■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第23回   百人突破記念!夢の話・ショート劇場(?)
 ある日の夢の話−1 


 どこまでも続く広い砂漠だった。
 私は乗ってきた乗り物を降りて水を飲んでいた。
 
 どこまで続くんだろう。
 
 ポツリと独り言を呟くと、どこかからかどこまでも続きますよ。と声がした。
 振り向くと、黒っぽいマントを頭からすっぽりかぶった小柄なヒトがいた。
「旅の方ですか。」
マントの彼が言った。
「ええ、あなたは?」
私が聞いた。
「ここに住むものです。」
彼が答えた。私はこの辺りに人が住んでいるとは聞いた事がなかった。
「ところで・・・」
彼は考え込んでいた私に話し掛けた。顔を上げると彼の後ろに、いつの間にか天まで届きそうな細い塔が建っていた。そこはついさっき私が乗り物で通ったばかりの所だった。
「あなたは釣ができますか?」
彼が話している間にも私の視界の隅で、突然わいたように同じような塔が建ち始めた。
「・・・できますが、それが何か?」
私はあえてその塔を無視して彼に聞いた。
「頼みたいことがあるんです。少々お待ちいただけますか?」
「はあ・・・」
そう言うと彼は、私の横を通り過ぎてまた現れていた塔に向かって行った。その細いと思っていた塔は、人が五人輪になって手をつないでも届かないほど太く、トーテンポールのように細かい模様が一部の隙間なく彫られていた。
 マントの彼がその前に立つ。腕を上げたのかマントの裾が持ち上がった。けれども、相当長いものらしい。足は全く見えず、砂の上には裾を引きずった跡しか残っていない。
 
 ・・・足跡がない?

そう思うのが先か、彼の前に人が通れるほどの穴がポッカリと口を開けた。
 今気付いてみれば、私の周りには目の前のも入れて、七つの塔が建っていた。等間隔に並べられたそれは、円を描いて正七角形になっているようだ。
 マントの彼は、私が目を離したほんの少しの間に姿を消して、すぐに現れた。
 
 「こちらへどうぞ。」

私は招かれて穴の中に入って行った。入るとすぐに階段があって、危うく転げ落ちそうになった。
 それにしても急な階段だ。ほとんど垂直に落ちている。しかも中は真っ暗で、明るい所から急に暗い所へ来たものだから余計に見えない。マントの彼といえば、慣れた足取りで滑るように降りていた。何故か彼のマントが淡く光を発していたので、それをわかることができた。
 私は眼が慣れるのを待って、ゆっくりと慎重に彼の後を追った。
 最初はただ真っ直ぐ降りている階段だったが、しだいに曲線を描いたり曲がり角が出てきたりしてきた。
 私が遅れている事に気が付いた彼は、
「慣れない方には辛いですよね。どうぞ、ゆっくりでかまいませんから。お怪我をなさらないように。」
と、わざわざ私の所まで戻って来てくれた。
 
 二人でゆるゆると降りていった。
 やがて、右側が崖になった。微かに水の流れる音がする。
 「地下水脈ですか」
「ええ、そこに我々の住家があります。」
 傾斜がだんだん緩やかになってきた。川の音もそれに比例して大きくなる。
 やっと下に着いた。地下は彼のマントと同じような光を発していた。
 川の流れの横に小さな岸があった。小さいと言っても川の大きさに対してだ。川はナイルのようにとてつもなく広大で、流れは意外と穏やかだった。そして、何万人もの人が入れそうな岸辺には、何万人もの人が入れそうな巨大な船があった。
 
「我々“レイラク”の住家へようこそ。」

マントの彼が言うと、船の中からマントを頭からすっぽりと被った何万人ものヒトが出てきた。やはりそのヒト達のマントも淡く光っていて、皆同じように顔はもちろんのこと、手足さえも見ることはできなかった。
「レイラク?」
私が聞くと、微かに彼が自嘲気味に笑った気がした。なにしろ顔が見えないから、確かとは言えない。
「我々は元々一つのものでした。それがある日を境に四つの属性に分かれてしまいました。あるものは空を好み、あるものは山を好み、あるものは川を好み、あるものはこの世ならざるものを好みました。
 他の属性と距離を取るようになってきた我々は、自然とグループを作り、自分達の好む場所へと移動しました。
 空へ行ったもの達をレイ。山へ行ったもの達をレイノウ。どこかわからない所へ言ったもの達をレイレイ。そして我々の事をレイラクと呼ぶようになりました。
 我々は流れを糧に存在しています。あなたに我々を助けていただきたいんです。」
「助ける?」
何万人ものヒトが一斉に私も方を見た。彼らは何か物言いたげに体を揺らす。
「先程も言いましたが、我々レイラクは流れを糧に存在しています。今はこの地下水路を逆流しているわけですが、それが魚に邪魔されてしまったんです。」
「魚に、ですか。」
「魚に、です。」
「それで釣?」
「それで釣。」
「はあ・・・。」
「お願いできますか?」
「・・・・・網で捕まえるわけにはいかないんですか?」
言った途端、マントの波がざわめいた。
「釣でなくては駄目なんです。」
「・・・・・・そうなんですか。」
 何万人もの期待の視線が突き刺さった。やっぱり断ろうかと思ったけれど、無理っぽいから私はしかたなく引き受ける事になった。
「ではまず、釣道具を作らないと。」
「ああ、道具はあるんです。人数分。」
そう言うと彼は顔を上げて誰かに合図をしたようだ。何人かが船の中に入って行った。そしてすぐに、両手一杯に竿や針の入った箱を持ってきた。
 「何で道具はあるんです?」
「さあ。いつの頃からか船の中に入っていたんです。けれども我々はどうやって使うのかわからないんです。」
「なるほど」
 
 私はとりあえず全員に餌になる小さな虫を捕まえるようにと、指示した。
 すぐに集まった。
 次にいくつかグループをつくってもらった。そのグループごとに代表を決めてもらって、前半後半に分けて餌の付け方を教えた。物覚えのいいヒトが多くて助かった。その代表が同じグループのヒトに伝えて、次から次へと川に釣り糸が投げ込まれていった。
 私も自分で釣り道具を作って一緒に釣をした。
 マントの彼に頼まれて、今まで回ってきた国々の話をしてあげた。
 会話ができるのは彼しかいなかった。何故か他の皆は一言も喋らない。何かわからないことがあっても、ジェスチャーで全て聞いてきた。私も何故かすんなりとそれを理解する事ができた。
 
 何万のヒトと私の釣は三日続いた。
 私は携帯食を持っていたのでよかったが、彼らが何か食べている所を見たことがなかった。彼らは流れを糧にしていると言っていたから、川の流れを食べていたのかもしれない。いずれにせよ、不思議な三日間だった。
 時々私がもらって食べる他は、魚は船尾へ逃がした。
 今から思えば人数を半分に分けて、釣をするヒトと餌を探すヒトと分担すればよかった。けれども、まあ、結果的には成功したんだから、今更後悔しても遅い。



 「本当にありがとうございました。」
「いえ、私も楽しませてもらいましたから。」
 もう船が進められるようになったので、お別れということになった。
 まあ、釣は嫌いではないのでこの言葉は本心と言っていい。しかし、さすがに三日続けてはつらかった。
 「本当に、なんとお礼を言ったらいいか・・・」
「いえいえ」

 私は出発する船を見送り、長い階段を上って外に出た。さすがに三日も地の底にいると、外の光は猛烈に眩しかったが、新鮮な空気は心地よかった。
 おもいっきり伸びをして、肺一杯に空気を吸い込むと、私は隠しておいた乗り物に向かった。そして、
「・・・ちょっと期待してたのになぁ。」
 私の両手には自分の荷物と少しの魚だけ。それを見てさらに呟いた。


「あれだけ手伝ったのに見返りなしかよ・・・」

情けは人の為ならずじゃなかったのかな。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections