「あぁ、今日もいい天気だねぇ」 いつもは活気に溢れている大通りだが、今は閑散としていた。 朝一の散歩。それが彼女の長年続けてきた日課だ。さすがに雨の日は断念するが、ほぼ毎日続けている。健康に良いという理由だけではない。道端での小さな発見を彼女はいつも楽しみにしているのだ。もちろん、その中には仲間達とのお喋りも含まれている。だが、今日はなんだかいつもと違う気がしてならなかった。 「なんだろうねぇ」 ひとつ呟き、空を仰ぎ見る。 まだ夜の名残が残る中、一筋の光が大地を徐々に黄金色にと染めていく。市場の人々が店の準備をしている。小鳥達も朝が来たことを喜ぶようにチュンチュンと飛び交う。そんな、まったくいつも通りの早朝の風景。なのに、彼女の中では決定的に何かが違っていた。 色々と考えていると、いつの間にか上の道と道をつなぐ大きな橋まで来ていた。 「どれ、ここいらで一休みしますかねぇ」 気付かないうちにずいぶんと遠くまで来ていたようだ。これ以上先へ進めば、朝食に間に合わなくなってしまう。かといって休まずに戻るにはきつい距離だ。 彼女はゆっくりと橋の下に備えられている椅子へ向かって―― 「うっ!―っった〜。もう、何なのいったい!」 ――行こうとしたのだが、鈍い音を立てて突然現れた少女に阻まれてしまった。
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最悪!何がなんだか判らないうちに、急に高い所から落とされた。ズキズキ痛むお尻をさすりながら顔を上げると、 「………え?」 目の前に広がっていたのは小さな薄暗いトンネルではなく、広く明るい小奇麗な景色。ずうっと続いている石畳に、見慣れない格好をした人々。 「な?え?あれ?わ、わたし…イタッ…………う、そ…」 目をこすったり頬をつねったりしても景色は変わらない。夢ではない。けれど、俄(にわ)かには信じられない。 こんな所、知らない。なんでこんな所にいるの?わたしの鞄は?学校、どうしよう… 泣きそうになりながら辺りを見回していると、人のよさそうなお婆さんがゆっくりとこっちに近付いてきた。この人に聞いたら、何かわかるだろうか。 「あの…」 「どうしたんだい?座り込んでしまって。見かけない顔だねぇ、旅の人かい?――おや、珍しい髪の色だねぇ黒色なんて。 お婆さんは、わたしが何か言う前に問い掛けてきた。 とりあえず、外国ではないようだ。けれど…旅の人って?今時、身ひとつで旅行する人なんかいるだろうか。むしろ、聞くなら迷子なの?とかじゃないかな。…この歳になって迷子なんて恥ずかしいけど。 「え、えっと…その、お婆さん、ここはどこですか?」 「ここはラービニだけど?」 「ラ…?えっと、それって国の名前?」 そんな名前一度も聞いたことない。違う国なら、どうして言葉が一緒なんだろう。 「クニ?なんだい、それは?」 「え!?」 一瞬にして、頭の中が真っ白になった。さあーっと血の気が引いていく音がするようだ。 「――――の?…家に…かい?孫と二人きりじゃ広すぎるんでねぇ」 あまりのショックにお婆さんの言葉が聞こえていなかった。わたしはギクシャクと顔を上げて、お婆さんを見上げる。 「急いでいるのかい?それなら、無理にとは言わないけど…」 まだ混乱しているけれど、このお婆さんについていくしかなさそうだ。一人で路頭に迷うよりはいい。 わたしが急いでない、と首を振ると、 「そうかい。じゃあ、私の家に来るかい?歓迎するよ」 そう言いながら手を差し伸べてくれた。 「うん…。えっと、お、お世話になります」 お婆さんの手は、かさかさしていたけれど―――とても、とても温かかった。
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