「ぎりぎりセーフ!!」 伊達眼鏡を掛けた黒髪、長身の男が重厚な扉を蹴破る勢いで開け放った。 『ホムラがあそこで馬鹿食いさえしなければ無事に着けたものを・・・』 小言を言いながら、小さなリスネコがホムラに続いた。完全に中へ入ってから、ブルブルと水滴を飛ばす。なぜ動物が喋るのかは・・・今は言わないでおこう。 「うるせーんだよ、フェイの分際で!食わぬは一生の恥tっつうだろ!?食える時に食わなくていつ食うんだよ!!」 『お前はいつでも食っとるじゃろうが!』 (またか・・・) 二人のやり取りにうんざりしながら、私も豪奢な造りの扉を抜ける。ざっと見渡す限り、百年ほど前に建てられた城のようだ。 「んなことねぇよ!この頃は1日5食で我慢してるんだぜ!?なっ、ルレイ?」 『それのどぉーこが我慢じゃ!?普通の人間は1日3食じゃろうが!ルレイに至っては、1食で済ます日もあるのじゃぞ!?のう、ルレイ?』 「・・・・・・・・・」 思考回路が食欲を満たすためだけに使われているホムラと、動物のくせによく回る舌を持つフェイを無視して、私は中央から左上へ伸びる階段を上がっていった。 「って、ちょっと!Σ(0Д0;)」 『ナチュラルにスルーするでない!!』 さて、忘れないうちに紹介しておこう。 大きめの帽子を目深に被り、双眸に包帯を巻いた盲目。そして―― 「馬鹿やってないでさっさと安全確保してこいボンクラーズ」 「『こいつと一緒にするな!!』」 この二人のツッコミ役。それが私だ。
雨は本格的に降り始めたようだ。 静まり返った城の窓に、大粒の雫が激しく打ち付ける。 この先にある国へ依頼を受けに行く途中だったのだが、この雨では当分動けそうにない。屋根があるだけましだが。 水煙で霞む窓から、荒れ果てた町並みが見える。城下町だったのだろう。区画が今でもハッキリと区別できる。これだけ整備の行き届いた町だ。それなりに繁栄していたのだろうが・・・。 (壊れ方に違和感を覚えるな・・・) 大きな戦でもあったのだろうか。石造りの壁には焦げ後が見られたし、明らかに人為的に壊された箇所が目立つ。そんな街の状況に対して、この城は無傷に近かった。年月分のホコリは積っていたが、少し手を入れれば今でも十分に住める環境だ。 そう、そこが懸念すべき要因の一つだ。もしかしたら、先客がいるかもしれない。
ピルルルルル
ひとつひとつ部屋を確認していると、携帯が鳴った。ホムラの着信音だ。 「なんだ」 『ルレイ、何か変な気配がするんだ』 「どこにいる」 『今?え――っとぉ・・・』 「・・・迷ったのか」 『いや、そのぅ・・・あ、あっははははははは・・は・・・』 「そこから一歩も動くな」 『えっ!?Σ(○Д○;)便所行きたくなったらど――――』 電源を落としてやった。 (フェイがいながら、何故迷う) また喧嘩でもしていたのだろうかと予測しつつ、反対側の棟へ急いだ。
彼らは5階にいた。 廊下の半ばでヤンキーのようなしゃがみ体勢からピョンと飛び上がり、 「ルレイ〜!!心細かったよ〜!!(>□<;)」 「くっつくな気色悪い」 「ぐえっ!?ちょっ、ルレイルレイ!このままだと首がコーヒーカップみたくぐるぐるしちゃいまーす!!」 いきなり抱きつくホムラの顔を片手で押し戻しつつ、フェイに説明を求める。 『こ奴が何を言ってきても黙りを決め込んでやったんじゃ。それより、あの部屋なんじゃが・・・』 そう言って、廊下の先を指す。近付くと、大きな南京錠が掛けられている鉄扉があった。 「ずいぶんと厳重だな」 「そうなんだよ!ぜんっぜん開かねぇの。しかも、中でカサカサ物音するしよー・・・」 「お前がどんなに開けようとしても開かなかったんだな?」 「ん?そうだけど?」 『それがどうしたのじゃ?』 「外から鍵が掛けられている。かつ、馬鹿力のホムラでさえ壊せなかったのなら、中に何がいようとも出て来る事はできない」 『そう、じゃのう』 「ざっと見回ったが、危険要素はこの部屋だけだ。今夜はここに泊まらせていただこう」 「ええ!?Σ(○Д○;)こんな気味悪ィとこに泊まるのかよ!?嫌だよ!何か出たらどーすんだよ!!」 「“何か”とは何だ?」 『はっはーん・・・。お前、お化けが怖いのか?( ̄ー+ ̄)』 「ち、ちげーよ!そんな訳ねぇだろ!?俺様を誰だと思ってんだよ!ユーレイ!?んなもん、ソッコー・ゲンコでボコしてやるよ!!」 「頼もしい限りだ。―――向こうの棟に寝室があった。行くぞ」 『お主・・・ベッドがあるというのが本音じゃな?』 携帯用ろ過装置で雨水をこし、飲み水を確保した。これだけ雨が降っていると、水には困らない。 「どこ行くんだルレイ?トランプしようぜー」 「体を洗ってくる」 「えっ!?風呂あんの?お湯出んの!?」 「水で拭くだけだ」 「なーんだ。・・・・なあ、こんだけ雨降ってんだし、ベランダで――」 「裸踊りなら独りでやっていろ。誰も見ていないのだから安心して踊れるぞ」 『おお!良い案じゃ!よし行けホムラ!!』 「誰がやるかよ!!\(*`Д´)ノ」
(包帯も洗わなければ) 先程余分に雨水をろ過しておいたため、存分に使える。 隣の部屋ではまだ争う怒鳴り声が聞こえていた。飽きないものだなと関心しつつ、眼から頭部にかけて巻かれている包帯を解いていき―― 「―――!!」 「ルレイルレイ!フェイがあう!!」 グワンッと小気味良い音がして、突然入ってきたホムラが倒れた。私は素早く帽子を被り、侵入者の顔面に直撃した空の容器を拾う。 「いきなり物投げる事ねーだろ!?」 「いきなり入って来るなと何度言ったらわかるんだ」 絶対に見られぬように帽子を押さえつつ、彼を立たせて外へ押し出した。 (見られたか?――いや、完璧なタイミングで投げつけたはずだ。おそらく・・・) 「・・・ルレイってさ・・・」 ドア越しの、いつになく真剣な声が私の心臓を跳ね上がらせた。――いや、何を動揺している。例え結果的に彼らが離れていこうとも、また元の生活に戻るだけではないか。 何も変わらない。変わるはずが、ない。 「そのぅ・・・」 「・・・何だ。ハッキリ言え」 (何だ、今の声は。本当に私の声なのか・・・?) 自分でも驚くほど弱々しく震えていた。 「う、うん・・・その、ルレイって――」 鼓動が早鐘のように鳴り響く。手の平に、爪が食い込む。 (・・・言うな・・・)
「ルレイって、本当に男だったんだな」
バンッ!!!
「ぅおう!?」 思い切りドアを殴った。 「わっ悪ィ!いや、だっていつも長袖だし、ハイネックだし、華奢だからてっきり―――」 「馬鹿か貴様は!れっきとした男だ!何度言ったらわかる!?」 珍しく声を荒げる己がいた。怒りが沸いている。その反面、ほっとしてもいる。何なんだ、この感情は。 「だからゴメンって!ちゃんと確認したからもうこれから“女かも?”って思わねぇ!だから許してよルレイ〜°・(ノД`)・°。」 (確認・・・?) 「それにしてもお前、色白すぎ!体細すぎ!もっと飯食えよー」 「関係ないだろう」 (ああ、上は何も着ていなかったか) どうでもいいことだ。 もう、何でもいい。今日はさっさと寝よう・・・
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