ラービニを発ってから約、三十五日目。今はエバパレイトの一歩手前の小さな町にいる。そこで宿探しをしていた。 出発してからの一週間はとてもつらかった。足に豆ができてそれがつぶれたり、変な動物に襲われたり…。 それでもめげずにここまで来れた自分がすごいと思っている。ナギにもあんまり迷惑を掛けないようになってきたし。…たぶん。
「あ〜!やっと明日にはエバパレイトに着くね」 「そうね、だんだん暑くなってきているようだし、あっちに着いたらもっと暑いんでしょうね」 二人ともわくわくしていて、そんなふうに会話を弾ませながら角を曲がると、 「――痛ッ!」 「あっ」 わたしは何かにぶつかって尻餅をついた。 「すまない。大丈夫か?」 上から降ってきた声に顔を上げると豆だらけの手がそこにあった。手の先には金髪に深い赤い眼。頭にはフワフワの羽が付いたつばの広い帽子を被っていて、それと同じ深緑色のマントを羽織っている人だった。まだ幼さの残る顔立ちは、若くも見えるし、頭の良さそうな大人にも見える。 「怪我はないか?」 「う、うん。なんとか」 お尻がヒリヒリしたけど、けがとは言わないだろうから黙っておく。 「大丈夫?セリナ」 ナギが本当に心配そうに聞くから、わたしは平気だよと、笑いを含めて言った。 「すまなかったな。考え事をしていたから。あ、そうだ。お詫びに食事に行かないか?まだ食べてないだろ?」 「まあ、そうだけど・・・」 気前がいいなぁ、人もよさそうだし。なんだかナンパされた気分でくすぐったかった。こんなふうに人と知り合ったのは初めてだ。 「そんな、悪いですよ」 当然のことながらナギはそう言う。そう、それが普通なんだけど、わたしは、少しは甘えてもいいんじゃないかと時々思う。 「遠慮しなくていい。大食(おおぐ)らいにご馳走するわけじゃないんだ。それとも、育ち盛りだからたくさん食べるのか?」 ニヤリと笑う彼に、 「そうかもね」 とお返しした。すると、おどけたようにお手柔らかに頼むよ、と言った。 「でも…」 まだナギがぐずっていると、男は彼女の腕を掴み、 「でも、はなしだ」 と、言ってわたしもろとも引っ張っていった。
「そうか。親探しを、ね」 表通りにあるちょっとしたレストランに入り、私たちが旅をしている訳を訊かれた。なので、わたしは父親を、ナギは母親を探している間にバッタリ会って、仲良くなったので一緒に旅をしていると話した。 ごめんねお父さん。わたしのためだと思って許してね。 遠くにおります父に心の中で謝りながらも、ナギの作り話に相槌を打ったり、あることないこと付け足したりした。 「女の子二人だけで大変だったろう。…そうだ。俺も途中まで同行していいか?旅には慣れているし、周辺の島にも君達よりかは詳しいと思うが。いろいろと案内できるぞ?」 わたしはナギと顔を合わせた。太っ腹。と言うより、虫が良すぎる。 「少し、時間をいただけますか?」 ナギはわたしの腕を持って立ち上がった。 「ああ、かまわない。――どうぞ、ごゆっくり」 彼は笑みをたたえ、手をひらひらさせて見送った。
悪い人じゃ、ないよね?
「どうすんの?“実はさっきの話は嘘でしたぁ”なんて言えないよ?」 「そうね、私たちが精霊を探しているなんて事を話すわけにはいかないし…」 お店のトイレの中、少女二人がひそひそ話し中。 人があんまり入ってこない、かつ店の中とは隔離されている所なんてここぐらいしか思いつかなかった。 「だったら、お断りする?」 小声で続けた。 「そうは言っても、二人とも他の町のことには詳しくないし、案内がいてくれると助かるわ」 どうしよう。あいつに勘付かれないように精霊を探す事なんてできそうにないし、案内はほしいし……。
『ナギ、セリナ元気だったかい?』
私たちが頭を抱えて考え込んでいると、悩みなんかこれっぽっちも持ってなさそうな能天気な声がピアスから流れてきた。まさか、むこうから勝手に話しかけられるなんて…。 「なんの用?ディスティニー」 服にある赤いブローチに向かって多少きつめに言うと、彼がびくりとなった気配が伝わってきた。 『い、いや〜。なにか困っていることでもあったらお手伝いしようかなーって思ったんだけど・・・なにか、あったのかい?』 この人はまるで私たちをずうっと見てきたように話をする。 「そうなんです。セリナにぶつかった男の方が夕食をおごって下さった…までは良かったのですが、その方が私たちと一緒に行って案内をしたい、とおっしゃったんです」 ナギが言うと、しばらくディスティニーは黙って続けた。 『その人はどこまで二人を案内してくれるって?』 「あ、それまだ聞いてないや」 「そういえば、そうでした。あと、お名前もお伺いしていませんし」 わたしはディスティニーがなにか言う前に釘を刺す。 「じゃ、それまでディスティニーはおとなしくしててね?」 「また、連絡いたしますから」 わたしとは対称的にナギは申し訳なさそうに言う。 「……絶っっ対だよ?」 彼はむくれた子供みたいな声だった。 女の人が入ってきたので、私たちは慌てて笑いを引っ込めて店内に戻った。
再び店の中でもマントを脱ごうとしない男の前に座ると、さっそくどうなったのか聞いてきた。そこでナギはその前に、ときり出して彼の名前とどこまで案内してくれるのかを訊ねた。 「ああ、そうか。名前も言ってなかったか」 彼はそう言いながら首の後ろに手を持っていった。 「俺の名前は…………ウェーア。ウェーアだ」 今の間は一体…なんだか段々怪しくなってきた。この人、本当に信用していいのかなぁ。 「ん?なんだセリナ、その顔は。まさか俺に嫌疑をかけているんじゃないだろうな」 やばい。顔に出ちゃったみたい。けど、わたしはあえて食い下がった。 「だって、今会ったばっかの人を疑うなって言う方が無理でしょ。それに、さっきの間はなに?」 「ははは、それもそうだな」 意外と明るく言う。ディスティニーとは違ったタイプだ。 「それはいいとして、私の質問に答えていただけますか?」 ナギは微笑みながらさらりと言う。ちょっと怖い。 「あ、ああ。そうだな。あ〜俺がどこまで案内するか、だったよな」 ウェーアと名乗った彼は引きつった笑みを浮かべながら話を替えた。絶対、心の中でナギに恐怖してる。 「そうだな……よく知らないのはリドゥルとハージースとレンジぐらいで、他はほとんど案内できるか。安い宿とかも知っている。―――ああ、一つ言っておくけど、今回俺が案内できるのはエバパレイトとソイルだけだからな」 ナギがなにやら鞄をあさり出している間にわたしは彼に訊ねた。 「なんで二つだけなの?他にもできるんでしょ?案内」 「大人の事情でな。俺もずっと家を空けている訳にも行かないんだ」 でた、大人の事情!ずるいよなぁ、大体そうやって子供をごまかすんだもん。 「で?ナギはさっきからなにやってんの?」 わたしは横を覗き込んで聞いた。ナギはディスティニーにもらった世界地図を手にしていた。 「セリナ、ここ」 そうささやいて示したのは、精霊の大体の位置が印されている所だった。 「私たちがこれからちょうど行こうとしていたエバパレイトと、次のソイル。二つともにいるのよ?そこを彼が案内してくださる。こんな偶然、あるかしら」 たしかにそうだ。偶然会った人に偶然夕食を誘われて、偶然行き先が一緒だなんて… 「へえ、すごい偶然だね」 感心しちゃう。 「そうじゃなくって!ああ、もういいわ。――すみません、少し席を外させていただきます」 ナギはそう言ってどこかに消えてしまった。訳のわからないわたしを残して。
しばらくしてピアスから二人の声が流れてきたけど、わたしはその内容を聞き取る余裕がなかった。ウェーアにいろいろと質問されていたから。 ナギはいつもあんな感じなのか、わたしはどこから旅をしているのか、ドンシスションはどうだったか、などなど。 いくつか曖昧に答えたら、どうしてそう隠そうとする?と、聞かれたので、わたしは答えた。 「女の子は秘密にしたい事が多いものなの」 もちろん、嘘。しかもバレバレの。 案の定、ウェーアは眉をひそめたがけど、ナイス・タイミングでナギが帰って来たので襲撃はまぬがれた。 お話の結果は結局彼に案内を頼む事にした。そして、それなら同じ所に泊まった方が手間が省ける、と言うことで、ウェーアが泊まっているという宿へ行くことになった。もちろん、宿代はウェーアのおごりで。 私たちはかなり着古しているマントの金持ちの後について行った。
ストフィー・レグ亭という宿に案内され、チェックインした私たちは二人部屋の鍵を受け取り、荷物を置きに部屋へふらつきながら向かった。そう、ふらつきながら。 この宿に足を踏み入れた途端、 「うわ!な、何これ!?」 床が沈んだ。しかも、ぶにゅって。なんて表現すればいいのかわからないけど、軟らかいぶ厚いマットにゴムボールみたいな弾力を加えたみたいな感触。 沈んだ片足を持ち上げるとぷるんって戻ってきた。床が。どうやら壁も同じ材質のようで、少し押してみると、壁が緩やかな曲線を描いてへこんで、ぷるんって戻ってくる。壁に幾重もの波紋ができた。幸い、部屋の備え付きの家具はまともで、ほっとした。それはそれでおもしろいかもしれないけど。 いったいどういう素材で、どういうふうに造ったんだろ。こんな宿を造った主人も、こんな宿に泊まろうとする客も、変わっている。
まあ、そんな事は置いておいて、私たちはウェーアが泊まっている部屋へおじゃますることにした。 教えられたドアまで来て、扉をノック―― 「どうぞ」 ――する前に中から声がかかった。 驚きながらもドアを開けると、光に照らされた赤っぽい銀の刀身がわたしの目に飛び込んできた。いったい、どこに隠していたのか知らないけど、柄の部分にはとても綺麗な装飾がしてあって、鍔の辺りに炎のような赤い宝石が埋め込まれていた。細身の長剣はまるで新品のように光輝いている。 その剣の持ち主は、手入れを終えたのか、立ち上がってヒュっと一振りすると、軽やかな音をさせて鞘に収めた。 「すばらしい剣ですね」 「ありがとう。ま、もらい物だけどな」 感激するナギにウェーアは照れくさそうに笑って、剣を椅子にたてかけた。 「どうだ、この宿は。変わっているだろ?このふわふわした感覚が気に入って、近くにきたら必ず寄って行くんだ。宿代も安いしな」 彼はそう続けてうれしそうに壁を叩いた。壁に波が立ち、波紋が床や天井にぶつかって複雑な模様がうまれた。 ウェーアの趣味の方が変わってる。そう思ったけど、一応胸の中にしまい込んでおいた。 それから、エバパレイトに行くにあたって、ファスト山脈を突っ切った方がソイルへ行く港に近いがどうする?と聞かれたので(精霊はエバパレイトのどこにいるのかわからないから)つらくなるだろうけど、そうしてもらう事にした。 「ねえ。この辺ってさ、いっつもこんなに暑いの?」 ふと疑問に思って何気なく聞いてみた。建物の中は涼しい。けど、一歩外に出たら最後、焦げ付くような暑さが襲い掛かってくる。 「ああ」 彼はわたしの質問に短く答えた。なんで?と聞くと、 「そうだな・・・昔からの言い伝えからすると、エバパレイトのファスト山脈のどこかに火の神様が住んでいる、というのがある。ある説では地下活動の影響ではないかっていうのもあるし、この辺りだけタヨ(太陽のこと)の当たり方が違うのではないか、と言う者もいる。ま、言ってしまえばなんでか解らない、ということだ」 すらすらと言った。 「へえー。…あれ?ウェーアって、ここら辺に住んでるの?」 「いや」 「じゃあ――」 「なぜ、そんなにもお詳しいのですか?」 ナギが後を継いで訊ねた。 「なぜって……エバパレイトで育った友人に聞いたからだ」 「ふうん。じゃあ、ウェーアはどこで育ったの?」 「…男にも秘密にしておきたいことはあるんだぞ?」 彼は意地悪な笑みを浮かべてそう言った。夕食の時のお返しみたい。 「あら、いいじゃないですか出身地ぐらい教えて下さいよ」 「丁重にお断りしよう」 それからずっと問い詰めてみたけど、ウェーアは頑として口を割ろうとはしなかった。 結局何にも聞き出せないまま、私たちは部屋に戻った。 「ねえ、セリナ。どう思う?」 ドアを閉めた途端、ナギが聞いた。 「絶対怪しいよねー。どこで育ったかぐらい話してくれたっていいのに」 ばふっとベッドに体を投げ出して思いっきり伸びをした。 「そうじゃなくって。火の神よ」 呆れたように溜息雑じりに言うナギを見て、わたしは首を傾げるばかりで、何の事やらさっぱりわからない。 「火の神様は、エバパレイトのファスト山脈のどこかにいるのよ?」 「そう言ってたね」 始めの方でそんな事を聞いた気がする。 「私たちがエバパレイトへ行く理由はなにかしら?」 「ん?精霊を見つけてワグナー・ケイをもらうため」 ナギは何が言いたいんだろう? 「そう、精霊」 「?…………あ!まさか火の神様って――」 「そう、火の精霊だと思うわ」 やっとわかった。ファストもエバパレイトの一部だから、精霊がいる範囲に入っているのを忘れていた。 「あ。でもさあ、ウェーアにはなんて言うの?どうやって探すの?」 「そうね…。今は手がないから、とりあえずエバパレイトまで行きましょう。それに、私眠いわ」 今考えても無駄。と言うことで、私たちは早々と床に就いた。
『コノ出会イハ偶然カ、ハタマタ必然カ。サレド、ヒトツノぱーつニハ変ワリナイ』
・・・はい!ベタな出会い方ですみません!m(>_<)mこれしか思いつかなかったん です(汗) これからしばらくこの三人メインで行きます。ウェーアは自分も気に入っている 人物なので。カッコいいと思ってくれるとうれしいです。いやー、自分もこんな 男になりたいものだと思う今日この頃で。
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