寒い朝だった。 ここのところようやく春らしい暖かさが続いていたのに、新しい週が始まった途端にまたぶり返してきた。しかも雲行きも怪しいときた。なんだか雪でも降りそうだ。 寒空の下、遅刻しそうなわたしはすきっ腹を抱えて早足で学校へ向かっていた。 大通りを抜けてわき道に入る。少々気味の悪いところだけど、一番の近道だ。 そろそろ走り出したほうがいいかなと溜息を吐いて顔を上げると、変な帽子を被った人がふらふらと歩いていた。酔っ払い…だろうか? 「やあ、おはよう。いい朝だね」 念のため少し避けて通り過ぎようとしたら、しゃがれた、けれども案外ハッキリとした声で挨拶をしてきた。 「あ。おはようございます」 半ば反射的にやり取りを交わし、そのまますれ違う。 『歯車ガ、最初ノヒトツガハマルヨ、あるけもろす』
「――え?」 何か言われたような気がして振り返るが、すれ違ったばかりのおじさんは忽然と姿を消している。 「ありゃ?…ま、いっか」 あまりそういう事に頓着しないわたしは、さらに先を急いだ。 やっと不気味なトンネルまで来た。ここを通れば道路を挟んですぐに学校があるんだけど…。トンネルにはツルがびっしりと這っていて昼間でも薄暗く、異様な雰囲気をかもし出している。わたしはこのトンネルが嫌いだ。ハッキリ言って怖いから。そんな恐れに後押しされて、さっさと通ってしまおうと小走りになる。が、 「……何?」 トンネルの出口が陽炎のように揺れていた。しかも、向こう側の景色が薄れて歪な形を織り成し渦を巻く。足元に落ちていた葉が、乾いた音を立ててそれに吸い込まれていった。渦が、全てを飲み込もうと大きく口を開く。 「なっ…!」 わたしは後ずさった――つもりで全く動いていない。そればかりか、勝手に足が前へ、前へと歩き出す。 「え!?ちょ、ちょっと待ってよ!」 必死に止めようと足掻いてみても、いつの間にか体の自由が利かなくなっていた。そして―― 「だ、誰か助――」 わたしの悲鳴は、暗闇に吸い込まれていった。
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