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五日後。 わたしとディムロスは、緑豊かな森や山が広がる港に足を踏み入れた。 ここソイルは土壌が豊かで、緑の濃い島だ。土の精霊が宿っているという話もあるほどだ。ソイルは主に林業が盛んで、木材を余すことなく使い、様々な商品を作っているらしい。 「連絡は入れてある」 と、夕焼けに森が染まる中、ディムロスはすぐに宿へ足を向けた。疲れていたわたしにとっては願ってもいない事だ。 「いらっしゃーい!――――あら?……あっ、ディ……ウェーアちゃん!!」 「世話になる」 ノームホルと言う、レストラン兼宿屋の扉を開けると、明るい声が私たちを迎えてくれた。 「ウェーア?」 コッソリ袖を引いて尋ねる。店の主人がわざわざ言い直したからだ。 「偽名だ。ここは、一般人もいるからな。――これから、家や二人きりの場合を除いてそう呼んでくれ」 「わかったー」 有名人も結構大変みたいだ。今も髪の毛はカツラで茶色になってる。 「先に荷物置いて来なさいな〜。あ、今二人部屋しか開いてないんだけど……どうしましょーぅ?」 「構わない」 ま、今まで船の客室も一緒だったし。わたしも別に構わなかった。 「そーぉ?その子に手ぇ出したら〜ぁ、アシュレイ許さないからね〜?気を付けてね〜ぇ?ウェーアちゃん、何考えてるかわからない時あるから〜ぁ」 「はぁ……」 ふわふわした喋り方は柔らかくていいけど、説得力には欠けてた。ディムロスの事よく知ってるみたいだけど、どういう関係だろう? 「……嫌なら彼女の家に泊まるか?」 客席を抜けてカウンター裏の螺旋階段を降りている時、不意に聞かれた。 「今更?」 「今まで拒否権を無視して行動してたからな。女性としては文句もあるだろう?」 「ん―?時々上着ないでお風呂出てくることぐらいかな」 最初はびっくりしたけど、慣れればどうってことない。あんまり細かいこと気にする性格じゃないし、わたし。 「あー。……気を付ける」 オレンジの光に照らされた短い廊下に入る。両方の壁にドアがあった。 「まあ、なんだ。年頃だから嫌がってるかと思ったんだ。気にしないのならいい が………」 彼は、左手のドアを開けながら言い訳がましく中に入る。気にしてるのはそっちじゃないのかな?そう思って言ってみると、パッと顔を背けて、 「俺も一応男だ。少しは意識してくれてもいいだろ」 とかなんとか……。確かに、時々何考えてるかわかんない。 「わあ!広いねー!」 「話聞いてないだろ……」 部屋に入ると、地下とは思えないほど広々とした空間があった。アンティークな家具が落ち着いた雰囲気をだしている。 わたしは荷物を放り出して、部屋中の扉を開けて確認する。お風呂もトイレも広くて綺麗だ。 「気が済んだか?」 疲れも忘れて興奮していると、冷静な声がドア付近から注目を促す。 「腹も減ったろ?アシュレイが用意してくれているから行こう」 店の主人、アシュレイさんはディムロスの兄弟弟子にして協力者の奥さんなんだそうな。ディムロスはこのお店のお得意様でもあるらしい。 アシュレイさんね家庭的でおいしいご飯を食べていると―――
――――バーンッ!!!
「愛しのアシュレイちゃーん!旦那様のお帰りやでぶっ」
………今、何が起こったんだろう?
とりあえず、ドアを勢いよく開けて登場した男の人が、顔面にステンレスのお皿を喰らって倒れた。そのお皿が飛んできた方を見ると、アシュレイさんが体勢を戻して落ちてきた髪の毛を上げていた。伏せ目から顔を上げると、満面の笑みを浮かべて、 「ドアが壊れるからやめてっていってるでしょ〜ぅ?」 「す、すんまへん……」 ちょっと、怖かった。
「そっか!嬢ちゃんお仲間なんか!こいつ、人使い荒いから一緒に頑張ろな?」 「お前だから荒く使っているんだ」 「ワイ限定! ?」 アシュレイさんの旦那さん――トルバとディムロスは、本当の兄弟みたいにじゃれてた。トルバが一方的にだけど。 トルバはうるs……明るくて面白い人だった。ものすごく打たれ強いみたいだし、話している限り良い人っぽい。 「んで?今度は何するんや?」 食事をしていたお客さんがいなくなると、お酒を引っ張り出してきたトルバが切り出す。ついでにディムロスも手酌で強そうな琥珀色の液体を煽る。一応飲んでいい年齢になってるみたいだけど……飲みなれてる。絶対前々からコッソリ飲んでたな。 「この頃脱牢者が多い。大きな仕事は一段落着いたから、何が原因なのか調査したいんだ」 「んなもん、わざわざお前が出てくる事もないやろ?」 「そうなんだが……少し、引っかかるものを感じてな」 ディムロスは氷をカラカラいわせながら難しい顔をした。言葉に言い表せない感覚なのかな? 「きな臭いんか」 トルバは声のトーンを落とす。初めて真剣な表情を見せる。やっぱ仕事となると、変わるのかな。 「……何とも言えない」 「なら何で――」 「さあ?」 「わからないんかい!」 わたしが“えー?”って言ってる横で派手にずっこけた。
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