気付かないのだろうか。

 「あ〜、差し支えなければそろそろ進みたいんだが…」
止めなければいつまでも言い続けたことだろう。
俺は大きく溜息を吐いて、また歩き出した。


連れのいる旅は疲れる。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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