エバパレイトを発って二日が経った。 この頃ウェーアの口数がめっきり減った。ナギが話しかけても生返事が返ってくるだけで、上の空だ。 そんな気まずい雰囲気のまま日が傾いた頃、やっと山脈のほとりに着いた。 ウェーアが先頭に立ち、イバラや低い木の生えた岩だらけの斜面をずんずん進む。私たちは置いていかれないように、必死で彼の後を追った。 ふと目が覚めた。大きな一枚岩の影が今日の寝床だ。 重いまぶたをうっすらと開けると、動くものを見た。 「すまない」 「ん…?何が?――ウェーア、ずっと起きてたの?」 目をこすりながら身を起こす。山脈は夜になっても涼しくならないので、空気がぶよぶよと生ぬるい。 「いや…」 はっきりしない返事だ。顔を隠すように深く帽子を被って、すぐに俯いてしまう。 「……ねえ、なんかこの頃変だよ?ウェーア」 「そうか?」 「もしかして…あの時の事、まだ怒ってる?」 「いや、違う」 とか言って、言葉に感情がこもっていない。 「…嘘つき」 「嘘など言ってない!」 珍しく慌てて訂正した。真剣な顔で、体を半分ひねってまでしてだ。向き合った私たちは、互いに驚いた。 「えっと…ウェーアさ、なんか隠してない?」 なんとなく恥ずかしかったので正面に向き直り、会話を再開する。今の驚きで目が覚めちゃった。 「さあな」 「隠してる」 「さあ?」 「隠してない?」 「さあ?」 これは…こっちが何を言ってもこの一言で済ます魂胆だ。 「じゃあ、怒ってる?」 とりあえず、それだけは確認しておきたい。 「いや」 「ほんと?」 「ああ」 「じゃ―――」 「もういいだろう。明日もあるんだ、早く寝ろ」 最後の質問は、あきれた声に遮られてしまった。 「え〜!?」 「“え〜”じゃない。明日以降泣き言いっても聞いてやらないぞ」 「ケチッ」 ウェーアに小言を言われて、無理矢理横にさせられた。 結局、空が白くなりだすまで眠ることができなかった。
○○○
慣れない山登りに体中が痛むわたしは、二人に待ってもらいながらついていくだけで一杯一杯だ。 「ねえナギ、この頃ウェーアって変じゃない?」 本人には聞こえないように、声を潜めてナギに聞いてみた。 「そうね、ちょっと無口さんになっているけれど…疲れていらっしゃるんじゃないかしら」 彼女はそう言うけれど、そうは見えない。 「…ナギ、ナギもなんか隠してない?」 「あら、何のこと?」 もしかして、と思って探りを入れるが、彼女は平然と笑っているだけだ。 「何してるんだ。もうすぐ一つ目に着くぞ」 上から呼ばれて、止まっていた足を動かした。 どうしても遅れてしまうわたしを待つ間、ウェーアはナギに何かを言っている。こういう事がなければ、怪しいとか思わないのに。
目星を付けておいた一つ目に到着した。ここは果物屋さんのお姉さんから聞いた場所だ。昔、お姉さんのお婆さんから聞いたお話に出てくる洞窟と似ているらしい。 エバパレイトの人々は、時々薬草や高級食材を狙ってファスト山脈に来ることがある。だからこういう洞窟や危険な場所を細かく知っている……って、ウェーアが言っていた。 そういうことにやけに詳しい彼は、私たちを縦穴から遠ざけておいて、縁に屈みこんで何かしていた。そしておもむろに、
「誰かいるか〜?」
ものすごくやる気のない声で、穴に向かって叫んだ。 「真面目にやってよ!!」 満足したのか立ち上がった彼に、震える拳を握り締めて怒鳴りつける。いま、猛烈に彼の背中を蹴り飛ばしてやりたい気分だ。 「ああ、近付かない方がいい」 そう言うと彼は、横に伸ばした手でわたしを止め、足元にあった小石を蹴り入れた。 「なん―――」
―――キシャーッ!!
疑問は縦穴から発せられた奇声に飲み込まれた。 「な、何なのですか今のは」 ナギが怯えて後ずさったその時―― ものすごい速さで、緑色の何かが穴から飛び出してきた。 ウェーアはいつの間にか抜いていた剣を振り上げ、それを目にも留まらぬ速さで切り裂く。 どさりと、人の腕ほどもある緑の物体が落ち、穴の中からは悲痛な鳴き声がした。
「夕食だ」 ウェーアはナギの疑問に答えた。
〜あとがき?〜 やっと『新たな出会い』の半分ほどにきた。 さてさて、ようやく精霊の情報を得てファスト山脈に足を踏み入れた三人。彼らを待ち受ける試練とは!?…もう少しでそこら辺に行くかな。更新が早いようでしたらBBSにてお知らせ下さい。感想もよろしく。
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