殴る蹴るの暴行は日常茶飯事やった。
父親も母親も悪魔のような人間で、ワイはその吐き出し口みたいなモンだった。 物心付いた頃からワイは働かされて、まともな食事もした例がなかった。いつもいつも腹空かして、悪魔共の言うがままに働く。そして何か一つでも、ホンマに小さな間違いでも犯したら、二人に半殺しにされた。そういう時、二人は必ずワイをしばらく放っておいて、目ぇ覚ましたら金持たせて一人で治療所に行かせた。足と腕を折られた時は辛かった。歩けん言うても聞く耳持たん。講義したが、余計拳もろうただけで外に猫みたいに放り出された。 ワイはそこから這って、何とか治療所に行き、真夜中やったから気力振り絞って扉を叩いた。 そして、えろう迷惑かけて言う言葉がこれや
“ドジ踏んでしもうて”
毎回そうやった。治療師は毎回、ホンマの事言え言うてくれはるけど、ワイは口が裂けても言えへんかった。そんな事したらあの悪魔共に殺される思うてた。 そして、決まって治療師は深く溜息をついて、怪我を治療してくれはる。治療費は必ず半額にしてくれ、残りをワイの小遣いにしてくれはった。その事は二人に言うことはなかった。
ワイは長い間そんな生活を繰り返し、ある日、そんな生活から逃げ出した。
きっかけは些細な事やった。
二人がホンマの両親やない事が分かったからや。 ワイは二人から、まともに名前を呼んでもろうた事なんかあらへん。一生懸命ほめられよう思うて頑張っても、もらえるのは拳だけやった。それでも今まで逃げへんかったのは、二人が両親やと信じとったからや。今でもなんでそないなこと思ってたんやろ、って思うけど、なぜかその頃は両親っちゅうもんに逆らったらアカン思うてて、逃げ出すっちゅう考えは微塵もなかった。せやけどワイはあの日、逃げ出したんや。
「ちょっとあんた!いい加減そこらへん片づけてなホンマに」 「うっせーな」 その日も二人はいつものように口喧嘩をしとった。 ワイは、夜は自分の物置みたいな小屋から出る事を許されとらんかったけど、どうしようもなく喉が渇いてしょうがなかったから、こっそり抜け出してきとった。 「まったく。どうしてこないな男と一緒なったんやろ」 (だったらさっさと別れりゃいいのに) 「へっ。それ言うならどないしてあんなガキ拾うたんやろ、じゃねーのか?」 ワイはふと足を止めて耳を澄ませた。 (あのガキ・・・?まさか・・・) 「ああ、“あれ”?知らんわそないな事。私が聞きたいわ」 疑惑が確信に変わった。ワイはこの二人に拾われたんや。ホンマの両親やないんや。 そう思うた途端、ワイは自分でも信じられんぐらい早く、台所から包丁を取ってきて二人のいる部屋に飛び込んでった。二人は一瞬驚いた顔して、ワイを叱ろうと目ぇ吊り上げた。 それが二人の最後の表情やった。 ワイは二人の喉をかき切って、今まで貯めとった金を引っつかんで―――
―――その家を逃げ出した。
文字通り無我夢中やった。 初めて人切って、死ぬほど吐き気がしたが、 振り返ることも、立ち止まることも、道を選ぶことも出来ずに、 ただがむしゃらにワイは走った。
息が苦しくなってやっと足を止めたんは、町から出てファストの山ん中入ってからやった。 ワイはしばらく休めるところを探そう思うて、当てもなくさ迷うて、洞窟を見つけた。その入り口の近くで丸まって休んだ。
気付いたら太陽は真上にあった。 人に起こされずに、自分の好きなだけ寝れて、自然に目ぇ覚ますことがこんなに気持ちのいい事とは思うてなかった。あんなに長い間走ったことあらへんかったから、体はギシギシ痛んだけど、心はびっくりするぐらい軽かった。 やっと開放されたんや。もう誰かに自分を押え付けられる事はない。自由になったんや。 そう思うと、ワイはボロボロ泣けてきた。生まれて初めてなぐらい大きい声出して、笑いながらないとった。 「――おい」 「――!?」 いきなり他の人の声がして、心臓が飛び上がった。マジでビックーなって、ワイは恥ずかしいやら驚いたやらで、目ぇ吊り上げて洞窟の奥の奴を睨み付けた。 穴ん中、特に奥の方は光が入らんからめっちゃ暗ろうて、中の奴がどんなんかは分からん。せやけど、あの声の調子から言って、ワイとお友達になろー言うてくれはる雰囲気やない。むしろ、あの二人と同じような、いつでもどこでも不機嫌にしとる奴っぽかった。 「ガキ。此処にいるのは勝手だがな、俺の眠りを邪魔するんなら出て行きやがれ」 ぬっと暗がりから出てきたのは、ちょび髭の生えた、くすんだ金髪のおっちゃんやった。まだ12・3歳のワイにはめっちゃでかく感じられて、淡い緑がかった灰色の目に射抜かれた途端、体が動かんくなった。 「・・・ふん」 おっちゃんは興味をなくしたようにワイから目を逸らして、また奥の方に引っ込んでった。ワイはポッカーンと大口開けてそいつの後ろ姿を見送った。 しばらくしてハッと正気に戻ったワイは、めっちゃ腹減ってる事に気付いて、同時に洞窟に響く(実際気持ちのいいぐらい響いた)ぐらいに腹の虫が鳴ってしもうた。と、 「食え」 奥の方から何かが飛んできた。危うく落としそうになったけど、何とか受け止めた。それは、顔の大きさぐらいある、大きなパンやった。ワイは我を忘れてそれにかぶりついた。三分の一ぐらい食うと、おっちゃんが飲みモンもくれた。ワイは奪い取るようにおっちゃんの手から器をもぎ取って、喉を鳴らして温かい液体を飲み下した。 ワイが渡されたものを全部たいらげると、おっちゃんは別の器を持ってきて、ワイの腕を取ってそれの中身を傷にすり込み始めた。力任せにやるもんだから、死ぬほど痛くて、ワイは泣き喚いた。せやけど、あの2人なら殴って黙らせるはずなのに、おっちゃんはそんな事せえへんかった。ブツブツ文句言いながらも、ワイをなだめてあちこちの傷を治療をしてくれたんや。ワイにこんな風に接してくれた人は初めてやった。 ワイはしばらくおっちゃんに世話してもろうて、2人に負わされた傷を癒した。おっちゃんに、 「どこぞなりとも行きやがれ」 って言われたけど、ワイは無視して、無理矢理おっちゃんに付いて行った。おっちゃんは拒みはせえへんかったけど、機嫌の悪う時はよくうるさがられた。 そんなこんなでワイはいつの間にかおっちゃん(ねだったらラングール・二ッヒって名前、教えてくれた)と一緒に生活して、おっちゃんを師匠って呼ぶようになった。
「おい」 ある日、教えてもろうた薬を調合していると、師匠が呼んだ。 「お前、聞くの忘れてたが、名前は?」 「・・・・・・・・」 そういえば、そうやった。ワイの名前・・・確か・・・ 「ワイは・・・・・・・・・・あれ?なんやったっけ?」 なんてことや!そいやあ、まともに名前呼ばれとらんかった。せやから忘れてしもうたんや! 「バカか貴様は」 あーあーバカ呼ばわりされても仕方あらへんわ。恨むんならあの悪魔共にしときーや。 「しゃーねーなー」 師匠はワイの前に屈んで頭に手を乗せ、 「俺が名前を付けてやる。お前は今日から“トルバ”だ」 軽い調子で言った。 「なっ、なんで勝手に付けるんや!どーせならワイがカッコイイ名前考えよう思うてたのに!」 「ふん。もう遅い。トルバに決めたからな。もう替えてやらん」 言葉の上では反抗しとったけど、内心はめっちゃ嬉しうて、小躍りしとった。師匠がホンマの親やったらと何度も思うた。素性が判らんでもいい。家がなくてもいい。ただ傍にいて、時々めんどくさそうに世話焼いてくれるだけでよかった。山での生活は、不便やけど、不幸ではなかった。
ワイが二十歳(歳も師匠が勝手に決めた)になった頃、血塗れでキマイラの下敷きになっていたディムロスを見つけて、ワイは弟が出来た気分やった。一年ぐらい仮の家族の生活は続いて、そして―――師匠は一人山に残った。
ワイはエウノミアルになったディムロスの第一協力者になって、ディムロスと一緒に方々を廻ったり、稽古したり情報を集めたりした。 ディムロスの手伝いしてる間にワイも結婚して、子供も出来た。あの頃のワイはこんな幸せを知らんかった。もし、あのままあの家にいたら、こんな気持ちは味わえんかったやろう。 今は、自分の意思で守りたい仲間や家族のためにここにいる。
〜ども〜 えー・・・オチも何もあったものではないですが、一応ディムロスの第一協力者トルバ の身の上話です。 まー、明るい彼にもそんな過去があったのだ、と。ただそれだけです。ええ。
次のキリ番にはディムロスのお話でもしようかと・・・・・・。はい。ちょっと長いです けどね。致し方がありません。勘弁して下さい。
では、またお会いする日まで…(・−・)ノシ
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