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三日後の夜。 私たちは牢屋の外にある茂みにいた。 トルバが持ち帰った情報を元に調べを進めて行くと、近々ここで脱牢する計画がないという確証はなきにしもあらずという、なんとも回りくどい情報を手に入れたのだ。 で、牢番人の協力を得て張り込みをすることになった。 「不振人物を見つけたら即、連絡を入れてくれ。迷いはいらない。間違っていても良いから、とにかく迅速に連絡する事」 「うん」 茂みの中で最終確認。トルバはもう、定位置に着いてるはず。 「通信機の使い方はもういいな?」 「大丈夫」 「いいか?絶っっ対に君は出てくるんじゃないぞ。見張っているだけだ」 「えー!?」 「“えー”じゃない。本当はここにいさせる事自体、避けたかったんだ。頼むから大人しくしていてくれ」 「でも、それじゃあ協力者になった意味が………」 「適材適所。私はセリナに血なまぐさいことはして欲しくない」 「うー………」 暗くて顔はわかならいけど、真剣な声をしていた。わたしは何も言えなくなってしまって、結局承諾した。
ディムロスとも分かれ、独り暗闇で膝を抱える。 ウォルターさんに護身術を叩き込まれたから、全く役に立たない訳じゃないのに……。そりゃぁさ、牢番人みたいに筋肉隆々でマッチョな人には適わないけど、普通の人を気絶させる程度ならできる自信はある。ディムロスだってなかなか筋が良いって褒めてくれたのに……やっぱり、わたしじゃ力になれないのかな……。 そんな風にウジウジしていると、 『じょーおーちゃんっ。どや?もうかってまっか?』 「ぼちぼちでんなぁ―――って、ちっがーう!」 トルバだ。あまりにもナチュラルに言ってくるから乗っちゃったじゃないか! 「えぇツッコミや!やっぱ嬢ちゃん素質あるで。ツッコミだけのことやないで?ディムロスが気に入んのもわかるわぁ」 「えっ……そう、なの?ディ――」 「今ぁ、つながっとらんでぇ。ちょいと細工しといたさかい、今はワイにしか聞こえとらん」 いつの間にそんな細工をしたんだろう……。 「そうなんだ。……でもさ、さっきディムロスに不審人物を見つけても動くなって言われたの。初任務だからってのもあるだろうけど……わたし……その、邪魔になってないかな?ちゃんとディムロスの役に立てれるかな?」 『ディムロスは使えん奴は傍に居させん。厳しいようやけど、互いの為なんや。雇いました、怪我して死んでしまいましたじゃ洒落んならんやろ?せやから、ディムロスに選ばれた時点で嬢ちゃんは充分協力者である資格があるんや。』 「う、ん……」 『ま、役に立つ立たないは嬢ちゃんの努力次第やな。難しく考えんで、嬢ちゃんなりに頑張れば結果は出るで?』 「そっか………。うん、わかった。ありがと、トルバ!」 「ええって。これからもなんかあったら何でも相談してや」 得意そうな声に、わたしは思わずクスリとしてしまう。会ったばかりなのに、ここまで打ち解けてしまうのも珍しいなぁ。 『っちゅう訳や。自分、言葉足らん時あるで気ぃ付けや、ディムロス』 (……………ん?) 『そういう話は本人のいないところでしてくれ』 (んんん!?) 『いないやん』 『姿の事じゃない馬鹿が。嘘をつくなら貫き通せ』 「―――トルバのバカー!!!!」 通信機に向かって思わず叫んでしまい、
「あ」 「あっ!」
「小娘!てめぇこんな所で何してやがる!」 (みみみみ……見つかっちゃったぁ!) 見るからに悪そうな人相だ。 「こんな夜更けに友達と隠れん坊かぁ?ああ?母ちゃん心配すんぞ。家はどこだ?送ってったる」 (………あれ?意外と良い人?) 人相の悪いおじちゃんはわたしを立たせて、パタパタと土をはらってくれた。 (ここは、ただの子どもの振りしといた方がいいよね) 「あ、あの……ごめんなさい。両親と喧嘩して……お家に帰りたくないの」 自然に見えるように祈りながら演技開始!ナギ仕込みの演技力、見せてやる! 「だからってなぁ、こんな危ない所に来なくてもいいじゃねえかよ」 「だって、ここなら誰も来ないもん。ねぇ、お願い!家には行かないで!」 「っつってもな……今からしなきゃいけない事もあるし……」 「何するの?手伝う?」 「あぁ?んなのダメに決まってんだろ!とっとと帰れ!――クソ!時間なくなってきたじゃねぇか。これじゃ送って行けねぇよ」 「……やだ!お願い独りにしないでっ!」 叫びながら、ギュッとおじちゃんのお腹に飛びつく。あ、ちょっとメタボリックなお腹。 その時、ピアスのスピーカーから押し殺した笑いが漏れた。おじちゃんにも聞こえたかと思ったけど、大丈夫みたい。 『まさか、飛び付いたりしてないだろうな』 『嬢ちゃん、ナイス演技!続けて続けて』 ディムロスの不服そうな声と、トルバの楽しげな声だ。じゃあ、ご要望にお答えしなくっちゃね? わたしはディムロスに渡されていた発信機を、おじちゃんのシャツの裾裏に取り付けた。本当は、わたしが迷子になったり拉致られた時用なんだけどね。 「お兄ちゃん、お願い。連れてって?あんな所、帰りたくないの!」 「ううう………」 人の良い人相の悪いおじちゃんは、相当逡巡〈しゅんじゅん)している。と、 「あんなぁ、小娘」 わたしの肩をつかんで引き剥がし、大きくため息を吐いた。 「はっきり言う!オレァ悪人だ!悪い人なんだ!人を傷付けた事もある!一緒に居ていいような人間じゃぬぇんだよ。わかったら、さっさと帰れや」 (あー……なんか諭されちゃった。どうしよう?これ以上食い下がると怪しまれるかな) 『セリナ。退け』 (了〜解) 心の中で頷いた。 「悪い人……なの?」 「そうだ!だから、あーんな事やこーんな事もするんだぞ!」 「あ………」 (言葉に迫力がないなぁ) 本心とは正反対に、表情を強ばらせて後退り―――
ドン
背中が何かに当たった。後ろには何もなかったハズなのに…… 「あ……シ、シグナの旦那!?」 おじちゃんがわたわたと慌てた。恐る恐る振り返ると、二メートル以上はありそうな黒い人型の壁が。 「ひゃあ!?」 それが何なのか確認する前に、わたしは壁に持ち上げられた。まるで、父親が子供をタカイタカイするみたいに軽々と。 「………子供」 月明かりに照らされたそれは、目の据わった大柄な男の人だった。 (うわあ目線高っ!――って、違う!) 「は、放して!」 ようやく状況を理解したわたしは、ジタバタ暴れて、 「ふわぁ!」 文字通り、放された。尻餅をついたわたしは、痛みに呻きながらも二人の会話を聞く。 「だ、旦那!ひでぇじゃないッスか!何も落とさなくったって……」 「放せと」 「そうは言いやしだが……か弱い女の子なんッスから、優しくしてやってくだせぇ」 どうやら、この大男の方が立場は上みたい。二十代後半ぐらいかな。年上の人に旦那って言われてるのも変な感じだ。 「……で」 「へ?あ、ああ。家出らしいんスよ。家に帰りたくないとか。こんな遅くに独りにする訳にはいきやせんし……」 「……………」 影がジッと見下ろしてくる。ど、どうしよう……。 と、次の瞬間、また持ち上げられた。 「ああああああのっ!あ、あなた達、わっ、悪い人なんでしょっ!はな……降ろして!帰るから!ちゃんと帰るから!」 (って言うか、マジで帰してくださーい!) 「何を……知ってる?」 「えっ?」 (まさか、バレた?) 「シグナの旦那ぁ!遅れやしてすいまっせーん!」 ああ…、また一人増えちゃった……。
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