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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第15回   V-2
 気が付いたら肌寒い空間に、宙に浮いて立っていた。隣にはナギとディグニさんがいて、前には人魚さん達が数人、咎めるような目でこっちを見ていた。
「ディグニ!どういうこと!?人間を我々の聖域に招きいれるなんて!」
「彼女達はティーイア・ケイを持っている」
「どうせ、あの変わり者が気紛(きまぐ)れで人間にあげただけでしょう?それがなんだっていうのよ」
「彼は意味もなく人間を招き入れたりはしない」
「では、あなたはどういう意図でその子達をここに?」
「長(おさ)が受け継ぎし使命のために」
重い沈黙が流れた。どうやらこの人魚さん達は、ディグニさんの仲間のようだけど、私達はあまり歓迎されていないみたい。どちらも黙ったまま互いを睨(にら)みつけていた。
 
「時はきたり。古(いにしえ)の詠(うた)、今より現実とならん。・・・これで納得してはくれぬか」

 ぽつりとディグニさんが呟くように言うと、他の人魚さん達はしぶしぶ頷いて下がっていった。
「我が皆に何も言わずにいたので、見苦しいところを見せてしまった。許してほしい。彼女達に悪気はないのだ。ただ、ここに人間を招き入れるのは初めてのこと故・・・」
ディグニさんは周りに誰もいないのを確認すると、まず謝った。同じ精霊でも、いざこざがあるんだなあ、と頭の隅で思いながら、気にしてませんから、と苦笑いを浮かべた。


 
ディグニさんの案内でさっきとは違う部屋へ通された。そこまでの移動はもちろん泳いで。空中なのに水の中にいるみたいで不思議な感覚だった。部屋は水晶のような丸いものが円を描いて宙に浮いているだけの空間で、他には何にもない。私たちはその中心に行って、ディグニさんがどこからともなく出した水の塊を手渡された。それは、ちょうどコップ一杯ぐらいの量で、受け取った手のひらの上でユラユラと浮いていた。
 「楽にしていい。」
そう言われたけど、私たちはどうすればいいのか全くわからなくって、戸惑っていた。
 この水、どうすればいいんだろう?飲んでいいのか悪いのかさえわからない。
 異国の地の、やけに親切にしてくれる赤の他人の家で、そこの風習もわからずに突っ立っている感じ。しかもその相手が人魚で水の精霊なんだから、余計に戸惑う。
「どうした?」
ディグニさんが不思議そうに聞いてきた。彼女はいつもこの空間で生活しているから、私たちがどうして戸惑っているのかわからないんだ。
「ええっと…」
わたしはナギにどうしようかと目で訴えた。ナギはそれに気付いてわたし同様困った顔をしていたけど、すぐにディグニさんに向き直って、
「すみません。私達の住む所には、こういった所がありませんのでどうすればいいのかわからないのです。」
と、言ってくれた。
「そうなのか?これは失礼した。何しろここから出た事がないが故、人間の生活というものがわからなくて…」
ディグニさんは驚いて、慌てて詫(わ)びた。なんだか親近感のわく動作だったから、少しほっとした。
 それからいろいろ水の精霊さん達の家について質問して、たくさん教えてもらった。
 この家が造られたのは遠い昔の事で、ディグニさんが生まれる前だったので、どうして水もないのに泳いで進む事ができるのかはわからなかった。
 どこからともなく水の塊が出せるのは、赤ちゃんが教えられなくも勝手に歩き出すのと同じように、いつの間にかできるようになっていたみたい。ここでは普通のことなんだから、私たちがなんで?と聞いても、できるからできるとしか答えようがなくって、しばしばディグニさんを困らせてしまった。
 あとここでは、“座りたいなー”って思えばいつでもどこでも下に椅子があるように腰掛けることができる。私たちも今そうしていた。フワフワ宙に浮いていて、水の上に座ったらきっとこんな感じなんだろうな。それと同じように、物を置きたいときもちょうどいい高さで勝手に宙に浮くようだ。
 本当に、不思議な所だ。
 そう思いながら口を付けた水の固まりは、清んだ冷たさでわたしの喉の渇きを潤してくれた。
 

「話に入るが良いか」
と言われて、ナギは水の塊をそっと手から放した。さっき言われた通り、本当にそれはちょうどいい高さで落ちるのを止めてくれた。わたしもそれにならう。
「その前に、お伺いしたい事がいくつかあるのですが、よろしいでしょうか」
「うむ、遠慮なく申せ」
ディグニさんは頷き、ナギの質問攻めが始まった。
「ではディグニさん、なぜ、長自らが私達をここへ招き入れたのですか?それに、他の精霊さん達があなたの言葉をお聞きになった途端、退いていかれたのはなぜですか?」
「それが精霊の長になった者の定め故、皆が承知しているために退かざるを得なかった。お前達を招き入れたのにもそれが関わっている」
わたしはそんなものかと頷いた。まあ、ナギはそういくはずもなく当然聞く。
「では、その長の定めとは何なのですか?」
「うむ、そのことなのだが・・・セリナ」
「はい?」
突然呼ばれたわたしはまた変な返事をして、ディグニさんの蒼い瞳と出会った。それは心の奥まで見透かされるような真直ぐな視線だったので、わたしはまともに見れなくてもぞもぞと目線をずらした。
「我の使命は、異なる世界からの来訪者に助言を与えることだ」
「それって…え?どういうこと?」

わたしに何を言ってくれるんだろう?ん?待てよ、助言と言う事は・・・

「もしかしたら、お前を元の世界に戻してやれるかもしれない」
「本当ですか!?よかったわね、セリナ!」
ナギは自分の事のように喜んでくれた。わたしといえば、あまりの唐突さに頭がぼーっとしてしまって目を見開いたまま固まっていた。

 帰れる?家に・・・お母さんどうしてるかな。学校じゃあ大騒ぎだろうなあ。お兄ちゃんは勉強ちゃんとやってるかなあ・・・・・・・・急にそんなことが気になってきた。早く家に帰りたい。けれど…

「うむ。だがそれにはまず、ワグナー・ケイを集めなければならんのだ」
ディグニさんは眉根を寄せてそう言った。どこか憂いを感じさせる表情だ。
「この石を?」
「うむ。ワグナー・ケイはそれぞれの精霊が所持している。それを集めればよいのだが・・・」
彼女は言葉を濁した。
「何か問題でもあるのですか?」
「ワグナー・ケイは全部で七つ集めなければならない。それぞれ、水・火・風・土・木・闇・そして光だ。我には、他の精霊の居場所は知ることはできないが、ディスティニーならば知っているだろう。
 ・・・・・・元々、セリナは此処へは来られるような者ではないのだ。それが何かの影響で偶然、来てしまった。故に、時空の食い違いが起こり、こちらとセリナの世界の均衡が崩れ、その二つ、あるいはその周りのスーホさえも巻き込み、消滅してしまうかもしれない」
「そんな・・・!」
「ワグナー・ケイを集めれば、それを食い止めることができるのですか?」
「おそらく。・・・あまり、詳しいことは知らぬが故、はっきりとは言えぬが」

 世界が、消滅・・・無くなる?家も?人も?そんなの、嫌だ。・・・わたしがここに来たせいで、こんなに綺麗な街や、景色が壊れてしまうなんて。

「どうする?強制、という訳ではない。やるか、やらぬかはお前達の意思だ」
「・・・やります。私は、この町が消えてしまうのを見るのは嫌ですから」
ナギが少し間を置いて言う。わたしもそれに続いた。
「うむ。ワグナー・ケイをもらうには、それぞれの精霊の条件を満たせばいいと思う。危険なことも在り得るが故、気を付けて。
 ――話は変わるが、我からのケイを授ける条件をひとつ」
「あ。やっぱりあるんだ」
ディグニさんは頷き、外(つまり私達人間)はどういう生活をしているのか、今までにどんな出来事があったのかを聞かせてほしい、と言った。私たちはとっても簡単な条件だったので、お安い御用とラービニの事と、私の世界の事を話してあげた。水の精霊さんはこの場所から出られないようで、ディグニさんにいたってはかなり私たちの暮らし振りに興味を持っていたみたい。すごく真剣に聞いてくれて、話しているこっちもうれしかった。
 

 精霊さん達に見送られて外に出ると、もう昼を示す短い影が落ちていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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