そこは、多くの人々が自由に出歩く事のできない、閉ざされた世界。 人々は外から来るものを恐れ、国に、街に厚く高い塀を築き上げた。 そんな人々の中に、危険を顧(かえり)みず国々を自由に行き来する者達がいる。 人々は彼らを、羨望と畏怖を込めて―――
《アストラ》と呼ぶ。
時は春。厳しい冬を乗り越えた生き物たちが蠢きだす季節。そして・・・ 「ルレイ、ルレイ!これ、食えるよな!?」 年間を通じて活動しまくる男。黒髪にスカイブルーの瞳を持つ伊達眼鏡の男は、冬に備えるわけでもなく飢えていた。 「・・・ああ」 『ナマで食うでないぞ、ホムラ』 山菜を山ほど抱えた男、ホムラに少し低めの声が私の後を継いだ。 「んな事すんのはフェイぐらいだろ〜?」 ホムラは私の肩でくつろいでいたリスネコに、デコピンを喰らわす。途端にネコパンチをお返しされた。――そう、低い声の正体は、この動物だ。何故動物が喋るのかは・・・またの機会に。 さて、喋るリスネコと万年大食らいの二人がじゃれ始めたところで、紹介しておこう。 私の名前はルレイ。大きめの帽子を目深に被り、細身の杖を持った男だ。先の二人と共にアストラとして生活している。フェイとホムラの喧嘩を止める役。それが私だ。
「なあルレイ。晩飯なんにする?あそこの店、うまそうじゃね?」 街に着くなり、ホムラが寝言を言い始めた。 『あ奴の胃袋はブラックホールか?』 肩の上でフェイが耳打ちする。妙に納得できたので、そうかもしれないと答えた。 「な〜あ〜。どーすんの〜?」 「先に宿を探せ」 「ぶー( ̄ε ̄)」
「二名様と一匹ごあんなーい!」 案内された良くも悪くもない部屋に荷物を放り出し、久し振りの清潔なベッドに酔いしれる。 「お前がギャーギャー騒ぐからバレたじゃねえか!」 『うるさい!お前が無理矢理臭いカバンに押し込むからじゃろ!結果的にルレイが治めてくれたのじゃからよいではないか!』 人がせっかく、つかの間の休息を堪能しているというのに・・・ 「・・・今日は金も少ないし、夕食はなくてもいいな」 「『煤i`д´;)!!』」 「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」 『すまぬ!ワシらが悪かったから見捨てんでくれ!』 呆れた。今は反省していても、きっと彼らはまた同じ事を繰り返すだろう。今のうちに懲らしめてもいいが・・・今回は見逃してやるか。 「話し変わるけどさ、あの噂って、本当なのか?」 『巨大蝶々か?まだ現物を見てないでのう。何とも言えんが、襲われているとするとやはり・・・』 そう、我々は夜な夜な空を飛び回って家畜や人間を連れ去り、喰らう蝶がいるとの報告を受けてこの街に来たのだ。 「十中八九、ティエッフェだろう」 『何故そう思う?』 「・・・勘」 「勘かよ・・・。ってかさ、そんな《深き者達》なんているのか?」 『可能性としてはアリじゃろ』 「ふぅん」 先程から話に出てきている《深き者達》又は、ティエッフェ(外から来るモノ)とは、今や生態系の頂点に立たんとする生物だ。大まかに下級・中級・上級に分けられており、その中で更に力の差がある。数で言えば下級が最も多く、上級にいたっては存在を確認したという報告は一桁(けた)。形態は動物だったり植物だったりと様々だが、彼らは一目でそれと見分けることができる。それは―――
「来たぞ―――!!!」
「おっ?早速出やがったな!?」 次々と沸き起こる悲鳴に、ホムラは不敵な笑みを浮かべて窓を開け放つ。 「おーおー、いるいる♪やり甲斐あるぜ〜。こんだけいりゃあ」 人々が危機にさらされているという時に、この男はずいぶんとうれしそうな声をあげる。 「待ってろよ〜、俺達の金のなる木〜♪」 不謹慎極まりない言葉を吐いて、ホムラは窓から飛び出した。しかし、彼の言うことには一理ある。ティエッフェを倒した報酬で我々は生活しているのだから。 『まったく・・・あ奴は待てもできんのか?――お主はどうする?』 窓枠にいたフェイが差し出した腕に飛び移った。つぶらな瞳には、帽子の下に包帯を巻いている私の顔が映っている。 「行かないわけにはいかないだろう」 『猪突猛進はあ奴の代名詞だからのう』 「そうだな」 私はちゃんとドアから退室した。 町中は逃げ惑う人々で一杯―――ではなかった。 噂が他国まで広まっていた程だ。それだけ頻繁に出ていたという事になる。流石に対応に慣れたのだろう。住民は素早く建物の中に逃げ込んでいた。 『ホムラめ・・・どこまで行きおった?』 見渡す限りは人影は見られない。が、奇声と聞き慣れた雄叫びは届く。そう遠くないようだ。しかし、建物に反響して方向が定められない。 「―――いた」 とりあえず前方を“見る”と、小ぶりなビルと民家の向こうで大剣を振るう男を見つけた。 『やはり便利じゃのぅ。お主の透視能力は』 「別に・・・」 私は盲目だ。だが、何年か前にある人物によってこの“見る”力を授けられた。元は五体満足で目も見えていたので、この能力に助けられたが、コントロールのできなかった頃は、見たくないものまで“見て”しまったので大変だった。と、まあその能力のおかげで素早くターゲットを捕捉できた私は現場に到着するなり、 「めちゃくちゃ・・・だな」 思わず口にしてしまった。それは、足元に転がる数多の死骸に対してでもあり、型のない連れの剣捌(けんさば)きに対してでもある。 『ひい、ふう、みい、よー、ここのたり、っと・・・。相当おるのう。いくらになるじゃろうか?』 「下級だ。安い」 戦闘の様子を窺っていると、街灯の光に反射してキラキラと光る何かが振ってきた。反射的に口と鼻を覆う。 「うわ!?なんだよこりゃ!?」 屋上にいたホムラが落ちてきた。体勢を崩していたのにもかかわらず、難なく着地してみせる。 『毒かもしれん。吸うでないぞ』 フェイは素早く私の上着の中に滑り込んだ。こういう時、小動物は便利だ。 「へ!こんなん効くかよ!!」 アフガンストールを鼻まで持ち上げたホムラは、ティエッフェが飛び回る建物の壁を信じられないスピードでよじ登った。カサカサと、音が聞こえそうだ。 『・・・ゴキブリのようじゃな』 「ゴキブリ、だな」 あちらは任せて、私は足元に転がっているティエッフェの体を調べた。噂通りの大きな蝶だ。羽一枚が大人一人分ある。本来の蝶が蜜を吸うためのストローは、他の生物の体液や血を吸い上げるものになっている。そして、ティエッフェであるという確たる証拠。それは――― 『また、目がチカチカする色だのう』 体全体を覆う極彩色の模様。それがティエッフェだという証拠だ。この巨大蝶の場合は、緑と赤の、ごちゃごちゃした模様だった。 「色も模様も品がない。下の下だ」 模様や色合いが美しければ美しいほどレベルは上がる。その分我々アストラの報酬も増える。 『むぅ・・・。ホムラがより多くを倒す事に賭けるかのう』 「あぁ」 実際、ホムラは我々の期待を裏切らなかった。空中を旋回していたティエッフェのほとんど撃退し、すっきりした表情で飛び降りてきた。 「どぉどぉ?俺の勇姿、見てくれた!?」 「めちゃくちゃだ」 「はぁ!?Σ(0д0;)」 『おお!警官隊のお出ましじゃぞ』 喚き声で住民から苦情が来る前に駆け付けてくれて、大いに助かった。遅ればせながら到着した警官隊は、ティエッフェの残骸を目にしてどよめく。見慣れていない訳はないので、この量に対してだろう。あえて言わせてもらうが、連れは、戦闘能力だけは高い。 「ご苦労様です。アハリアハルに連絡をしたいのですが、お願いしてもよろしいでしょうか」 「はっはい!ご協力感謝しますです!!」 まだ若い警官は、ビシッと敬礼して無線を手に取る。 “アハリアハル”とは、ティエッフェを排除した折に報酬を出してくれる組織だ。我々はフリーなので関わりはあまりないが、本部に所属しているアストラは、支部などを拠点として各地へ飛ぶ。組織の中では、一応階級が存在するらしいが、詳しくは知らない。 「連絡取れました!係りの方がもうすぐ到着するとの事でござります!!」 到着した審議員にティエッフェのランクと数を調べてもらい、妙に力の入った警官と共に支部へ赴(おもむ)く。 手続きを済ませ、外で待っていたホムラとフェイに合流した。 「いくら入ったー?」 「一体、一万五千で三十四体。計算してみろ」 「えっ煤i・д・) えっとぉ・・・」 『五十一万じゃ。安いのう・・・』 「ホムラの食費を削るか」 「そ、そんなっΣ(0д0;)」 いくら報酬が入っても、この男のせいでいつまでたっても貯金が貯まらない。 「俺、もっと頑張るからさ、そんな事言わないでくれよ〜(oωo`;) ほら、取り逃がした奴等倒せばもっと増えるだろ〜?」 「再び現れるまで待つのか?根絶やしにすることはできないぞ」 「へ?なんで?」 『あ奴等は生け捕った獲物を連れ去っているのじゃぞ?巣があって狩りに行かぬ奴もいる可能性があるじゃろうが』 「あーそっかー。じゃあ・・・あいつらの巣を見つけりゃいいじゃん。んで、奇襲攻撃!!」 言い出したホムラを止めるにはとても労力がいる。ここは、乗った方が得策だろうか。 「なら、まずは情報を集めろ」 「何の?」 『《深き者達》の住家のじゃ!言われんでもわかるじゃろ、話の流れで!イラつくのぅ(*―_―)』 「あー。・・・でも、そんなの必要ねぇだろ」 「何故」 「俺の勘とフェイの鼻があるから!(+・`ω・´)b☆」 「『( ̄д ̄;)』」
|
|