爆発現場に人影は少なかった。と言うより、そういう所を選んだみたい。とりあえずテロの類(たぐい)じゃない事に安堵する。そして、事の中心に向かう最中(さなか)、わたしは爆発があった割には焦げ臭い匂いがしない事に首を傾げていた。 本とかマンガとか見ると、大抵爆発が起こった時には木が燃えていたり、なぎ倒されていたり、何かしらの痕跡が残っているはずなのに。ここではまったくそれが見られない。 どういう事だろ? と、白衣らしき服を着ている男の人がよろよろと歩いているのを見つけた。ナギとわたしはその人に駆け寄ると、どうしたのか、何があったのか聞いた。けど、その人は行かない方がいい、危険だからってそれだけしか教えてくれなかった。 ナギは、 「あの服、ラービニの……」 って、気になる切り方で言うのを止めて先を急いだ。 やがて、爆発現場に着いた私たちは、しばらくそこに立ち尽くすことになった。 「………ナ、ナギ…あれ、何だと思う?」 「わからないわ…あんな得体のしれないモノ、見たことないし…」 顔を引きつらせて私たちが見ているモノは、ゼリー状の体をうねうねさせてそこら中を這いまわっていた。そして、青白い炎が点いているのに、辺りの木は一向に燃えようとはしていなかった。 「わっはっはっはっはっはー!!!やったぞ!ついに成功だあ!!やはり俺様は天才だったんだ!!はーっはっはっはっはっはっはー!!!」 「……あ。あれは…」 緑や黄色や赤のスライムみたいなモノの中心には、あのラービニ1のうるさい奴、ユーンが青白い炎に身を包みながら、仁王立ちで大笑いしていた。っていうことは、あの爆発の原因は――― 「ユーンさん!あなたですかこのような危険な実験を行ったのは!」 ナギが珍しく怒りをあらわにして怒鳴った。あ、今日来るときにも見たか。 「またお前かっ!正当なる科学者に向かって怒鳴るたーいい度胸じゃねーか!!口答えすんな!バカじゃねーのか?いいか!実験には危険が付き物なんだよ!あぁ?わかったらさっさとお家に帰って母ちゃんにでも甘えていやがれぃ!!」 「バカはそっちの方だよ!あんたに付き合ってる助手さん達の苦労も考えてあげなよ!」 なんか、ちょっと悦(えつ)に入ったこいつの態度がムカついて、わたしも怒鳴り返してやった。 「なにを〜!!小娘ごときに愚弄(ぐろう)される筋合いはねえ!いいか!今回の実験はなぁ、燃えない炎を作るという、現代の常識を超越した、かつ画期的な試みなのだっ!それを成功させた俺様はまさに世界の英雄!光の創造主!もはやこの世に俺様の右に出る者はいなーい!!!」 「何が世界の英雄よ!たった一つ成功させただけで舞い上がっちゃってる奴はねえ、その内嫌な目に会うんだからね!」 「やはりあなたでしたか」 突然、丁丁発止を繰り広げる私たちの間に、一人の男の人が割り込んできた。 「あら、アーヴさん」 「やあ、また会ったね」 ナギとアーヴはあいさつを交わすと、のん気にここに来たいきさつをお互いに喋り始めた。毒気を抜かれたわたしとユーンは、黙ってそれが終わるのを待っていたんだけど―― 「――う、うわあああああああああ!!」 さっきまで威勢の良かったユーンが、情けない声を出して両手を振り回し出した。 「な、な、な、なんだこりゃあ!!!いったい、いつの間にぃ!!」 そいつは叫びながら懸命に、足をつたって這い上がってくる動くスライムを払いのけてた。 って言うか、今の今まで気付いてなかったんだ… 「ああ、それですか。僕がやった時にも出たんですよ。そんなに大量に出たことはありませんけどね」 「アーヴさん。よろしければ、あれが何なのか教えていただけますか?」 のほほんとユーンに笑いかけるアーヴに、のほほんとナギが聞いた。 「あれはね、元々僕が研究していたものなんだけど、――ユーンさん、実験記録を盗み見たのですね?――まあ、言わば物を燃やさない炎かな。明かりとかに使えるんだ。燃料もなしにね。だから半永久的に燃えつづけるんだ」 「じゃあ、あのうねうねは?」 わたしはスライムもどきを指して言った。 「あれはね、なんで動いているのまだ調べている途中だからわからないけど、あの炎を食料としているみたいだよ。あの炎は水では消えなくてね、だから火を消すにはあいつが必要なんだ。出た炎と同じくらい出てきてね、炎を消さない限りは生きているんじゃないかな。あ、だったら名前が必要だよね。何がいいかな」 「スライム」 わたしは即答した 「スライム?へえ〜、なんか意味とかあるの?」 「ん〜、なんとなく。思いつきだから…」 わたしがそう答えるとアーヴは、ふうんと相槌を打ってユーンを見た。 「それにしてもユーンさん、あなたはユニコーンの毛をどれぐらい入れたんですか?僕の時には、こんなに発生した事はないのですけれど」 「んなもん!俺様の鋭い勘に決まってるだろ!!」 ユーンはさっきからずっとスライムを払っていたけど、一向に減る気配はなかった。と、いうより…増えてる? 「ああ、適当に入れてしまったのですか。いつもそうですものね。…ちょっと興味深いなぁ…」 アーヴがポツリと言った途端――
――ボン!ボボボボンッ!!
「おうっ!?うわあああああああ!!」 ユーンにまとわり付いていたスライムが、いきなり小さな爆発音をさせて破裂した。ちょっと遅れて木に付いていたスライムも同じ末路をたどり始める。 「ふうん。スライムはユニコーンの毛を入れすぎると爆発するのかー」 なーんて悠長に言ってる間にも、ユーンの体に付いていたスライムは全部爆発しちゃって、ユーンは髪の毛の焼ける焦げ臭いを振り撒(ま)きながら私たちに迫ってきた。 「おい!なんで爆発するんだ!!俺の実験は完璧だったはずだぞ!!」 あれだけ至近距離で爆発くらったっていうのに、ユーンのパワーは増す一方。さっきより大きな怒鳴り声で、ツバを吐き散らしながらドスドス足を踏み鳴らす。 「なんでって言われましてもね…こんな事、僕も初めてですし……あっ!もしかしてユーンさん、あなた赤い印の付いた実験記録を見ましたか?」 ユーンはそれに対して、それがどうしたって相変わらずでっかい態度で答えた。 「あれ、失敗の実験記録ですよ?それにユーンさんが余計な手を加えたから、こんな事になってしまったのではないでしょうか?」 「ふーむ、なるほどなぁ――って納得すると思ったかっ!それはどういうことだ!俺のせいでこんな事になったとでも言うのかっ!もし、もしだぞ!仮にもこの実験が失敗だとして、成功していたらどうなったって言うんだ!説明してみろぃ!!」 あーこういう人嫌だね。絶対、意地でも自分の間違いを認めないんだ。 こぶしを振り回して講義するユーンとは打って変わって、アーヴは落ち着いてゆっくりと言い聞かせるように説明した。 「しかたがありませんね…。さすがに、あの材料を混ぜてユニコーンの毛を入れると爆発が起こって、青い炎と半固形状の生物が発生するのはわかりますよね?僕の成功した例をあげると、爆発はもっと小さく――ちょうどスライムが破裂した程度です――そのくらいにしかなりません。炎も飛び散らずに一箇所に留まりました。そして、スライムはその炎を食べるとゆっくりと活動を停止して、時間を掛けて無害な有機物になるんです。いろいろ試してみましたが、畑の肥料などに最適でしたね。栄養分が多く含まれていました」 「なるほど、で?そのユニコーンの毛はどれぐらい入れりゃあいいんだ?」 ユーンは珍しく落ち着いた口調で彼に尋ねた。なんか気持ち悪い 「一度につき、一本の半分でいいんです」 「ほう、そうか。――じゃあ、突然だがこの研究は俺様のものだ!もう一度やり直して、俺の名前で登録してやる!感謝しろ!!」 「「ええ!?」」 また随分といきなりな…。 けど、わたしとナギが驚いてるっていうのに、アーヴは平然とした顔で首を傾げていた。もしかして、こいつの言ってることが飲み込めていないのだろうか。 「ユーンさん、なにを言ってるんですか」 「ああ?お前わからないのかっ!俺がお前の研究を横取りして発表するって言ってんだよ!もうちょい反応しろよ!寂しいだろ!!」 …いいのかな。自分で言っちゃってる。 わたしの視線は、怒るユーンとキョトンとしたアーヴを行ったり来たりした。 「はあ、そうですか。けど、僕もうあの人の所に研究記録送って、登録しちゃったんですけど…」 「な、なにぃ〜!!?」 ユーンの目が、面白いくらい見開かれた。 「あんの、人の実験に一々けち付けてきやがる生意気なガキにか!?――ちょっとまて!登録するにゃあ、俺の名義がいるはずだ!どうやって…そんな事…」 「あれ?覚えてないんですか?僕、確かに頼みましたけど?“登録したいんで、名前書いてもらえませんか?”って」 「んなもん知るかっ!!俺は知らんぞ!!取り消せ!!今すぐ取り消せ!!」 「無理ですよ。一度登録したものは抹消できませんから」 『いたぞー!こっちだ!』 2人が言い争い(?)をしていると、遠くの方から大勢の人が駆けつけてくるのがわかった。 「ユーン・ウィーゼルだな。悪いが牢番所まで来てもらう!」
「なななな、なんだお前らはっ!」 牢番人さんだ。
「何する気だ!」 悪い爆弾魔を捕まえるんでしょ。
「俺が何をしたっ!」 そりゃあもう、いろいろ…
「放せー!!!」 って言われて放す人、いる? ユーンは2・3人の牢番人に両脇を固められて、わめきながら去っていった。
「…嵐去るって感じだね」 「そうね。」 辺りは本来の林の静けさに包まれていた。私たちは、しばらくそのままユーンの消えた方を見ていた。と、一人の牢番人が戻ってきて、 「いやあ、どうもお騒がせいたしました。おケガなどは――」 「「「あっ」」」 恐縮しきった顔で出て来たその人は、今朝会った牢番人さんだった。 「きっ、君達は今朝の――」 「――わっ!?」 わたしはナギとアーヴに両手を取られて、転びそうになりながら二人に引っ張られた。 別に、悪い事をしたわけじゃないんだけど、やっぱり罪悪感があるのか、私たちは外見にはそぐわない優しい性格の牢番人さんから逃げ出した。
「あー、びっくりしたなぁ」 アーヴが膝に手を置いて、軽く息を整えながら言った。 「まさか、また同じ方に会うなんて思ってもみませんでしたね」 ナギも同じような感じ。 「…でもさ、何も、逃げる事、ないんじゃない?」 わたしは二人の速さに合わせて走ったから、ゼイゼイ息が切れていた。ただでさえ足の遅いわたしが自分のペースで走れなかったものだから、いつもの倍は疲れた。 「まあ、なんとなくね。――じゃあ、僕はそろそろ行くよ。買い物の途中だったしね」 「はい。お気を付けて」 「バイバイ」 私たちはアーヴを見送り、大勢の子供達が待つウェン家に戻った。ナギの従兄弟達は、爆発の後何があったの?ってすごい勢いで聞いてきた。わたしとナギはかいつまんで皆に話をしてあげた。 そのうち家の主達の帰宅の声を聞き、ナギがベビーシッター代を受け取ると、わたしとナギはウェン家を後にした。夕食に誘われたけど、私たちはエナさんが待ってるからと断って帰路についた。
『人ハ、シヨウト思エバイクラデモ怠ケルコトガデキル。ダカラ、今ハ――』
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