■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第28回   W-7

 私が水浴びをしていると、なにやら外でセリナとウェーアさんが騒いでいるようでした。きっと、喧嘩でもしているのでしょう。あの二人はとても仲がよろしいですから。まるで、父と母のように…。

 「…どうしているのかしら」

 私の父と母は、遠くの方で難しいお仕事をしています。あまり家には帰って来られませんが、毎月仕送りをしてくれますし、年の終わりには必ず帰ってきてくれます。そして、たくさんのお土産を持って来て、「元気だった?」って毎回聞いてくれます。
 今回は、会えるかどうかはわかりませんが……。
 
 私が体を拭き、服を着て外へ出ると、
「まあ」
ウェーアさんとセリナがまだ言い争っていました。
「まだお取り込み中だったようですね。それではもう少し入っていますので、終わったら呼んで下さい。――あ、どうぞごゆっくり」
と、私は一応断っておいて、また浴室へ戻りました。
 湯船にもう一度浸かっていますと、すぐにウェーアさんが呼びに来ました。
「もう出てきていいぞ」
あら?なんだか怒っているようですね。私が邪魔をしてしまったからでしょうか。
 ゆっくりと浴室から出て、セリナとすれ違う時に、
「もういいの?別に気を使わなくてもよかったのに」
と、声をかけたのですが、むすっとした顔で何も言わずに乱暴に扉を閉めました。

                   
                   □□□


 「――町の人たち――――・・・・・ですが―――」
 ナギの言葉が右耳から左耳へと素通りしていく。
 何故だ?らしくない。あんな些細な事で何故、本気で怒った?トルバに対してならいくらでもある。だが、付き合いの短い彼女に対して何故あんなにも…

「聞いていらっしゃいますか?」

「―――っ!」
目の前で手を振られてはっとなった。
「あ。ああ、すまない」
ニコニコと細められたナギの目を見て、何故か背筋に悪寒が走る。
「人が話しているときに考え事をするのはよくありませんよ?」
変わらぬ笑みで彼女は言った。どうやら怒っていたらしい。…末恐ろしい子だな。
「ああ、気をつけるよ」
それが出来ればの話だが。

 「…セリナの事ですか?」
ナギの笑みが軟らかいものに変わり、とりあえずほっとした俺だったが、彼女の言葉に眉を寄せた。
「は?」
「今、考え事をされていたのでしょう?先程喧嘩をしていたセリナの事ではありませんか?」

「違う」

そう答えた俺の声が、どこか他人のものに聞こえた。
「本当にそうですか?」
ナギは執拗に聞いてくる。
「何が言いたいんだ?」
「ですから〜、―――」
「そんな事はない」
受け答えの声は、何故かぎこちなかった。
「そうですか?そうは見えませんけど?」
ナギがくすくすと笑う。どうもこういう子は苦手だ。
「気のせいだろう」
「そうでしょうか」
「ああ」
「そうですか。では、彼女にも聞いてみましょうか」
「そ、そんなことする必要はない!」
 また、ナギが笑う。
 しまった。いや、焦る必要はない。言わせておけばいい。聞きたければ勝手に聞けばいい。俺には関係のない事だ。
 「ふふふ。冗談ですよ」

 「……言うなよ」

気が付いたときにはそう口走っていた。
「え?」
「だから、セリナには言うなよ」

「―何を?」

 上から掛かる怒りの治まりきらない声に、俺の体は硬直してしまった。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections