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(読み終わってしまった) パタリと本を閉じる。 いつの間にか窓からは夕日が差していた。ホムラとフェイはまだ戻らない。静かな安眠を約束する確証はないが、今の所は作業に集中できそうだ。 全財産の入った鞄から、長辺10センチ程度の木片を取り出す。切れ端を頂戴してきたので、キレイな形をしていないが、上手く利用すれば何かできるだろう。この国で受け入れられそうな模様を思い浮かべつつ、木片に刃を入れた。 ―――と、ライトアップされ始めた外・・・というより、湖全体がざわついた。何かあったのかという疑問と同時に、ティエッフェが出現したのかもしれないという予感が頭を過る。奴らは、あらゆる場所に出没する。いくら高い塀を築いたとしても、所詮は気休めにしかならないのだ。 私は、どこかで合流するかもしれないホムラの愛刀を担ぎ、騒ぎの中へ飛び込んだ。
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(あー・・・なんか息苦しいなー) 真っ暗で何も見えやしねぇ。うねうね動きやがる気色ワリィ壁を叩いてみるけど、厚くて素手じゃ破れそうにねぇな。 ん?なんでこの水着姿のナイスガイ様がこんな所にいるかって?そりゃアレだ。いきなりビキニ美女の後ろから現れたでっけー口に飲み込まれちまったからさ。ていうか、フェイを投げ飛ばしたから隙ができてパックンチョされたんだけど・・・。 「どーすりゃいいんだよー」 口に飲み込まれたって事は、ここは生き物の腹ン中ってーことだよな?なんかネチョってした液が足元にあるから・・・ここって胃袋? 「・・・“もしか”も“カモシカ”も、ひょっとしなくても、これって実はケッコーすっげーピンチ!?」 早くこっから脱出しねぇと、俺様溶かされちゃうんじゃね!? 「あー!!!もおおおお!!!」 ガシガシ頭むしって、腹の底から声を出す。 「くっそー!!何が何でも出てやるぞおぉぉぉ!―――うおおぉぉぉぉぉ!!!」
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湖と森の境界で、何かが暴れていた。ビーチから岸まではかなり離れているが、この距離であの大きさだとすると、相当な巨躯だ。ざっと見渡すが、ビーチにホムラの姿はない。この騒ぎに気付かない奴ではないから・・・もう既にあちらへ向かっているのかもしれない。面倒な事この上ないが、行くしかないだろう。専属のアストラもいるようだから、迷惑をかける前に――― 『ルレイ・・・・』 不意に足元からフェイの声がして、目を向ける。――衰弱した彼の姿があった。ずぶ濡れだが、麦わら帽子とサングラスはしっかりと身に付けていた。 「何があった」 抱え上げ、ポケットから取り出したハンカチで包んでやる。相当疲れているのか、ぐったりと目を閉じたまま、開けようとはしない。 『ホムラが・・・あのデカイのに喰われた。ワシを、庇って・・・』 「アレに・・・?」 だとしたら、救出は難しいだろう。例え丸呑みにしてくれたとしても、彼は丸腰だ。自力で脱出する事など―― 『さっさと向かわんか!まだ助かるかもしれぬ!!』 (・・・本気言っているのか・・・?) 確かに殺しても死にそうにない男ではあるが・・・ 「あれだけ暴れているんだぞ?生きていると思うか?」 希望を持てと言う方が難しい。それぼど、巨大な蛇のような生き物は激しく動いていた。 『何を言っておるのじゃ!お主の相棒じゃろうがっ!!生死を確認しとらんのに、勝手に殺すでないわ!!』 人目も憚(はばか)らず怒鳴られた。ちらりちらりと、数人がこちらを振り返る。いい迷惑だ。 (一度も私は相棒だと思った事はないし、まだ会ってから何年も経っていないのだが・・・) とりあえず連れのよしみで骨ぐらいは拾いに行ってやるかと、致し方なくボートを探しにその場を離れた。
ビーチから森へ移動すると、数人のアストラがかなりの苦戦を強いられていた。何しろ、相手は数十メートルはある巨躯を休みなく、且つ激しくくねらせているのだ。迂闊に近寄る事すらできない。 ゆっくりと、時間を掛けて落ちてゆく夕日に照らされ、白い鱗がキラリと反射した。逆光のために黒く浮かび上がるシルエットは、実に美しかった。そう、空想上の生物“水龍”によく似ている。しかし、白い鱗に覆われたその体は、赤と青の極彩色の模様が這っている――ティエッフェだ。おそらく中級だろう。さて、どう攻めたものか・・・。 「アストラか?――フリーの?」 攻撃を躱して後退してきた男性がこちらに気付いた。 「ええ。・・・アレに連れが飲み込まれた可能性がありまして」 「なに!?それはまずい!爆薬を使う予定なんだ。作戦を変更しないと!」 「変更する必要はありません。少しだけ、待っていただけませんか?」 「それは・・・なんとか・・・。だが、しかし・・・」 『何を考えておる!あ奴を見殺しにする気か!?』 「黙っていろ」 小声で抗議してきたフェイを黙らせると、目に神経を集中させて、動き回るティエッフェを透視した。
・・・思わず思考が停止し、絶句する。
動き回っている。 あの馬鹿は、腹の中で暴れている。 水龍が暴れたくなる気持ちもわかる。が・・・ 「一寸法師かヤツは」 呆れた私は、ホムラの大剣携えて、救出に向かう。手伝わなくとも勝手に出てきそうではあるが、住民に被害が及ばないとも限らない。こんな面倒な事は早く終わらせる方がいい。 透視したまま、慎重にティエッフェへ近付く。と、体の中で暴れ回っていたホムラが大人しくなった。さすがに疲れたらしい。おかげでティエッフェの動きも緩くなる。好機と見て走り寄る――が、 「っ!?」 また突然ティエッフェが大きく体をくねらせ、頭を持ち上げた。そしてそのまま、 「・・・あ」 湖の中へとその体を沈めてしまった。
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