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ノストイ〜帰還物語〜第4部 作者:紫苑璃苑

第14回   4000人突破記念短編
【カピさん】


 
 陽の光りがさんさんと降り注ぐ、とても暑い日でした。
 いつものようにネコとウサギが二人仲良く歩いています。
 彼らの行く手には、大きな森がありました。何かを採りに行くのでしょう。

 森の中では小鳥が歌い、いろんな動物達が道行く二人をチラチラと覗き見ています。リスの奥さん方は今の話題に彼らの話を加えたのでしょう。明るい笑い声が木霊しました。
 森には、たくさんの木が生えていましたが、暗くはありませんでした。むしろ、丁度良い木陰で風が通るので涼しいくらいです。

 さて、二人が青々と茂る草を掻き分けて森の奥へ進んでいきますと―――
「あったね」 
ネコがふうっと、息をつきました。
「うん」 
ウサギも額の汗を拭いました。
 ぽっかりと開けた小さな広場。そこは、地面いっぱいにツタが這っていました。色濃くツヤツヤしたツタの間には、同じくツヤツヤした丸いものがあちこちに転がっています。
「冷たいね」
ネコが丸くてツヤツヤしたものを一つ取りました。
「おいしそうだね」
ウサギはカバンから包丁を取り出しました。
サクッと、丸いツヤツヤしたものに刃を通すと、何とも言えない甘くさわやかな香りが辺りに満ちました。
「いい香り」
ネコが満面の笑みで真っ赤な中身の香りを吸い込みました。
「食べよ
ウサギが早く早くと急かしました。

シャクシャクシャク

 シャーベットの冷たさが、火照った体を冷ましてくれます。
 口いっぱいに広がる甘い甘い果物の味が、二人の顔をほころばせました。
「いいね」
ネコが口の周りをペロリとしながら言いました。
「最っ高」
ウサギは手に付いた汁を舐めとりました。
と、そこに、
「ノン ノン ノン♪」
大きな大きな体が、のっしのっしとやって来ました。
「カピバラさんだ」
「カピバラさんだね」
「やっ、ネコさんにウサギさん。奇遇ですな。あなた方も……?」
カピバラさんは頭にちょこんと乗せていたシルクハットをひょいと上げて、あいさつしました。
「ええ」
「だいぶ涼しくなりました」
「そうですか。では、僕もあちらの方で。またお話しましょう」
「ええ、ぜひ」
ネコは満面の笑みでお別れを言いました。
「ではまた」
ウサギは手を振ってカピバラさんを見送りました。
「…………」
「…………」
「さすがに、た――」
「―――べちゃダメ」
ヨダレをすすったネコの頭をペシリと叩きました。
それから二人は涼しくなった体を横たえて、ぼーっと雲を眺めました。



一方、カピバラさんは―――

「ノン ノン ノン♪」
と、気に入った場所で果物のシャーベットをいくつも一箇所に集めました。
「ノーン ノ❤」
ある程度集まると、カピバラさんは目を糸のように細めて、ニンマリ微笑みました。そして手を合わせて、
「いただきまーす の 召し上がれっ」
で、ガブリとシャーベットにかぶり付きました。
ものすごい勢いです。
 ジャクジャクと、次々に集められたシャーベットが消えていきます。
 三十分もたった頃、カピバラさんはポコリと出っ張ったお腹をさすって、満足そうに溜息をつきました。



「いい感じ?」
「いい感じ」
すっかり涼しさを満喫したネコとウサギは、先程カピバラさんが行った方向へ足を向けました。ところが――
「あっ」
「ありゃりゃ」
「寒いよ〜、寒いよ〜ぉ」
お腹をまん丸にしたカピバラさんが、ツヤのあるツルの中でうめき声を上げていました。目の端からこぼれた涙はコロコロと氷の粒になり、草の上でゆっくりと水になりました。また、吐く息さえも氷となって出ていきます。
「冷たい」
ネコがカピバラさんの腕に触ると、氷のようでした。
「食べ過ぎたね」
ウサギは腰に両手を当て、呆れました。
「たったたた助けてぇ。寒いよぉ〜」
カピバラさんはポロポロと氷の涙を流します。
「氷になるよ」
ネコは意地の悪い笑顔を浮かべました。
「がめついた報いだね」
ウサギは大きく溜息を吐きました。
「謝るから助けて〜」
「仕方ないな。行く?」
ネコは腕組みしながらウサギに目配せしました。
「行こうか」
ウサギはカピバラさんの腕を掴みました。
「行って〜ぇ」
カピバラさんは泣きっぱなしでした。



「……ぉ、重い……」
ネコは息を切らしながら呟きました。
「地面に沈みそう……」
ウサギも悪態を吐きました。
「すみません〜」
カピバラさんは申し訳なさそうに、氷の涙を落としました。
森を抜けて、川まで来ました。そこは何故か、もくもくと湯気が立っています。
「ちょっと待っててね」
ネコがカピバラさんを川縁に座らせました。
「すぐ終わるから」
ウサギはポムポムとカピバラさんの頭を叩きました。
ネコとウサギは、ザックザックと川辺の砂利を掘り起こします。
少しして、じわりじわりとお湯が湧いてきました。カピバラさんが入るのに丁度いい大きさになる頃には、穴にはたっぷりの温泉が張られていました。
「よーく温まってね」
ネコはカピバラさんの後ろから肩にお湯をかけてあげました。
「体内(なか)の氷が解けるからね」
ウサギは前から頭にお湯をかけます。
「気持ちい〜ぃ」
カピバラさんは、これでもかと言うぐらい目を細め、のほほんとした表情になりました。
「あ……」
「僕らのも抜けるね」
そうしていると、ネコとウサギとカピバラさんの温まった体から、シュウシュウと湯気が立ち始めました。
それは高く高く上ってゆき、頭上で小さな塊を作りました。
「あれはなんなの〜ぉ?」
カピバラさんは“の〜ん”とした顔で尋ねます。
「そのうちわかるよ」
「お楽しみ」
パシャパシャとやっているうちに、空の塊は、中くらいの雲になりました。
「できたね」
「そうだね」
ネコとウサギが、ピクリと耳を立てます。
「あ〜」
カピバラさんは、“の〜ん”とした顔のまま、感嘆の声を上げました。
中くらいの雲からは、真夏の太陽に負けないよう、大きくしっかりとした雪の結晶が舞い降りてきます。
しっかりとしているのに、ふわりふわりと漂う結晶は、再び三人の体をひんやりと涼しくしてくれました。

 それからというもの
 冬の寒い日には、そこここの温泉で“のーん”とした顔のカピバラさんがお湯に浸かっているのを目にするようになりました。
「気に入ったんだ」
「気に入ったんだね」
ネコとウサギは、二人仲良く熱燗(あつかん)の杯を交わしながら、それを眺めていました。








 〜いつのまにやら〜
  4000人いっちゃいましたね〜。
  時が過ぎるのは早いもので、もう今年も終わりが近付いてきましたな。
  時間が迫る……
  締め切りが………





  逃避していいですか……?

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Novel Editor by BS CGI Rental
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