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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第2回   T-2 
「あぁ、今日もいい天気だねぇ」
 いつもは活気に溢れている大通りだが、今は閑散としていた。
 朝一の散歩。それが彼女の長年続けてきた日課だ。さすがに雨の日は断念するが、ほぼ毎日続けている。健康に良いという理由だけではない。道端での小さな発見を彼女はいつも楽しみにしているのだ。もちろん、その中には仲間達とのお喋りも含まれている。だが、今日はなんだかいつもと違う気がしてならなかった。
「なんだろうねぇ」
 ひとつ呟き、空を仰ぎ見る。
 まだ夜の名残が残る中、一筋の光が大地を徐々に黄金色にと染めていく。市場の人々が店の準備をしている。小鳥達も朝が来たことを喜ぶようにチュンチュンと飛び交う。そんな、まったくいつも通りの早朝の風景。なのに、彼女の中では決定的に何かが違っていた。
 色々と考えていると、いつの間にか上の道と道をつなぐ大きな橋まで来ていた。
「どれ、ここいらで一休みしますかねぇ」
気付かないうちにずいぶんと遠くまで来ていたようだ。これ以上先へ進めば、朝食に間に合わなくなってしまう。かといって休まずに戻るにはきつい距離だ。
 彼女はゆっくりと橋の下に備えられている椅子へ向かって――
「うっ!―っった〜。もう、何なのいったい!」
――行こうとしたのだが、鈍い音を立てて突然現れた少女に阻まれてしまった。

□□□

 最悪!何がなんだか判らないうちに、急に高い所から落とされた。ズキズキ痛むお尻をさすりながら顔を上げると、
「………え?」
目の前に広がっていたのは小さな薄暗いトンネルではなく、広く明るい小奇麗な景色。ずうっと続いている石畳に、見慣れない格好をした人々。
「な?え?あれ?わ、わたし…イタッ…………う、そ…」
目をこすったり頬をつねったりしても景色は変わらない。夢ではない。けれど、俄(にわ)かには信じられない。
 こんな所、知らない。なんでこんな所にいるの?わたしの鞄は?学校、どうしよう…
 泣きそうになりながら辺りを見回していると、人のよさそうなお婆さんがゆっくりとこっちに近付いてきた。この人に聞いたら、何かわかるだろうか。
「あの…」
「どうしたんだい?座り込んでしまって。見かけない顔だねぇ、旅の人かい?――おや、珍しい髪の色だねぇ黒色なんて。
お婆さんは、わたしが何か言う前に問い掛けてきた。
 とりあえず、外国ではないようだ。けれど…旅の人って?今時、身ひとつで旅行する人なんかいるだろうか。むしろ、聞くなら迷子なの?とかじゃないかな。…この歳になって迷子なんて恥ずかしいけど。
「え、えっと…その、お婆さん、ここはどこですか?」
「ここはラービニだけど?」
「ラ…?えっと、それって国の名前?」
そんな名前一度も聞いたことない。違う国なら、どうして言葉が一緒なんだろう。
「クニ?なんだい、それは?」
「え!?」
一瞬にして、頭の中が真っ白になった。さあーっと血の気が引いていく音がするようだ。
「――――の?…家に…かい?孫と二人きりじゃ広すぎるんでねぇ」
あまりのショックにお婆さんの言葉が聞こえていなかった。わたしはギクシャクと顔を上げて、お婆さんを見上げる。
「急いでいるのかい?それなら、無理にとは言わないけど…」
まだ混乱しているけれど、このお婆さんについていくしかなさそうだ。一人で路頭に迷うよりはいい。 
 わたしが急いでない、と首を振ると、
「そうかい。じゃあ、私の家に来るかい?歓迎するよ」
そう言いながら手を差し伸べてくれた。
「うん…。えっと、お、お世話になります」
お婆さんの手は、かさかさしていたけれど―――とても、とても温かかった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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