木々は、私たちに覆い被さるようにして立ち並んでいた。深くもないけど、浅くもない森の中、多かれ少なかれ人が通るみたいで、道ははっきりとついていた。ナギが言うには、ここにも少しだけ人が住んでいるみたい。きっと、木が好きな人達なんだ。 ふと、前を見ると、黒い丸いものが道の真ん中にころがっていた。 「ナギ、何だろあれ」 「近づいてみましょう」 誘われて、たぶん危なくはないんだなって思って、そろりそろりと移動した。後もう少しって所で、丸いそれはぴくりと動き、跳ねて逃げる。そして、少し行った所でこっちを振り返った。 「わぁー!かわいい!!」 丸いものの正体は、サキュラーと言う動物だった。黒い丸い体に、鳥みたいな足、大きな耳。細く伸びたしっぽの先には毛の塊が丸まっていた。その他、道を進む度に脇の方や、木の陰に動物を見ることができた。周り全部が動物園みたいで、わくわくしながら一歩一歩を踏みしめて行った。
やがて、滝の音がわたしの耳に中に入ってきた。 ・・・滝の音?おかしい、ここはずっと平坦な道で、上(のぼ)っても下(くだ)ってもいない。なのに、なんでこんな森の中で… 首を傾げていたら、急に開けた場所に出た。滝の音は、目の前でわたしの鼓膜(こまく)を破ろうと、ゴウゴウ唸っていた。驚きに声が出せないまま、視線を上へ、上へと這わせると、 「なっ、ナギ、ナギ。雲が、雲から水が、でで出て・・・」 訳がわからなくて、わたしの言葉も意味を成されていなかった。誰だって自分の目を疑いたくなるはず。なんで高い所で湧き上がっている雲の中から、水が流れ出ているんの?信じられない。わたしはその水が本物か確かめる為に、滝壷(たきつぼ)を囲んだ岩の上にのって、手を伸ばしてみた。 「うわ、冷たい・・・本物だー」 「私達、毎朝ここに来て水を汲んで行くのよ。湖はめったに使ってはいけない事になっているの」 へえーっと感心してナギを見ると、わたしに背を向けて何かをしていた。 「それ、何?」 彼女は甘い香りのする赤い、楕円球形の実を摘んでいた。ナギが、エミラよと答え、細かく砕いて料理のときに使うのだと教えてくれた。エミラは乾燥させなくても、割れば簡単に細かくなるそうだ。それを水で洗い、乾くまで草地に腰を下ろして雲を眺めた。
「・・・で、これから何するの?」 「セリナは何がしたい?」 少し、考えて、 「森の中を探検するってのは?」 「いいわね、それ。そうしましょう」 あっさりと決まり、荷物を持って滝の裏手をまわろうと足を踏み出した。―と、 「わっ!な、なに!?」 いきなり、なくさないようにと袋を作って、首から下げておいたクリスタルが熱を持ち始めた。ディスティニーにもらったそれは、服を透かして見えるほどに輝いている。 「どうしたのかしら?なぜ突然――」 「――ナギ!滝が・・・!」 はっと息を飲み込んだわたしの目の前で、雲から流れ出る水までもが輝きをおびだしていた。何がなんだかさっぱりわからないまま、それらは光を強めて行った。 「・・・?ひ、と?」 困惑したまま、わたしの口から言葉が洩れた。青白く輝く銀の滝に、人影らしきものが・・・
「お前達、ワグナー・ケイを持っているな?」
「へ?」 その人影に、いきなりそう聞かれたので、かなりまぬけな返事をしてしまった。高圧的とも取れる声は、姿を見せながら同じ事をまた聞いた。けど、わたしにはその声が届いてなかった。現れた質問者に眼を奪われていたからだ。 「ににに、人魚ぉ?」 そう、出てきたのはよくおとぎ話とかに出てくる人魚そのものだった。体全体は青みがかり、長い髪、腰から下は魚…。 あれ?けど、この人どこかで・・・・ 「我はニンギョ、というものではない。我はディグニという。お前達、そのワグナー・ケイをあの塔にいるディスティニーから譲り 受けたのだな?」 「な、何でディスティニーを知ってんの!?」 思わず言ってしまったわたしの脇腹を小突いて、ナギは彼女、ディグニさんに質問した。 「どうしてそれをお聞きになるのですか?」 「彼がお前達にワグナー・ケイを譲った。その事に意味があるからが故(ゆえ)」 人魚さんはそれに淡々と答えた。 「何ですか?その、ワグ・・・」 「ワグナー・ケイ。お前達が持っているその石だ」 「――これ?」 彼女は、私達が首にさげているあのクリスタルを指し示していた。これワグナー・ケイって言う物だったんだ。わたしが一人、ふうんと頷くと、 「それ自体を示すのならティーイア・ケイと言う」 と付け足した。 「あなたは誰なのですか?なぜディスティニーさんをご存知なのですか?この石は、あなたに何の関係があるのですか」 ナギはわたしとは違い、簡単に納得のいく性質(たち)じゃない。タイレイム・イザーの時のように、矢継ぎ早に質問の雨を降らせていた。 「我は水の精霊の長(おさ)を勤める者。後(のち)の質問には、後で答えるが故、まずこちらに来てはもらえぬか」 ディグニさんはそう言って、手をこっちに差し出した。青みがかったその長い指には、水掻きが付いている。身を引くナギに対し、わたしはぼーっと頭の隅で綺麗な人だな、とか思っていた。 「水の精霊、ですか?な、なぜそのような・・・そんなことは――」 ああ、思い出した。ゲンさんのお店で見たアーソーポスの人形にそっくりだ。すごい、本当にいたんだ。 「話しでしか聞いたことのない精霊が、本当にいると知らないのは、しかたがあるまい。だが、お前達は導かれてここにいるのだ。運命には逆らえぬ。――我は危害を加えるつもりはないが故、怖がらないでほしい」 ディグニさんは困ったような顔をして私たちを促す。それにナギは意を決して頷いた。 「セリナ、あなたはどうするの?」 「もちろん行くよ。ああ、なんかうれしいなぁ。おとぎ話に出てくる人に会えるなんて」 と、素直に感想を言ったら、能天気と言われてしまった。
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