―――……ナ…………セリナ……………セリナ
「ん―……」 もぞもぞ動いて手足を体にくっつける。 まだ寝てたいのに〜。 「セリナ。朝食ができたぞ?」 「んー……もうちょっ…………ん?」 ナギの声じゃない。男の人の声だ。けど、家に男の人なんて――― 「――――!!!」 ガバッと布団ごと起き上がる。 そうだ!今わたしは……… 「やっと起きたか。寝坊助だな」 「な……なん……なんで!?」 頭ん中は真っ白。寝起きだから余計に考えることができなくて、わたしは口をパクパクさせることしかできなかった。 「何でって……君が起きてこなかったから」 「女の子の部屋に勝手に入って来るもんじゃないの!!」
――ばふっ
顔が熱くなるのを隠すように、枕を思いっきり投げつけた。見事命中したまではよかったんだけど……。 「……人がせっかく好意で起こしに来てやったっていうのに、その態度は――」 枕が落ちて瞑っていた目をゆっくり開けながら呟く彼は、すごく迫力があって………。
やばっ!怒らしちゃった?
けれど、途中で途切れた言葉は続かなかった。 「えっと………ごめんね?ビックリしたからつい……」 「……………顔、赤い」 「え゛っ」 しまった!バレた! 「え、えっとこれは……その、あの………」 「そうかそうか。恥ずかしかったのか。これは失礼した。――外で待っているから着替えてくれ」 「ち、違うの!!そうじゃないんだってば!!!!」 講義の言葉は届くことはなかった………。
朝食の席で執事のウォルターさんと教育係のシビアさんを紹介された。もちろん、わたしも新しい協力者として二人に紹介される。 二人は、得体のしれないわたしが協力者になることに対してではなく、ディムロスがまだ若いわたしを親元から離した事に対して怒った。決してわたしを責めている訳ではなく、あくまでディムロスの勝手な行動に対して怒っているのだ。なんだか彼の二親のようでおかしかった。血は繋がっていなくても、ずっと一緒に暮らしているからどうしてもそうなってしまうのだろう。けれども、その立場の違いを気にしなくていいのは気に入った。
「とりあえずこっちの環境に慣れてくれ」と言われて、わたしは二週間ほどシビアさんの手伝いをして、それからエウノミアルの仕事について学んだ。ディムロスは仕事で事あるごとに出掛けていたから、ウォルターさんに教えてもらったんだけど………。分かりやすいには分かりやすいんだけど、わたしの頭が追いつかない。元々勉強はできる方じゃないのにぃ……。
「なら、手っ取り早く実践しようか」 「ええっ!?」
ある日、書斎でデスクワークをしているディムロスにお茶を出した時、ついでに不安をぶちまけるとサラリと返された。 「丁度明後日からソイルに行く予定だから、一緒に行こう。簡単な仕事だから大丈夫だ。私にくっついていればいいから」 仕事中は“俺”から“私”に替える彼はそう言うなり、支度をしておけよとを追い出した。
なんか拍子抜けした感じ。エウノミアルっていうからもっとこう……ヒーロー的な活躍をしていると思ってた。確かに忙しいようだけど、意外と地味な書類業務が多い。 「明後日、ディムロスと一緒にソイルに行くんだって」 調理場に戻ると、ウォルターさんとシビアさんがいたので、三人でお茶しながらさっきの出来事を報告した。我ながら他人事みたいな言い方だけど、どう言えばいいのかわからない。 「また急に決められて……。申し訳ありません、セリナ様。嫌なら嫌だとおっしゃってくださってもよろしいのですよ?」 (って、言われてもなー) 正直、仕方ないとしか思ってなかった。連れてってくれるんならそれはうれしいし、飲み込みが悪いから連れて行かれるんだし。
そういう訳で、出発当日。 「頼んだぞ」 「行ってきまーす」 「「お気をつけて行ってらっしゃいませ」」 見送りに来てくれたウォルターさんとシビアさんに別れを告げて、馬車小屋まで行く―――はず、だったんだけと………。ディムロスは家が完全に見えなくなると、反転した。 「―――?忘れ物?」 「シッ」 彼は喋るなと口に指を当て、わたしの手を引いて物陰に隠れながら来た道を戻る。 「ねぇ、どうしたの?」 とうとうリーズ家に戻ってきてしまった。ディムロスは窓から中の様子を確認している。 「こっちだ」 小声でうながされ、出っ張った部屋の一つから侵入させられた。一応関係者だからドロボーにはならない……かな? コソコソと移動し、二階の一室に入ると、ディムロスは椅子を持ってきて、天井を探り始めた。 「ねーえー。何するのー?」 「馬車は予約していないんだ」 カパッと天井の一部を引き下ろした。次いで、わたしに手を差し出す。 わけもわからず手を重ねると、高いたかいされた。 「にょわわわわっ!?」 「早く登れ」 なんとか屋根裏に入り込むと、すぐにディムロスも上がってきた。ご丁寧に椅子を片してから。 「こっちだ。しっかりついて来いよ」 言われるまま、わずかに漏れる光を頼りに彼に続いた。 屋根裏はまるで迷路だった。屋根裏のはずなのに、壁がいっぱいある。 「ここは、緊急時の脱出路なんだ」 ある程度進むと、ぼそぼそと話し出した。 「絶対に一人では入るなよ?この壁は生きてるから、入る度に道が変わる。迷い込んだら抜け出せないぞ」 「勝手に動くの?じゃあ、ディムロスはどうやってゴール見つけるの?」 「それはリーズ家特有の体質で捜し当てている」 「特有の体質?」 「まあそれは後々わかる。―――そろそろだな」 止まった。先はちょっと開けているみたい。彼はそこに座り込んでごそごそしている。 「何やってるの?」 「準備だ―――よし。こっちに来てくれ」 壁際に避けた彼の足を乗り越えると、そこには板らしき物があった。 「乗ってくれ」 「―――――?」 言われた通りに乗ると、すぐ後ろにディムロスも板に乗ってきた。しかも、板は短いから、わたしがディムロスの足に挟まれる形に。なんかちょっとはずかしい。 「振り落とされるなよ?」 そう言った瞬間、ガタンッと一段段差を降りた衝撃がして―――
「―――――わっきゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!」 いきなり斜めにものすごい早さで下り始めた。 暗くて何か起こってるかわからないし、左右に振り回されるからもう、頭ん中は真っ白だ。っていうかむしろ、真っ暗だ。必死に振り落とされないように前の手摺りと、胴に回されたディムロスの腕を掴んで身を固める。その内悲鳴すら上げる事ができなくなって、ただ目を瞑って耐えた。後ろのエウノミアルは笑ってるし………。 やがて、わたしにしてはものすごく長い時間がたった頃、坂が緩やかになってきた。次第にスピードも落ちて、やっとのことで目を開く。しかし、未だ周りは暗いままだった。 「どうだ!楽しいだろ?」 「………頭おかしいんじゃないの?」 「酷いな。多少変わった面はあるだろうが、いたって正常だ」 変わってるのは認めるんだ……。 「この道、どこに続いてるの?」 「出てからのお楽しみだ」 彼は、楽しそうな声で答えた。ワクワクしているみたい。意外と子供っぽいところがある。難しい性格かとおもったけど、そうでもないみたい。 「………もしかしてさ、ディムロス、いつも出掛ける時この道使ってる?」 「…………………」 「非常事態の為の道でしょ?いつも使ってていいの?」 「…………………」 「いーのかなぁ。シビアさんにバレたらヤバいんじゃないのー?」 「…………………」 答えない。不利になると黙る。うーん……子供だ。 「なら………」 「わっ?」 両手が胴に回された。肉!お腹の肉はヤバいから! 「俺の共犯者になれ」 背中が暖かい。肩で囁いた彼は、突然クスクス笑い出した。 「何?」 訳がわからない。自分の言葉がおもしろかったのかな? 「いや。君の心臓がすごく早く脈打っているから……」 「―――!!」 一気に顔が熱くなった。気付いていたけど気付かないようにしていたのに! 「なっなん………わたっ……うにゃ」 「セリナは面白いな―――ああ、もう着くぞ」 意味不明な言葉で抗議しようとすると、ぐしゃぐしゃ頭を撫でられた。 むくれながら前方を見ると、確かに外の明かりが見えた。 ゴロゴロと転がる車輪も、その回転数を減らし、 「到着だ」 トンネルを飛び出る手前でピタリと止まった。 さり気なく差し出された手を取って立ち上がる。ん――っと強張った体を解して、改めて外を確認する。と、そこには――― 「………港がある」 「びっくりしたか?こんな所まで続いているんだ。使わない手はないだろう?」 空を見上げると、まだ家を出てからそんなに時間がたっていないみたい。 信じられなかった。確かにすごく速く進んでいたけど、まさかこんなに早く着くなんて……。 「さぁ、船が出てしまう。行こう」
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