※『ノストイW 新たな出会い』の続きです。
あの後、わたしはイトレス・スビートの屍を弔おうとしたんだけど、いつの間にか灰になっていたそれらは、風に吹かれて跡形も無くなっていた。なので、わたしはテントを畳んで出発する準備をしながら、ナギに彼女が寝ていた間に起こった事を話した。なんとなくウェーアとの会話は話さなかったけれど。 「それにしてもセリナって、変な所で頑固なのね」 ナギは寝癖のついてしまった髪を一生懸命直していた。 「絶対にど退かないって言って聴かなかったんだ。まったく、イトレス・スビートはかなり危険な生き物なんだぞ?あの時、後ろから襲われたらどうするつもりだったんだ」 岩影に隠れてなにかしているウェーアが口を挟んだ。まだ怒っているみたいで、言葉の節々に苛立ちの色がみられた。 「だからって、殺す事ないでしょう?」 わたしもむっとして、口を尖らせる。さっきまでウェーアの服にはべっとりと返り血が付いていたけれど、時間が経つにつれて、これも灰になって消えていった。 「や殺ってなかったらこっちが殺されていたんだ。俺はもう心残りのない老人じゃなければ、何もできないがき餓鬼でもない。こんな所で死ぬわけにはいかないんだ」 そう断言する彼の言葉を聞き流し、なにをしているのかそっと見に行った。
「―――あっ」
岩の上から覗き込んだわたしは思わず声を上げてしまった。ウェーアの左腕には、肩口近くから肘の辺りまで伸びる長い傷が口を開いていた。濡らされている傷からは、ふわりとお酒の匂いがした。 わたしに気付いた彼は素早く腕をマントで隠しながら、 「覗きとは…いい趣味とは言えないな」 さっと立ち上がってもっと遠くに行ってしまった。 ウェーアに人の趣味をとやかく言われたくない。趣味なんかじゃないし。そう思いながらも、申し訳ない気持ちになった。あの傷はたぶんわたしが顔を出した時に負ってしまったものだ。 「セリナ、どうしたの?」 ナギが不安げに呼びかけた。 「ううん、なんでもない。…ちょっとウェーアの方、見てくるね」 わたしは言い置いて、彼が消えた辺りまで忍び歩く。
「―――何の用だ」
今度はちゃっかり警戒していたみたいで、三メートルぐらい離れた所から声がする。 「ね、ねえ……怒ってる?」 そろそろと用心深く近づく。 「……さあな」 どっちとも取れないそっけない言葉だ。やっぱり、怒ってるかな。 「…ごめんね?」 岩の横手からひょこっと頭を出して謝った。ウェーアは腕にテープみたいな物を張って、傷が開かないように固定していた。血が苦手なわたしは慌てて顔をそらす。 「何のことだ」 とぼける低い声が流れてくる。 「何って…その傷わたしが―――」 「手伝ってくれると、助かるんだが」 急に、わたしのせりふ台詞を遮って、なにかが降ってきた。 「え?あっ」 危うく、その包帯を落とすところだった。 「片手じゃ、巻けない…」 ボソっと呟くウェーアは、こっちを見ていない。帽子を被っていない金髪から覗いた耳はおもしろ面白いぐらいに赤くなっていた。 「素直じゃないなあ」 こらえきらずに笑いながら、わたしは彼の腕に包帯を巻いてあげた。 「なにがだ」 蚊の鳴くような声。今、どんな顔しているんだろ?むくむく好奇心が沸いてきた。
「…すまなかったな…」 反対側へ回って着替えるのを待っていたわたしに、上からぼそぼそっと言ってきた。 「何のこと?」 お返しとばかりに同じことを言ってやった。にやける顔はどうしようもなかったけど。 「その、……いや。何でもない。――さて、そろそろ出発するか」 と、ウェーアはいつもの調子に戻って、さっさとナギの方へ歩きだした。 「え〜?なんなの?教えてよ、気になるじゃん」 わたしはそれを追って、前に回り込んだ。 「な、何でもないって言っているだろ」 するとすぐに横を向いてし――――
「あら、どうなされたのですかウェーアさん。お顔が真っ赤ですよ?熱でしょうか?」
「「――!?」」
二人で驚いた。ウェーアが背けた目線ぴったりの所に、ナギが突然いたからだ。いったい、どこをどう移動したんだろう? 「なな、ない。ね、熱などないから――」
チャンス!
ナギに気を取られている間に、わたしはウェーアの帽子をもぎ取ることに成功した。 「あっ。セリナ!待て、返せ!!」 なんて言われて返す人なんていない。わたしは走りながらガッツポーズした。もうウェーアのあの顔、バッチリ見たもんね。 追いかけてきたウェーアの手をすり抜けて、ここでお決まりの文句を。 「こっこまでおいで〜」 「あまり遠くまで行かないで下さいね」 ナギがどこかの母親みたいにわたし達に注意した。
「捕まえた!」 「ぅわっ!」 大きな岩を回り込んで逃げ切ろうとしたら、ウェーアに岩を乗り越えられてしまった。捕まったわたしと目線を合わせるように少しかがむと、 「もう逃げるなよ」 ぐしゃぐしゃと帽子ごとわたしの頭をなでてから、被った。 本当に綺麗な赤い眼だ。地私達の球世界では深紅の目を持つ人なんていないけど、こっちでは普通なのかなぁ?そういえば、ウェーアは年齢がはっきりしなかった。 「ウェーアってさあ、いくつなの?」 「ん?俺の歳か?俺は……それはセリナがワグナー・ケイを何で持っているのか教えてくれたら、言ってやろう」 ウェーアは頭一つ上で意地悪な笑みを浮かべた。いろいろあったから忘れていると思ったのに。 「…しつこい男は嫌われるよ?」 悔やみながら口の中で悪態ついた。 「誰がしつこいって?」 聞こえないように言ったはずだったけど、地獄耳には聞こえたみたい。 「あはははは。なんでもない、なんでもない」 とりあえず笑ってごまかした。 ナギが待っている所まで戻って、歩き出しながらウェーアにワグナー・ケイを持っていることがばれたと話した。で、結局ウェーアに全部教える事にした。 ナギが言うには、 「ばれちゃったのなら、知っていて下さるほうが都合がいいわ。精霊さんがいる所も知っているかもしれないし」 だ、そうだ。ウェーアはなんとなく信用できそうだからいいけど…。そこで、事の原因(わたしの事)と、解決法を簡単に話した。
「なるほど、それでケイを持っているのか。…そういえば、古い蔵書で読んだことがあるな。確か――― 【異なる 世界から来る者 現れる時 互いの世界は 消滅する 異なる 世界から来る者 現れる時 聖なる石を 集めろ そうすれば 同じ日常が 再び廻るだろう】
だったかな。現代の言葉に直したから意味はわかるよな?ま、こんなもの、知っている人間は皆無だろうな」 わたし達が話し終えると、ウェーアは不意に謳うように口を開いた。 「それは予言なのですか?それとも、以前に同じような事があったのですか?」 ナギの久々の質問タイムだ。 「いや、知らない。俺の知る限りでは、後者はないが、前者とも言い切れない」 ウェーアはそれに即答した。 「では、なぜこの詩を知っている人間は皆無だとおっしゃるのですか?」 「そ、それはだな……」 急に歯切れが悪くなった。 「なあに?はっきり言ってよ」 わたしも促がした。 「あ〜いや、それは……あっ!そうだ、ケイについて話してくれたら俺の歳を教えるっていう交換条件だったよな」 「ああ、そういえばそうだったね。いくつなの?」 忘れてた。ウェーアが思い出してくれてよかったー。 「セリナ、簡単に話しを替えられちゃ、だめじゃない。それにしても、ずいぶんと安い取引をしたのね」 わたしはわくわくして聞いたのに、ナギの声はちょっと怒っていた。 「え?……えっとー…まあ、いいじゃん」 話を替えられたみたいだけど、ウェーアが言いたくないのなら、この時は別に聞かなくてもいいかなって思ったので彼を促がして話をすすめた。 「確か…十七になったばかりだったかな。今はプーレ――――」 「うっそぉ!十七!?三つしか離れてないじゃん!」 まさか十代とは思ってなかった。 「なんだ、その言い方は」 「私はてっきり二十三ぐらいだと…」 ナギはわたしと同じぐらいの読みをして、やっぱり驚いていた。 「まだそんなにいってない」 わたし達の反応にウェーアはがっくりと肩を落とした。
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