それは、 手だった 脚だった 眼だった 耳だった 鼻だった 人間の、ありとあらゆる部品だった。
それらがゴムボールのように跳ねながら押し寄せて来るのだ。 さながら波のようにうねるそれらは、生々しく白く闇に浮かび上がる。 「フェイ!あいつらあんなにいたのか!?」 『知るか!目ん玉しか見えんかったわ!!』 「鉄扉の部屋で見たのか」 「おう!」 「その部屋に何か原因となるものがあるかもしれない。行くぞ」 「つっても、どーやって行くんだよ!!」 最もな疑問だ。この城はコの字型をしていて、棟をつなぐ道が奥にある二階の渡り廊下しかない。 「二手に別れる」 「えっ!?」 「と言うかホムラ。しばらくアレを足止めしろ」 「ええええっ!?」 私が後ろを親指で示すと、ものすごく嫌な顔をされた。・・・当たり前か。 『どうするつもりじゃ』 「上から行く」 だが、渡り廊下に近付く為に、三階を通り過ぎてしまった今では最上階まで行かなくてはならないのだ。おまけに、階段は端から端まで移動しなければ上がりも下がりもできない。 「どんだけ稼ぐ?」 「できる限り」 「了ー解(ーДー)=3」 『死ぬなよホムラ』 「薄情もーん!」
四階の階段に保ホムラを残し、罠を解除しつつ一気に最上階まで走り抜ける。 「懐へ入れ」 中庭に面した窓ガラスの最後の一枚。 フェイが上着の中に入ったのを確認し、窓を割りながら飛び出した。 (よし) 計算通り、渡り廊下の屋根へと着地する。向こうの棟の罠はホムラが走りながら作動させてきたはずだから、容易に近付く事ができるだろう。 と、 「!!?」 窓まであと数歩、という所で足下がなくなった。 「ホムラと行け!!」 私は咄嗟にフェイを窓に向かって投げ飛ばした。
(底が見えない・・・) 渡り廊下を通り過ぎ、延々と暗い口を開けている穴に吸い込まれていく。このままでは墜落死だ。だが、両手を伸ばしても壁に触れる事ができない。 (何かある) 行く先に白いものが見えた。 (綱・・・?) 違う。まずい。巨大なクモの巣だ。おそらくティエッフェの。 私は仕込み刀を抜き放ち、獲物を待ち構えているそいつに剣先を向けた。
×××
「あれ?なんでフェイだけなんだよ」 キモイ集団を足止めして二階の屋根に飛び移ると、反対側にフェイがいた。でも、あっちの棟に入ってはない。 『ルレイはそこの穴に落とされてしまったのじゃ。ワシはあ奴に投げ飛ばされて、落ちずに済んだ』 フェイはしきりに鼻をこすってた。たぶん、投げ飛ばされた時にぶつけたんだろ。 「じゃあ、早く助けに行こうぜ!!」 『いいや。“ホムラと行け”と言付かった。このまま進んであの目ん玉達が何なのか調べた方が良いじゃろう。城からの脱出方法も、もしかしたらわかるやもしれぬ。それに、ルレイならば自力でどうにかするじゃろ』 「そっか・・・そうだよな。ルレイ、ああ見えて強いもんな!大丈夫だよな!」 ルレイの事は正直心配だったけど、信じて待つのも相棒の勤めだよな。心の中で頷いて、フェイを抱えて窓を蹴破った。壁や床には、俺が殺されそうになった罠の残骸で一杯だ。 『それにあ奴には、死ねない理由があるようじゃしの』 「何だよそれ」って聞き返そうとしたんだけど・・・・ 「げっ」 口から出たのは全く違う言葉だった。 蹴破った窓の外から、たぶん庭にタムロってた奴らが壁をよじ登ってきやがった!! 『さっさと行くぞ!!』 「今日走ってばっかじゃねぇかちくしょー!!」
バタンッ!!
乱暴に鉄扉を閉めて、肩で息をしながら扉を押さえる。 「フェイ!なんかつっかえるモノ!!」 手の平に、扉を開けようとする振動が伝わって来る。フェイがくわえてきた棒やらなんやらを、手当たり次第取っ手に突っ込んだ。 「ふいー(ーДー)=3 これでしばらく持つんじゃね?」 『アレだけの量に襲われたら、ただではすまんからのぅ。開かない事を祈るわい』 そうだなって相槌打って、改めて部屋の中を見回す。気持ち悪いあいつらに追い掛けられながら、この事件の発端であるこの部屋に来たわけだけど・・・・ 「オリ?」 『檻じゃのぅ』 「檻、だよなぁ」 『そうとしか見えぬのぅ』 「・・・・・・・」 『・・・・・・・・・・』 「これだけ・・・?これだけなのか?なあフェイ!?真夜中に走り回されてルレイに殺されそうになって、あんなに苦労してやっと辿り着いた先にあったのはこれだけ!?ただ骨が入ってる檻だらけの部屋だけ!?」 『言うでない。余計に虚しくなる・・・』 くっそー!!期待はずれもいい所じゃねぇか! 頭を抱えて部屋の真ん中でうずくまった。今すぐ物に当たりたいけど、檻相手じゃこっちの脚が痛くなるしーぃ。 「うー・・・・あッ」 『何じゃ?』 「外にはキモイ奴らがいるだろ?ここ、窓ないよな?・・・俺ら、どうやって出ればいいんだ?」 『・・・・・・・・・Σ(°Д°)!!』
×××
闇だ。 最初に認識したのはそれだった。 次いで、体の痛みに顔をしかめる。うつ伏せに倒れていたらしい。 (ここは・・・) そうだ。屋根の落とし穴に落ちて・・・。 「――――っ!」 そこでようやくハッとする。 先程の蜘蛛型のティエッフェがまだ動いていた。 刀も刺さったままだった。 軋む体を持ち上げ、よろめきながらも私はティエッフェにトドメを刺した。
(左腕を痛めたか) 折れてはいないが、ヒビぐらいは入っているかもしれない。 腕を庇いつつ、周囲を伺う。 地下のようだ。窓の一切ない、四方を石の壁に囲まれた空間。――いや、一カ所だけ奥に闇が伸びている。上に戻る事は到底できそうにない。この道を行くしかなさそうだ。 どれほど落ちたのだろう。 定かではないが、5階分は落ちたのではないだろうか。それがわかったところで何も変わりはしないのだが。 と、急に開けた空間に出た。半径5メートル程の円形に切り取られた空間・・・それだけだった。何も置かれていない。 (行き止まりか。さてどうする) ただの袋小路にしたいのならば、わざわざ横道を造るまでもない。と、いうことは・・・ (使い時か) 私は神経を目に集中する。 視界が数秒霞み、石の壁が半透明になる。 その状態のまま、ぐるりと一周見回し――
(あれは・・・・) 近付いて壁に触れる。壁の向こうに部屋がある。この辺りに石壁を開ける仕掛けがあるはずだ。 (―――ん?) しばらく調べていると、石組みのひとつが凹んだ。すると、今まで行く手を阻んでいた壁が、溶けるように消えた。替わりに現れたのは、木製の扉だ。 押し開くと、何とも言えない臭いが鼻腔を突く。薬品とカビの臭いだろうか。中心にステンレスの作業台があり、たくさんの実験機器が置かれていた。足下には爬虫類の骨が散らばっている。戸棚を覗くと、人体の内蔵や手足など、人ひとり分の部品が全てホルマリン漬けにされていた。その中に爬虫類の標本もある。 壁にロウソクが立てられていた。順に点けて、改めて見渡す。 (実験室、か) いったい何の実験を行っていたのか・・・。 奥のもう一部屋は、資料室のようだ。書籍が壁一面を覆っている。 (生物学、人間工学、解剖学、宗教学、哲学、民俗学・・・ずいぶんと広範囲だな) 棚には、専門的な書籍から、ごく一般の小説や童話まであった。 (もしかしたら・・・) 求めているものがあるかもしれない。私はざっと見渡し、関連しそうなものから順に調べていった。
「これは・・・」 数時間後、分厚い本の間に埋もれていた用紙を見つけた。何気なく引っ張り出してみると、どうやら実験記録らしい。 (と、いうことは・・・・ホムラ達の方はハズレだったかもしれないな) 少々気の毒だが、あの二人ならばどうにかして切り抜けてくるだろう。ダメだったのなら、それまでだ。 興味を手にした紙面に移し、細く癖のある文字を目で追う。 研究の発端、興味、材料、過程、成果・・・その全てが――― (ティエッフェを改造するだと・・・!?)
何だこの資料は
何なんだこの技術は
日付からして明らかに50年以上も前だ。
だがしかし、未だかつてこれほど高等な技術を私は見た事がない。世界広しと言えども、この技術の片鱗さえどの国にも見る事はなかった。
機械と生物の、有機質と無機質の融合。
遺伝子的に全く異なる二つの細胞を持つ生き物・・・。
移植どころの話ではなかった。
凡そ、物語の中で神のみが許される行為―――新しい生命の制作実験だ。
(誰なんだこんな事を考えた奴は) 50年も前の資料だ。当人はあ他界している可能性が高い。しかし、その前にこの技術を誰かに伝承しているかもしれない。 最後のページを開く。
【 P 】
紙の端に、それだけが描かれていた。 他の資料を見るも、サインらしきものが書き込まれているのはこの実験記録だけだった。 (“ P ”・・・いったい、何者だ・・・?) 意味もなく、私はしばらくその紙面を睨みつける事しかできなかった。
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