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ノストイ〜帰還物語〜第4部 作者:紫苑璃苑

第6回   XIII-17

「きゃあぁぁぁぁぁ〜!!」
耳元でゴウゴウ唸る風音に混ざって、ナギの悲鳴が聞こえる。
 始めはスカイダイビングでもしているように、ものすごい風圧を受けながら落下していたが、次第に緩やかになり空中を漂う程度になった。
「どういう仕組みなのでしょうか、これは」
「さあな。――それよりセリナ。もしあのままの速さで底に着いていたとしたとしたら、どうするつもりだったんだ?死んでいたかもしれないんだぞ」
怒られた。まあ……確かにそうだ。
「けど、そうならなかったし……もしそうなってもディムロスが何とかしてくれたでしょ?」
「まあ……いや、しかし……」
ナギは言い淀む彼を見て首を横に振る。ちょっと笑っていたようだけど……どういう意味だろう。
「だがな、セリナ」
溜息を吐くと彼は、起用に手首を捻って逆にわたしの手首を掴んで続けた。
「今後、今回のように何も言わず道連れにするようなことがあれば、本気で怒るからな」
言ったら止められると思ったから言わなかったんだけど……
「はぁい」
胸の内は明かさず、直に返事をしておいた。
 やがて、さらに落下速度が落ち、私たちは難なく着地することが出来た。そこは、青白く発光する壁と、アーチ状の穴がたくさんある部屋だった。
「どの穴へ行けばいいのでしょうか」
「導き手の導くまま」
ディムロスが答えると、まるでそれが合言葉だったかのようにネヨホが一つの穴に吸い込まれた。
ほんのり明るい穴の中を、ネヨホを追っていくと一層広い空間に出た。
「あれは……」
広間の向かい側には、大きな円形の扉。近付くとギザギザの割れ目上に、丸く光るものがあった。目の高さにあるそれを、ディムロスが覗き込む。
「古代紋章だな。“唱えよ、運命の開始者”とある」
「何を唱えればいいの?」
「んー……それしか書いてないからな……。とりあえず知っている単語から試すか。翻訳してやるから」
「でしたら、関連性のあるものの方がよろしいですよね」
例えば?と問うと、精霊さんの名前とか。と返ってきた。それならと、順を追ってディグニさんから。
「属性は?」
「水です」
「アーソーポス」
ああ、ゲンさんの昔話に出てきた名前と同じ気がする。けれども扉は何の変化も見せない。
「じゃあラルク!」
「フラジア」
――……だめ?
「ルシフさん」
「アイオロス」
――無反応。
「ノーム!」
「ゲーノス」
――ピクリともしない。
「ウグトさん――木です」
「クシュロ」
――物音一つしない。
「闇は?」
「ハーディス」
――いい加減、反応してくれないかな。
「光の精霊さん」
「ヘーリオス」


…………
……………………


「「う〜ん」」
他に何かあったっけ?
「あーっと……オーケアニテス!――だめぇ?」
「他は……ウーラノス――違う。ワグナー……でもないか。あとは――」
「「アルケモロス」」
いきなりすうっと扉が斜めに口を開いた。
「あー……すまない。訳し間違えたようだ」
眉間にシワが寄っていた。本当に、自分に厳しい人だ。
「いいじゃない、開いたんだから。ね?」
「……そう、だな……」
少しうれしそうに、ディムロスは笑った。
 扉の向こうは、さらに奥へと続いていた。そこに、また扉がある。
「何て書いてあるの?」
「“力を解き放て アライオス”」
またまた眼の高さにある紋章を解読すると、ナギがあの風の力のことですかと確認した。
「そのようだ。退がっていてくれ」
前に出た彼は、凹んだ箇所に手のひらを押し当てた。
目の前でまじまじと見るのは初めてだった。ナギはわたしが気を失っている間に見たらしいんだけど……。
 止まっていた辺りの空気が急に動き出し、ゴウゴウと背後から前方へ――ディムロスの所へ集まっていく。そして次の瞬間―――!!
 練り上げられた風が、爆発的に打ち出された。
 扉で跳ね返ってきた爆風によって体がふわりと浮いたけれども、重い地響きと共に再び音もなくなった。
「怪我はないか?」
地面にへたり込んでいたので心配されたんだろう。せっかくなので差し出された手を握り返して立たせてもらった。
「平気。でもびっくりしたぁ。どうやったらあんなこと出来るの?」
「どうやってと言われてもな……。気付いたら出来てたんだ。感覚的なものだからよくわからない」
「ふうん……」
「それにしても―――」
そこで、彼はたった今開けたばかりの扉の向こうを少し離れたここから見据える。
「何も見えませんね」
ナギがわたしの脇から顔を出した。
「いや」
否定されて、わたしはよくよく目を凝らして闇の彼方を凝視する。すると、一箇所だけ淡い光を発しているのを見つけた。
光に近付くと、意外と近くにあった。闇と薄明かりの協会にそれはあった。円盤型の乗り物のようだ。手すりがついてる。
誰ともなく乗り込んだ私たちは、一言も発しなかった。行くしかないのだから、逡巡しても致し方がないとわかっていた。
円盤に乗り込むと、低い機械音をさせて、何の衝撃も与えずに動き出した。手すりの手触りは、今まで触れたことのないものだった。金属でも石でもない。妙に温かみのあるモノでできている。
 次に、周りを見渡したが、依然として何も見えない。入ってきたばかりの扉さえ見えなくなってる。思ったより早く動いてるみたいだ。けれども、これだけ見事に真っ暗だと、どの方向に進んでるのかわからない。素肌に風が当たる感触はないし、ディムロスが持ってるネヨホも動かない。それなのに、動いているという感覚はあった。
 ふと、その感覚が唐突になくなった。
「……止まり、ましたよね?」
ポツリとナギが自信なさそうに尋ねた。
「ああ」
「それで?」
「ん?」
ぼんやりと闇に溶け込んでいってしまいそうなディムロスの顔を見上げ、首を傾げた。
「入り口を見つけました。扉を二つ開けてここまで辿り着きました。その次は?ここに来れば、光と闇の精霊の居場所がわかるんでしょ?」








『半分正解で、半分不正解です』





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Novel Editor by BS CGI Rental
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