■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ノストイ〜帰還物語〜第4部 作者:紫苑璃苑

第28回   XV〜天空(ウラノス)〜

 「もういいの?」
 光りの階段を再び駆け上がって、ナギに追いついた。まだ全体の半分も来ていない。
「うん」
 先を急いだ。

 いつの間にか、周りは雲で覆われていた。
 振り返ると、光りの階段は消えていて、すでに後戻りする事はできなくなっている。
前には、相変わらず道がハッキリと示されている……。
「この階段、どこまで続くのかしら。空気も薄くなってきているようだし……セリナは大丈夫?」
「んー……流石に疲れてきた」
なんだか頭の中がボーとしていて、自分が今何をしているのか曖昧だ。ただ機械的に足を動かして、何とか進んでいる。
「ディムロスさん、いたの?何か言えた?」
「ん……大好きって。知らなかったなー、ディムロスもわた――――!?」
ちょ、まっ!待って!今何聞かれた!?
「あれだけ態度に出していたのに、やっぱり気付いていなかったのね。もう、見てるこっちがもどかしかったんだから」
「い、いいいつから?」
「さあ?いつからでしょうね。―――あ」
先を行く彼女の声に顔を上げると、階段の終わりにアーチ状の門が見えた。
「到着のようね」
「だね」
最後の数段を登りきると、どこからともなく兵士風の男が二人現れた。
「ようこそウーラノスへ。セリナ様、ナギ様」
「主がお待ちです。どうぞこちらへ」
ちょっとびっくり。こんな風に歓迎されるのって、初めてじゃない?
 門をくぐると、うっすらと建物や柱らしきものが見える。光る霧でハッキリと見えない。チラチラと光りを反射する粒が舞っていて、白い宇宙のようだ。回廊は厳格な雰囲気を持っている。ちょっとすると見失ってしまいそうになる兵士さん達に遅れないよう、歩調を速めると、歌が聞こえた。不思議な音階の、穏やかなメロディー。

  流々と流れる 絶えぬ流れに実を任せ
  様々な形に姿を変え 時に優しく 時に恐ろしく――

  美しく恐ろしく 燃え上がる赤き出立ちは
  烈火のごとく 全てを焼き尽くし――

  それは全てを抱き それは全てを解し
  何もかもを無に還す――

  どこまでも自由で気まぐれで
  どこから来るのか どこへ行くのか
  ただただ優しく 頬を撫でる――

  青々と多い繁る緑の小波
  さわさわと語り掛け
  癒しと安らぎを与え――

  全てを染め上げる
  入れば出られぬ 落ちれば上がれぬ
  晦冥 常闇に錠を下ろさんがごとく――

  初めに光あれ
  永劫に続く闇を 切り裂くがごとく
  全てのものを 射し照らす


――――キイィ……


 大きな扉が開かれた。
 光溢れる室内には、凛とした空気が漂っている。

「人は、退化している」

 等間隔に並べられた柱の奥から、良く通る、心に響くような重厚な声が朗々と語り掛けた。
「昔はもっと、我々精霊と近しい存在だった。もっとすばらしい技術と知恵を持っていた。だが、時が経つにつれ、人々は忘れてしまった」
私たちの靴裏が石の床を鳴らす。遠くの方でその音を聞きながら、吸い寄せられるように声のする方へ足を向ける。私たちの前を歩いていたはずの兵士は、いなくなっていた。
「何故忘れてしまったのだろう。―――それは、人が我々の言葉に耳を傾けなくなってしまったからだ」
とてつもなく広い部屋の奥には、質素ながらも趣のある椅子に男性が座っていた。
 光りそのものが凝縮したような金の髪、日に焼けた褐色の肌。外見は四十代前半だが、その金色の瞳が途方もない年月を重ねてきた事を物語っていた。
「しかし今、我々の言葉に耳を傾け、長い旅を経てきた少女達が私の元に現れた。――歓迎しよう。どうぞこちらへ。アルケモロスとその見届け人」
ふと湧いて出たように、王座の前には小さなテーブルと椅子が四脚。
「あの……えっと、は、初めまして。セリナです」
しどろもどろに自己紹介したが、ナギはまだ固まったままだ。精霊の威厳ある姿に圧倒されて、うっすらと口を開けている。
「あっ!し、失礼しました。ナギ・セイムです。あ、あの……あなたが光りの精霊…ですね」
肘で小突くと反応してくれた。
「ええ、いかにも。なんなら、私の能力をお見せしましょうか?光熱で何でも溶かす事ができますよ?」
「いいえ、その……え、遠慮させていただきます。」
「あっはっはっはっはっは!怖がることは何もない。あなた達を溶かしてしまうつもりはありませんから。ほんの冗談ですよ」
「ヘリオス」
私の影から闇の精霊が現れた。ナギだけが驚きの声を上げる。
「やあ。やっと出てきたね。気を使ってくれたのかい?ハーディス」
「……さっさと本題に入れ。時間がない」
「相変わらずせっかちだなぁ。そして陰気だ。私に文句を言いに来た訳じゃないんだろう?まぁまぁ座りたまえよ。お嬢様方もどうぞ」
椅子を勧められ、私たちは精霊と向かい合った。こうして見ると、光りと闇の精霊は双子のようだ。表情は全く違うけれど。
「さて、ハーディスの言う通り、本当に時間がありません。こうしている間にも――ここは雲の上なのでわからないでしょうが、いたるところで嵐が起こり、海は荒れ、大気が震えている。あなた方を助けに来られたエウノミアルも、今頃対策に追われているでしょう。人々は今夜、眠れぬ闇を明かす事になる。それが最後かどうかは―――」
「わたしに掛かってるんだね?」
「ええ。それで、この貴重な時間を割いてでも、確認しておかなければならない事があるのだよ」
光りの精霊は、急に真剣な表情になった。それだけで、この空間がぐっと引き締まる。
「セリナさん。あなたに元の世界へ戻る意思はありますか?」
「―――はい」
「この世界にいたいという気持ちが少しでも残っていれば、元の世界へ帰ることはできません」
「……はい」
「本当に、心の底から願わなければならないのです。辛いでしょうが、覚悟を決めてもらいます」
“覚悟”という言葉が、とても重く感じられた。
 本当はこっちにいたい。
 たくさん、たくさん仲良くなった人達と別れるのは嫌だ。
 もっといろんな所へ行ってみたい。
 ディムロスやナギとここで暮らしたい…。


 でも……でも―――


「わかりました」


―――わたしには、道はひとつしか見えなった。


「「………」」
二人の精霊にじっと見つめられた。

 光りと闇に

 表と裏に

 私たちの世界そのものに

 切っては離せない存在に……

「「時は来たり」」

 二つの声が合わさった。
 朗々と謳(うた)われる。
 彼らの目は、どこか宇宙を感じさせる。吸い込まれそうな瞳に変っていた。


「「期は熟したり。判決が時、差し迫る」」

 すうっと、音もなく二人は立ち上がった。家具は消え、私たちも直立している。
 辺りが夕闇色に染められた。
 明るくはないが、決して闇でもない暗さ。
 全ての境界が曖昧になる……。

「「我らは導く その場所へ
  我らは導く その道へ
  逢魔(おうま)が時
  逢魔が刻
  誰(たれ)そ彼の明るさで
  混乱の最中(さなか)
  混乱の中心へ
  全ての始まりへ
  全ての終わりを求めに
  どこにでも居わし どこにも居られぬ我らが主よ
  アルケモロスが参ぜます
  見届け人が参ぜます
  我らが導かん その場所へ
  我らが導かん その道へ
  今こそ開かれよ 全の扉を!!」」


「―――――っ!!」


 眩い光りが射した。
 顔を背け、手で光りを遮る。





「「ゆけ、アルケモロス!全てを終わらせに!!」」





← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections