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WEISSE 作者:紫苑璃苑

第12回   ノストイ番外編−6−

「旦那ぁ、本当にいいんですかぃ?」
「ああ?しゃあねえだろ。独りにするわけにゃあいかねぇだろ!世の中物騒になってんだし。ね、シグナの旦那」
「………………」
(物騒な事をしている本人が言うかなぁ……)

 結局、あのままわたしはシグナの旦那に抱えられたまま、彼らに同行することになってしまった。あれだけ帰らせようとしていた強面のおじちゃんは、やはり心配だったらしい。「連れてく」と言ったシグナに二つ返事で承諾した。後から来た一番若い小物風情の男は、渋々って感じ。

 シグナの曲げた片腕に座らされたまま、わたしは暗い牢の通路を進む。
 侵入はいたって簡単だった。高い壁をシグナがヒョイと登ってロープを垂らして全員が侵入。外を見回っていた牢番人にコッソリ近付き、顔にシュッとスプレーを一吹き。それだけで筋肉隆々な番人が昏倒してしまった。で、鍵を奪って、門で外を見張ってる人達に気付かれずに扉を開けて堂々と中を歩いてる訳。
 今回ディムロスは、犯人の手口を知りたいからと警備をわざと増やさなかった。だから、通常通りの配置になっているはず。残る番人は交代要員を入れて七人。門の二人と中の見回り二人、待機が三人だ。
 セキュリティーがあるはずなんだけど、中に入る前に壁に付いていた箱をいじってたから、それで警報が作動しないのかな?
「ねえ、ここにおじさん達の仲間が捕まってるの?」
「そうだなぁ。そんなところか」
「正確には依頼されてって感じ?ねー、旦那?」
「…………」
「ああ?てめぇ、関係ない奴に何ベラベラ喋ってんだよ。話すんじゃねぇよそういう事はよぉ」
「何でこんな事するの?」
「そりゃあおめぇ、表でコツコツ稼いでる奴がいれば、裏でコツコツ稼いでる奴もいるってことだ」
(ベラベラ喋ってるじゃん……)
「仕事、なんだ。……じゃあ、牢にいる人とあなた達の間には利害関係しかないんだね」
「ん……?まあそうだけどよぉ」
「失敗したらこっちが捕まっちまうから、金だけじゃねえけどな!ひゃははっ!」
(うわ……)
若い方の笑い方にちょっと引く。

 それにしても――

 わたしはチラリとシグナを仰ぎ見て、首を傾げた。
 彼らか仕事で囚人を脱牢させているという事は、依頼主がいることになる。何が目的なのかとか、聞いてる可能性はあるのかなぁ?ディムロスに聞きたくても、こんな状況じゃ聞けない。それに、さっきからスピーカーから何も聞こえないから、向こうが今どうしているかもわからない。
(とりあえずこのままこの人達といていいのかな?)
指示がないっていうことはそうなんだろうなと思って、シグナ達がそれほど悪い人じゃないことに感謝した。
「ちわ〜。助けに来てやったぜー?」
チャリチャリと鍵を回しながら若い男が中を覗き込む。暗闇に目を凝らすと、鋭い眼光に睨まれた。
「子供がいるじゃねぇか」
「あー。ま、無視してくれや」
「助けてくれれば文句は言わないさ」
「そりゃ助かるぜ!」
会話しながら鍵穴に鍵を差し込む。と、
「――――」
シグナの体がピクリと動いた。どうしたのかと見上げると、通ってきた廊下の先を見ている。
「ん?おい、デカいの。どうした?」
「くる」
「やっべ!見回りっすか!?」
「とっととトンズラしやしょう!」
ガチャガチャと慌てて鍵を開け、牢屋を開けたその瞬間!

「うっ!」

目の前を何かが通り過ぎたと思ったら、強面のおじちゃんが倒れた。
 辺りにサッと緊張が走る。牢に入ってたおじさんと、若い男が身構え、シグナは飛んできた物をおじちゃんの腕から引き抜いた。柄の部分が輪っかになってるタガーだ。
「てめぇら!何モンだ!!」
「あっ!」
闇からすうっと現れたのは、ディムロスとトルバだった。
「犯罪者が自ら牢屋に来るとは……手間が省けるな」
「おとなしゅう捕まってるくれれば、痛い目見ずにすむで?」
「へっ!細っこい優男とオッサンに何ができるんだってんだぁ?」
二人はその言葉に顔を見合わせ………笑った。そしてその顔のまま、
「人を見かけで判断するのは良くない。教養のない彼らにキッチリ教えて差し上げねばな、オッサン?」
「せやなぁ。人が気にしてることを口にするときは、気い付けなぁあかん事もなぁ。なぁ、細っこい優男はん!」
……下手な脅し文句より迫力がある。っていうか、お二人さーん?目が笑ってませんよー?
 ディムロスとトルバは暗闇を利用して二手に別れ、あっと言う間に間合いを詰めてしまった。若い男と牢から出できたばかりのおじさんがパタリと倒れ、牢屋に放り込まれた。早すぎてよく見えなかったから、途中経過は詳しくわからない。
ガチャン!と鍵を閉めたところでシグナと向き合った。

「彼女を離せ」

暗い通路に冷たい声が響きわたる。
(雰囲気違う……)
ディムロスは無表情だった。けど、仕事をしている時の無表情とは違う気がした。どこか、怖い。
「独りでワイらに適う思わん方がええで?さっきの見たらわかるやろ?大人しく捕まってぇな」
「…………」
シグナは答えない。その代わり、そっとわたしを降ろしてくれた。
「迎え」
「えっ?」
「仲間、だろう?」
そう言ってディムロス達を見る。
(やっぱり、気付いてたんだ)
「でも、何で……?」
「夜に一人は危ない」
「……ありがと」
意外な言葉に、思わず笑みがこぼれた。同時に疑問が浮かぶ。こんなに良い人が、どうして脱牢の手伝いなんか請け負っているんだろう?
「セリナ」
呼ばれて、ディムロスに歩み寄る。頭をくしゃくしゃ撫でられた。
「怪我は?」
「ないよ。あのね――」
「すまない、話は後にしてくれ」
グイッと彼の後ろに移動させられた。もう戦闘態勢に入ってる。
「さて、どうする?このまま大人しく捕まるならよし。さもなくば……」
「捕まりたくない」
「……抵抗、するんだな?」
「……………………」
 張り詰めた空気が肌に痛い。
 ディムロスは剣を持っているけど、シグナは未装備だ。体格に差はあるけど、とちらが優勢かはわかる。でも―――



「ストーップ!!」



わたしはバッと二人の間に入った。
「嬢ちゃん!自分、何しとんのや!?」
「セリナ、退いてろ!」
「どかない!ちょっと待って欲しいの!」
「何を言って………」
わたしはキッとディムロスを睨んで黙らせた。
「シグナさん、あなたは何のためにこんな仕事をしているの?」
高くて暗闇に隠れてしまいそうな顔を見上げて、問う。しばらくの沈黙の後、低く響く声が答えた。
「金が、必要なんだ」
「どうして?」
「弟が、病気」
「難しい病気なんか?」
トルバが問うと、ディムロスも柄から手を離して話を聞く体勢になってくれた。
「医者が言うには」
「だが、何故こののような仕事を選んだ。お前なら真っ当な仕事でも稼げるだろう?」
「……スラムの生まれ、だから」
「…………」
 スラム……。今はだいぶ数が減ったらしいけど、未だに各地に残る傷痕。先の地揺れで多くの死者と、孤児を残した。その孤児が互いに身を寄せ合あった集落に、人生を失った人、世を捨てた人が集った。そんな、行き場をなくした人達が住む場所だ。本来なら手を差し伸べてあげるべき人達を、差別視する人もいるらしい。それは生きていく為に悪事を働いてしまった人もいたから。ほんの一部の人がやったことなのに、目立つからどうしても悪い印象が抜けないみたい。スラムの出でなくても、悪い人は悪いのに………。
「何で、話そうって思わないのかな……」
「セリナ?」
「ちゃんと向き合って話せば、シグナさんみたいにすごく優しい人もいるのに、どうして決めつけちゃうのかな……?」
「嬢ちゃん……」
 なんだかすごく悔しかった。
 手の平に食い込む爪の痛さも忘れて、知らず知らずの後ろ内に手に力が入る。
 同じ人間なのに、ただ生まれが違うっていうだけでしたくもない事をやらなくちゃいけないなんて……。
「……人間は醜い」
ディムロスがポツリと呟いた。顔を上げて振り向くと、彼は悲しそうに目を伏せていた。
「平等を謳(うた)っていても上下関係はあるし、奇人は変な目で見られる。所詮は自己中心的な生き物なんだ。だから差別も生まれるし、悪人も生まれる」
「………………」
「何も罪を犯していない、真っ白な人間なんていない。反対に、真っ黒な人間だっていないと思うんだ。――かく言う私も、盗みを働いた事があったしな」
「えっ!?」
驚いた。エウノミアルになるような人だから、さぞかし汚れのない人生を歩んできたものだと思っていた。
「生きていく為に、な」
ふっと微笑みを見せた。いつもの優しい笑い方じゃない。自虐的で、影のある笑み……。
「だが、どんな理由でも罪が正当化される事はない。罪は――」
「“その者の一生をかけて償うべきだ”やろ?お前の口癖やもんなぁ」
「まあな。だから私は、この世界に住む人達に今以上に罪を増やして欲しくない。そういう思いをもって日々エウノミアルをしている」
真っ直ぐ、シグナさんを見つめた。
「そして、自分の信念を通すために、どんな人にもチャンスを与えている。――あなたに、罪を償う意思はあるか?」
「………ある。しかし――」
「弟の治療費や生活費は当面面倒をみてやろう。新しい医師も紹介する。正直に全てを話せば、刑期も短くなる。ただし――出てきたら当分タダ当然の給金で働いてもらうぞ?」
「ありがとう……」
石みたいに動くことのなかったシグナさんは、ふわふわと浮かぶ雲のような優しい笑顔を見せてくれた。

***

「何故彼らについて行くような真似をしたんだ」
「あの流れじゃそうするしかなかったじゃん!聞いてたら助けてくれたっていいのに!」
「俺が出て行ったら計画が台無しになるだろう。失敗して今後警戒を強められたら、また対応を考え直さなきゃいけなくなる」
「あーはいはい。それは悪ぅございましたね!あの時わたしが大きな声を出さなきゃ、ディムロス様の計画に支障は御座いませんでしたものねー?」

トルバが呼んできた牢番人達に、シグナさん一行が連れて行かれた。私たちは空き部屋で調査の結果が出るまで待機することになったんだけど………。

「彼らが比較的温和な性格だったからよかったものの、血の気の多い輩だったらどうなっていたか……」
「その時はその時!違う方法でちゃんと逃げるもん!」
ゴツい給仕さんが出て行った途端、説教が始まった。冷静に淡々と言うところがムカつく……。
「だから、そういう事態を避ける為に絶対出て来るなと言ったんだ」
「だーかーら!ゴメンって謝ってるでしょ!?」
「あー!!な、なんかワイ、腹減ったわ!食うもんないか聞いてくるわ――じゃ!」
トルバが言い訳がましい言い訳をして、この空間からコソコソ出て行った。途端に、白けた空気が流れる。
 向かいに座っていたディムロスも、カタリと立ち上がる。プイってそっぽ向いてやった。
「はー……」
深いため息が背中の方で聞こえて――
「!!」
後ろからギュッてされて、心臓が飛び跳ねた。



「………君が無事でよかった………」



囁いた声は、心なしか震えていて……何だかすごく居たたまれなくなって、


「ごめん……」

もう一度、しっかりと謝った。










 〜と、とりあえず〜
  この辺で切ります。
  色々どうなったんだ!っていうツッコミが聞こえますが・・・。
  またご要望があれば続き書きます。ここで切っておかないと、永遠に続きそうだ・・・。
  という事で、次回からはちゃんと連載中のヴァイスに戻しますよ!(+・`ω・´)b☆

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Novel Editor by BS CGI Rental
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