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ノストイ〜帰還物語〜 作者:紫苑璃苑

第10回   U-3
「ナーギーぃ。ちょっと休まなーい?」
 さわさわと鳴る草原の、舗装もされていない道をわたしはナギと2人で歩いてた。
今日は朝早く起こされて、
「隣町に行くけど、どうする?」
って聞かれて勢い良く行く!と、言ったまではよかったんだけど……まさかこんなに遠いとは思わなかった。
 隣町の“リーバ”は、ラービニみたいに水が町の中に入って来るっていうことはないからあんまり有名じゃないけど、港町としてはよく栄えている。そこに行くまでにはこのどこまでも続きそうな草原を渡って、大きな川をまたいでしかいけない。その道のりが意外と遠かった。
 「仕方がないわね。あそこで少し休みましょうか。」 ナギはちょっと笑って前方にあるカメの甲羅のような岩を指した。  
「飲む?」
「うん。ありがと。」
わたしは差し出されたペットボトルのような容器に入ったお茶(?)を喉に流し込んだ。
「く〜っ!冷てー!」
凍らせてもいないのに容器の中は冷え冷えとしていて、大人がビールを飲んだときみたいに“く〜っ!”と言わずにはいられなかった。そしてナギに、
「おじさん臭いわよ」
――笑われた。
「ま、いいじゃん。それよりさ、そのリーバに何しに行くの?」
「ええ、ちょっと用事があって。」
「ふーん。――ん?」
「あら?」
二人で同時に下を見た。
「・・・揺れた?」
「揺れたわね」
震度1かそれ以下ぐらいだけど、今揺れを感じた。
「地震かなあ?」
足をプラプラさせながら首を傾げると、
「ジシン?」
ナギも首を傾けた。
「あー。地震って言うのは――」
こっちには地震がないんだって思いながら説明し始めようとした――そのとき、
「「――きゃあ!」」
いきなり重心が前に倒れた。あんまりにも急なことで、私たちは勢い良く岩の上から放り出されて草の中に頭から突っ込んだ。  
「いったたたたぁ〜」
痛みにうめきながら顔を上げたわたしは、目の前で起こり始めた光景に動きが止まった。
 私たちが今の今まで座っていた岩が、小刻みに震えていた。さっきのは地震なんかじゃなくって、この岩自体が揺れていたんだ。
 信じられないものをじっと見守る中、岩はゆっくりと持ち上げられていった。その下からは人の太ももぐらいはある虫の足があらわれ、左右にゆっくりと岩が回り、小刻みに足を動かしながら頭(?)をこっちにむけ、頭を低く下げてお尻を高く持ち上げると、
「あれは・・・。セリナ、走って」
「え?」
わたしがナギの方を見た瞬間、後ろ足を地面がたわむほど蹴り上げて、ごろごろと私たちに向かって転がって来た。わたしは何も言わずにナギの後を追って回れ右をした。  「ナ、ナギ!あれは何!?」
「あれはたぶんスパイシャーと言う大型の虫よ。たしか、何か弱点があったと思ったのだけれど・・・」
ナギは走りながら記憶の底に飛び込んで行った。わたしはただただ、彼女が早くそれを見つけてくれるように祈るばかり。
 岩の体を持つ巨大蜘蛛はものすごいスピード距離を詰めてくる。
「あっ。思い出したわ!セリナ、左に折れて」
言われて、慌てて方向を変えた。すると、スパイシャーはそのまま真っ直ぐ転がっていてしまった。どうやら直線的にしか進めないみたい。  
 だっせー。  
 少しの間息を整えていると、スパイシャーはピタリと止まって足を出すとさっきみたいに方向を変え始めた。そして準備完了になると、パチンコの玉のごとく猛スピードで転がってくる。それでも、今度は逃げ方がわかっているから楽だ。ジグザグに逃げればいいだけだ。  
 そんな危機感の中の安堵もつかの間、スパイシャーも慣れてきたのか方向転換のスピードが段々と早くなってきた。
「あ、あれ」
前方に薄っすらと川のようなものが見えた。あの向こう岸にリーバがあるんだ。船に乗ればなんとか逃げ切れるかも。
 ―――ぶにっ
「うぇ!?」
なんか踏んだ。きっと、前と後ろを気にしていたから足下に注意が行ってなかったんだ。
―――キシャ―ッ!!
「あら、ネニモツだわ」
「根荷物?」
言ってる間にもその猫の頭と前足を持ったヘビは、怒ったようにキシャ―ッ!って声を上げてスパイシャーと一緒に追いかけ始めた。
 いくらもしない内に川土手に着いた。追ってはなおも付いて来る。
 きっと、“根荷物”じゃなくって“根に持つ”か?とか思っていると、
「出してください!」 ナギが桟橋に停まっていた渡り舟に向かって声を張り上げた。こぎ手はびっくりしたように顔を上げて、さらにびっくりしたように目を見開き、慌ててつないでいた縄を解き始める。  
 もうジグザグに逃げている暇なんてない。
 スパイシャーが、ご自慢の岩肌を存分に使いながら猛スピードで転がってくる。
 ネニモツは器用に猫の足とヘビの体を使って差し迫ってくる。
 船はタイミングを見計らってゆっくりと桟橋から離れた。
 ナギが走っていた勢いもそのまま、地を蹴った。
「セリナ!」
今や船の位置は、思いっきり跳んで届くか届かないかの瀬戸際だ。けど、ぺちゃんこに潰されて鋭い牙をお見舞いされるより ずぶ濡れになった方がまし!
「セリナ!川には凶暴な魚がいるかもしれないから気を付けて」
「ええ〜!?」
人が決心した時にそういう事言わないでほしい。
 ああもう!どうにでもなれ!!
「えいや!」
わたしは伸ばされた手に向かって思いっきり跳んだ。
 やばい!ちょっと届かない――
――ドッボーン!!ブクブクブク・・・・
「――ふう。」
わたしは下敷きにしてしまったナギの上から降りて、安堵の溜め息を付いた。
 すんでの所でナギがわたしの腕を掴んで思いっきり引っ張ってくれたからいいものの、あと一歩間違っていたらどうなっていた事か・・・。ちなみにさっきの水しぶきはスパイシャーのもの。車は急には止まれません、と。
「お譲ちゃん達、大丈夫かい?とんだ災難だったなぁ」
渡しのおじさんが肩越しに尋ねた。私たちは頷き、桟橋の上で1人(1匹)シャーッ!シャーッ!っと怒号を上げているネニモツを一瞥(いちべつ)して、ほっと胸を撫で下ろした。
 「こんな人里まで来た事は1度もなかったのに・・・」
と言うナギの呟きにふうんと相槌を打って、しばしの遊覧に一息吐いた。



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Novel Editor by BS CGI Rental
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