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「これでは何も見えないわね。明かりを点けましょうか、セリナ。……セリナ?」 どういうことでしょう?一緒に入ってきたはずの彼女が見当たりません。それどころか、たった今入って来たばかりの入り口さえもなくなってしまっているのです。自分の手も見えない闇の中で、私は恐ろしくなってしまいました。じっとしていることもできず。セリナの名前を呼びながら、うろうろと当てもなく彷徨(さまよ)いました。行っても戻っても闇しかありませんでした。私の声以外、聞こえるものはありません。完全な孤独に頭がおかしくなりそうです。
どれほどの間、彷徨っていたのでしょうか。私には永遠に感じられました。疲れと精神的な苦痛で座り込んだ私は、手の平に顔を埋めました。一応上下の感覚はあるのですが、地面は冷たいのか暖かいのかもわからないので、本当に地面があるのかさえ怪しく思えてきます。 「……セリナ……」 むなしく私の声だけが響いて、思わず耳を塞ぎ、うずくまりました。
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闇の中で独り、わたしは膝を抱えて座り込んでいた。あれからその場を離れずにナギを呼んでみたけど、一向に返事がなくて、余計に悲しくなった。 何も見えない 何も聞こえない 何も感じない…… 全てを奪う闇だ。 わたしは直感的に思った。人の感覚器官だけじゃない。希望も望みさえも奪ってしまうほどの闇……。 この世にこんなにも暗い、底のない闇があるなんて……。もしかしたらもう“この世”じゃないのかもしれないけど。 気が狂いそうだ。 どうしようもない不安がこみ上げ、訳のわからない、内側からの恐怖に包まれる。 じわりじわりと、闇がわたしを包み、そのうち侵食して、皮膚も内臓も闇色に染まるのだろうか。わたしも闇と同化するんだろうか……。 ふっと、ディムロスの顔が過(よ)ぎった。 このまま、思い出に沈んでいくのもいい……。
「おい」
「―――!!」 突然知らない声がして、わたしは救われる思いで顔を上げるそして――― 「ひっ!!?」 驚きのあまり、引きつった悲鳴を上げて、固まってしまった。何故ってそりゃあ、 「……?何だ」
「なっ、生首が喋った!!」
「…………」 って、良く見れば真っ黒な服を着た肌の白い男の人だった。……あれ?でも、さっきまで自分の手も見えなかったよね?何でこの人は普通に見えるんだ?って言うか、いつの間にか自分の体も見えるようになってるし。 「何故」 「ん?」 「泣く」 「え……?」 頬に手を当てると、濡れていた。 「あれ?何でだろ?怖かったからかなぁ。ほっとしたのかな、ぁ……」 言いながらも、涙は止まらなかった。また、“彼”の顔がちらつく。
“ずっとここにいてほしかった”
そう耳元で囁いた彼がくれた包みには、“いつまでも君と共に……”と記されていた。中には、ディムロスがいつ何時も必ず身に付けていた絳色の止め具が入っていた。
あいたいよ……
「闇が、怖いか」 感情のない声がわたしの顔を上げさせる。白い蝋細工のような顔は、身をかがめている訳でもないのにわたしの目の高さにあった。 「そりゃ、人間だし一人だったし……。ねえ、あなたってもしかして、闇の精霊?」 「そうだ」 「じゃあ、ワグナー・ケイを譲ってくれない?今、あっちこっちで異変が起こってるの。私たちはそれを―――」 「状況は把握している。――そこにいろ」 精霊は突然姿を消した。一瞬、どこかを見るしぐさをしたけど……。 「あっ」 大切なことを思い出して上を仰いだ。 「名前とナギの事聞くの忘れたぁ」
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