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やっべーな。さっきより空気薄くなってる。 しばらく暴れ回ってたけど、苦しくなってへたり込んだ。そしたら、俺を腹ン中に入れたヤツも大人しくなった。――ちぇっ。あわよくば吐き出してもらおうかと思ってたのになぁ。 華麗な作戦は見事に玉砕しちまった。さあって、次はどうしようか? 「うわっ!?」 いきなり地面――っていうか腹ン中だけど、とりあえずまた巨大生物が動き出しやがった。急に斜めになって、掴まる所なんてなから、ゴロゴロ後ろに落ちてった。かと思ったら、今度は逆の方向へ頭から落ちてく。 あまりにも激しい動きに受け身も取れねぇで転がる。絶叫する事もできなくて、どこかにしがみつこうとする手も、ヌメヌメする壁に阻まれた。
気付くと、揺れは小さくなってた。どのくらいかはわからないけど、気絶してたみてぇ。周りが柔らかいから、死なずにすんだって感じか?けれどもそのかわりに、絶対的に酸素が足りなさ過ぎる・・・。 (さすがにヤバい、かな。・・・ルレイ・・・俺、どうすりゃいい?) ぐったり、横たわったまま、浅い呼吸を・・・繰り返しながら、オレ・・・の・・・・お、れ・・・は・・・
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ドーン!! 「!?」 『なんじゃ!?』 ホムラを飲み込んだまま湖の底へ沈んでいったティエッフェが、水柱と共に空中へと姿を現した。そのまま、森へその身を落とし、数回痙攣(けいれん)すると動かなくなった。まさか、ホムラが倒したとでもいうのだろうか・・・。 『ゆくぞルレイ!』 「・・・ああ」 果たして、ホムラの姿は水龍の頭部付近で発見された。巨躯の向こう側で呆然と立ち尽くすその姿は、どこか別人を思わせる。何故だろう? 『ホムラ!無事じゃったか!!』 ゆっくりと彼が振り返る。黒の増す空に呼応するように、暗さを称えたスカイブルーの瞳と目が合う。その途端、全身が粟立った。 「!!」 反射的に、あるいは体の奥底に眠っていた動物としての本能が警告したのか・・・私の体は地に伏せられていた。 頭上を巨大な塊が通過する。 『なっ・・・ほ、ホムラ!?いったい、ど、どうしたんじゃ!?』 フェイが毛を逆立てて後退さる。ホムラの前にあったはずのティエッフェがない。どうやら、頭上を通り過ぎたのはそれだったらしい。 「隠れていろ。様子がおかしい」 フェイは二つ返事でホムラの大剣を引きずり、茂みに消えた。 夜の帳が落ちる。 都市からの光が届かぬ森の中だ。一般人には何も見えないだろう。だが、私には能力があり、ホムラには夜目がある。あちらも、わずかな月明かりによって私の姿を捉えている事だろう。 (普段のアイツではないな・・・) 彼は理性のない眼をしていた。我を失っているようだ。 何故あのような状態に陥ったのだろうか。 酸欠で倒れているのならまだしも、私達の顔もわからないようになってしまったのは何故だ?ティエッフェの腹の中から出てきたのだから、体内(なか)で何かあったのは明白なのだが・・・。 「ホムラ」 ふらふらと揺れる彼の名を呼びながら、ジリジリと近付く。あちらに武器はない。正気に戻すには、一度気絶させてしまった方が早いだろうか。 「私がわかるか、ホムラ」 虚ろな瞳がギロリと射抜く。 目にも留まらぬ早さで間合いを詰め、喉を締め上げられる。私の体はいとも簡単に持ち上げられてしまった。 「かはっ!?」 片手で投げ飛ばされ、木に背を打ち付けられる。息が詰まっている所に、容赦のない二撃目。 唸りを上げて繰り出された回し蹴りは、背後のがっしりとした樹木を薙ぎ倒す。辛うじて横様に躱したが、冷や汗が頬を伝った。 (冗談だと言ってほしいな) いつも以上の破壊力だ。先程の速度といい・・・全てのスキルが向上している。なまじ、普段が尋常ではないのだから厄介だ。 と、脳内は冷静に判断しているようだが、実際には余裕などない。 倒れた私の脇腹目掛けて、爪先が迫っていた。木を薙ぎ倒すような脚力だ。人間などひとたまりもない。とっさに腕を使って体を浮かせたが、ほんの少し威力を削いだ程度だ。蹴り飛ばされながら、肋(あばら)が折れるのを感じた。 悲鳴を上げる体を酷使して、空中で体勢を立て直す。木の幹に着地すると、追い打ちを掛けられた。手刀を避けて地上に降り立つのと、彼が幹から手を引き抜くのは同時だった。 さすがに皮膚までは強化していないようだ。細かな傷から鮮血が滴り落ちる。 素手のままでは相手にならない。だが、刀を使った所で簡単に折られてしまうのが関の山だ。 (やはり、あれしかないか) できれば避けたかった。何しろ、透視よりも体に掛かる負荷が大きいのだ。それにまだ、ホムラにもフェイにもこの力の事は話していない。自分の手の内を全て明かす事は、死に直結しかねないからだ。 (そうも言っていられないか) そろそろ、傷付いた仲間を避難させ、応援を呼びに行ったアストラも来るだろう。 「くっ」 攻撃が速すぎる。とても躱しきれない。なんとか急所を外し、打撃を逸らし――
再び喉を締め上げられる。
霞む視界の中で、空いた手が真っ直ぐに揃えられ、大きく引かれる。
肉体を簡単に貫通するであろう手刀がくる。
その前に私は両手を上げ―――
―――パンッ
『―――――――』
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