目が覚めたら、いつもの所で寝ていた。 のろのろ起き上がると、枕元にワグナー・ケイの入った袋が置かれていた。 しばらくして、遠慮がちなノックがして、ナギがそっと部屋を覗いた。 「おはよう、ナギ」 「おはよう。気分はどう?」 そう言っているナギの方がいつもより青ざめて見えた。 「うん、悪くない」 笑おうとしたけど、どうせ変になっちゃうからやめておいた。わたしの場合、嘘だってすぐばれちゃうから。 「そう。・・・今日は、寝ていたほうがいいんじゃない?」 案の定、ばれた。 「ううん、いい。・・・ナギ、ディスティニーんとこ、行こう。エナさんに全部話してさ、ナギがだめだったらわたし一人ででも行くよ」 「セリナ・・・・・わかったわ、そうしましょう」 ナギは、静かに頷いた。
『運命ノ重要ナ歯車ガ、最後ノヒトツガハマッタ』
エナさんに、今までの事を全て話した。私たちが話している間、エナさんは一言も口を挟まずに聞いてくれた。いつもの笑みはたたえたままだったけど、ばかにしている様子じゃなかった。 話終えると、しばらく話した事を吟味するように黙っていた。 「なんとなく、わかっていたのだけれどもねぇ。・・・実はね、セリナさん。お前さんが突然現れた所を私は偶然、見ていたのよ」 不意に口を開いたエナさんはそう告白した。 「じゃあ、何であのとき旅の人だなんて・・・」 「ふふっ。いきなり人が降って涌いてきたら、お前さんは信じられるかい?自分に都合のいいように解釈したくならないかい?」 「うっ・・・まあ、確かに・・・」 「あ、あの。エナお婆ちゃん・・・私、私もセリナと一緒に行ってもいい?」 ナギは心から願うように声をようようと絞り出して聞いた。 エナさんはなんて言うだろう?行かせてくれるだろうか。
「いいよ、行っておいで。若いうちにいろいろ経験しておく事はいいことだからねえ」
わたしは心の中で拍手喝采した。実を言うと、一人で行くなんて言ってしまった事を後悔していた。わたしだけで右も左も解らないような所に放り出されるのは正直困る。 「ありがとう、エナお婆ちゃん」 ナギはうれしいような悲しいような複雑な笑顔をみせた。 「ひとつ、助言しておこうかねえ。いいかい?まず、己を疑いなさい。問い詰めて、問い詰めてそれでも同じ答えになったら、それ を信じなさい。迷ったら落ち着いて考えるのよ。それに立ち止まってはいけない。わかったね?絶対に忘れないでおくれ」 エナさんの言っていることは、いまいちわからなかったけど、とても大切な事だっていうのはわかった。 絶対に忘れないと、固く誓った。 私たちは必要最低限の荷物を鞄に詰めていった。膳(ぜん)は急げと言うことで、急きょ支度を始め出した。 服にタオルに火熾(ひおこ)し、水筒、短剣、非常食のレンバスって言う物。これは一枚で大人一人が一日中歩きまわれるぐらいの代物だ。最後にお金。一人千ずつもらった。 「さてと、準備はできたねえ。明日にでも行くのだろう?」 「ええ。ディスティニーさんの所へ行ってからだけど」 「最初にエバパレイトに行くのだったねぇ。あそこは暑いらしいから、水分補給はこまめにするんだよ?」 「うん」 エバパレイトはここ、ラービニと同じ大陸にある大きな街だ。ラービニもかなり大きな町だと思っていたけど、それより上があるなんて、ちょっとわくわくしている。 「さあて。朝早くに出かけるつもりなら早く寝なくちゃあねぇ。夜更かしは肌の大敵だよ」 エナさんはカラカラと笑って消えた。私たちもそれに続いて部屋を出た。 木の根を上る足取りは重かった。 わくわくしている自分と、寂しくて落ち込んでいる自分がいた。 エバパレイトはどんな所なんだろう。精霊は優しいかなあ。無事、そこにたどり着けるかな・・・・・・・ 眠れるかどうか心配だったけど、いつの間にか夢の中へ旅立っていて、いつの間にか朝になっていた。
エナさんは下まで見送りに来てくれた。 「しっかりね」 私たちにささやいた。 「エナさん―――」 わたしは何かを言おうとしたんだけど、エナさんはそれを静かに首を振ってさえぎった。 「気を付けて行っておいで。私のことは心配いらないよ。何かあったらお隣さんに助けてもらうからねぇ」 「エナお婆ちゃんも気を付けて」 ナギはエナさんに抱きついた。 「それじゃ・・・行ってきます!」 私たちはなるべく元気よく別れを告げた。
タイレイム・イザーに入って扉を開けると、今回は木立が鬱蒼(うっそう)と多い茂る中に、一筋の川が涼しげな音をたてて流れていた。ディスティニーはそんな中に一人たたずんでいた。 「やあ、お婆さんにはちゃんと行ってきた?」 「ええ」 短くナギは答えた。そこには重い、沈んだ響きがあった。 「そっか。それで、一番初めにどこに行くのかは決めた?」 ディスティニーは彼女の気持ちを察したように、すごく優しい声だった。 「うん、最初にエバパレイトに行くよ。―――ここって、バスとかないの?」 思わず言っちゃった。 ちょっと考えてみればすぐに解る事だ。ここに来てから一度もバスは愚か、車さえ見たことなかったのに。 わたしは咳払いしてごまかすと、移動手段はなにがあるの?と聞き直した。 「馬車があるけど、結構ルーブル取られるのよね。船にも何度か乗らなくてはならないし、その分を引くと・・・乗れるかしら」 「え?じゃあ、エバパレイトまでは…」 「歩くのよ」 さも当然、とばかりにナギは言った。 ディスティニーが、肩を落としているわたしを見ておもしろそうに口の端を歪めていた。 「なによ」 とひと睨みきかせてやると、慌てて何でもないよと目をそらした。 人の気持ちも知らないで。むくれてから、エバパレイトまでどのくらいかかるのか聞くと、三十日ぐらいだと返ってきた。 三十日間歩き通し…。わたしの肩がまた下がった。
「ああそうだ!」 ディスティニーが突然叫んだ。彼は(お決まりの事だけど)なんにもない所からパッと紙を数枚取り出した。 「どうぞ。この前、渡しそびれた各島の地図だよ」 「ありがとうございます」 彼は、ナギが受け取ると“僕はなんていい人なんだ”とばかりに頷いた。 「それと、これは餞別(せんべつ)だよ」 続けて言うと、わたしの手に革の布袋を落とした。ずっしりと重い。 「少ししかないけど、ないよりはましだろう?」 開けてみると中身はお金だった。ああ。ディスティニーが輝いて見えるよ。 「こんなに…悪いですよ」 「いいじゃんナギ。せっかくの人の好意は無駄にしちゃだめだよ。それに、ディスティニーはなんでもすぐに取り出せれるんだからさ」 「そうそう。僕が持っててもどの道使わないんだし」 二人の説得で、ナギはしぶしぶそれを受け取ることにした。 「さて、最後にこれを」 と、取り出したのは銀と金の十字架のマグネット・ピアスと、赤と青の石がはめ込められたブローチだった。 「これを着けてれば、いつでもどこでもお話ができるんだよ。もちろん僕の方にもつなげられるよ。用があるときには耳飾りを二回たたいてね」 どうやらピアスがスピーカー、ブローチがマイクになっているようだ。便利なことで。 わたしは金と赤を、ナギは銀と青を身に着けた。 「それじゃあ、旅の幸運を祈るよ」 ナギはお礼を、わたしはお別れを言って、ラービニを出発した。
そう、いつ終わるのかわからない旅へ。
|
|