・・・・・ (まだ・・・墜ちる、訳 には・・・) 意識が朦朧としてきた。 体が鉛のように重い。 「くっ・・・フェイ。フェイ!どこにいる」 『ルレイ!!』 草むらから姿を現し、駆け寄って来てくれた。 膝を付く私の前にはホムラが倒れている。なんとか気絶させる事ができたが、こちらの被害は大きい。 『もうすぐここのアストラが来るぞ!それまで持ちそうか?』 小さな体で、血で濡れている肩へよじ登った彼は、ペロペロと頬を舐めてきた。染みて痛いのだが・・・。 「とりあえず、止血を・・・して、くれ・・・」 このような姿をしているが、フェイには治癒能力がある。対象の自己治癒力を高め、傷口の再生を早めることができるらしい。 粗方止血が済む頃、専属のアストラが到着した。 連れを救出したが怪我をした。大した事はないが、疲労で動けぬので宿まで運んでほしい。治療所には連れて行かないでくれ。なんとかそこまでを伝え、私は意識を手放した。
意識が戻ると、すでに陽は高く昇り、テラスの外に広がる水の道は活気に溢れていた。 ホムラの高鼾にようやく気付き、ベッドの脇に目をやる。寝台を枕に座り込んだまま寝ているようだ。あの後目を覚ましたのだろう。血だらけだった右手に包帯が巻かれていた。きちんと手当を受けてくれたようだ。 「・・・フェイ?」 小さなリスネコの姿を探した。アストラがちゃんと言う通りにしてくれたのか確認しなくては。 『おお!起きたかルレイ!!』 隣の部屋からかわいらしい小さな体が現れた。口元に食べカスが付いている。 彼の話によると、私が気を失った後、船での移動中にホムラは目覚めたらしい。すかさずフェイが私の言葉を伝え、宿へ運び入れてもらったらしい。散々治療所へ行く事を進められたが、なんとか押し切ったようだ。 『もう三日は安静じゃ。肋骨四本と背中の打撲に、二の腕の肉はえぐられとった。ほぼ再生させたが、あまり動くと傷が開くでのぅ』 「わかった」 『ホムラがひどく心配しておったぞ。お主が目を覚ますまで起きてるとか言っておったが・・・』 チラリと小さく上下する黒髪を見る。フェイはわざとらしく大きな溜め息を吐き、 『まったく!人騒がせな奴め!!』 「・・・記憶は?」 『なかった。簡単に話してはやったが・・・。それで余計お主の傍を離れなかったのじゃろ。これでも責任を感じておるんじゃよ』 「まさか。傷を負うのは己の責任だ。何故気に病む」 『鈍いのぅ(ーДー)=3』 「・・・?そんな事より、こいつは何故急に凶暴化したのだと思う?」 昨夜の虚ろな瞳で襲い掛かってくるホムラの姿がフラッシュバックする。二度と遭遇したくない状況ベスト3に入るな。 『そんな事ってお主・・・。ううむ・・・全くわからんが、こ奴は《深きもの達》の腹の中で酸欠になり、意識を失ったらしい。次に気付いたらもう船の上だったと。“マジ死ぬかと思った!”とか言っておったがな』 「生命の危機に遭遇し、眠れる力が解放された・・・?」 『ベタな展開じゃのぅ』 「・・・昔、何かの文献で読んだ事がある。かつて、戦闘能力の以上に発達した人種がいたらしい。その数は300足らずの小さな集団だったが、彼らはどんな辺境においても生き残る強靭な生命力の持ち主ばかりとか。さらに、命の危険を察知すると爆発的に強くなるという話だ。そんな彼らを恐れたどこかの王国が討伐したらしいが、代償に3/4の国民をなくし、ついには滅んだという」 『なんともすさまじいのぅ。・・・もしかしたら、ホムラがその生き残りかもしれぬ、と?』 「あくまで可能性の話だ。一人残さず惨殺したのかは記されていなかった。それだけ戦闘能力があったんだ。生き残りがどこかの国に雇われていたかもしれないだろう?辺境でも生きていけるのだし」 『断定はできぬがのぅ』 「ああ」 (一族を皆殺しにされ、その身を隠す狂戦士(バーサーカー)・・・か) そんなもの、この男には似合わない。こいつは、バカみたいに食べて、バカみたいにめちゃくちゃな戦い方でティエッフェを倒して・・・バカみたいに暖かい笑い方をする方が合っている。 『何にせよ、お主が殺されずに済んで良かったわ』 「・・・・・・」 「先生!こっちです!!」 ホムラの鼾に負けないくらい元気な声がした。声に吊られて窓の外へ顔を向ける。 陽の光に眩しい白衣姿が手前の歩み板を通り過ぎた。白髪だが、だらしなく伸びた前髪の下はまだ若い。 「・・・―――っ!?」 こちらを振り向いた訳ではない。しかし、何故か彼が笑ったような気がした。その途端、言い表せない何かが体を貫く。 (・・・なん、だ・・・?) 一瞬の事でよくわからなかった。 見ず知らずの人を追って話し掛けるのも憚(はばか)られる。 『今の・・・』 突然フェイが窓辺に駆け寄り、枠から身を乗り出した。 『・・・・・・・・』 「どうした」 いつになく真剣な(動物の表情は少ないため、雰囲気で判断)表情で睨み付ける彼に問い掛ける。が、返事はない。 「・・・知り合いか?」 『にゃ!?―――い、いや・・・』 再度問うと、曖昧な返事が返って来た。明らかに動揺している。怪しいが、探りを入れる前にホムラが跳ね起き、 「ち、腸詰めっ!?」 『――訳がわからんわ!!』 「へぶっ!?」 ホムラへの激しいツッコミ(ネコパンチ)ではぐらかされてしまった。
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