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i n f u s e 作者:さくらみなこ

第9回   < 8、偽善者 >

朝の日の光がわずかな隙間から差し込んで、
ここは船内だと気づくのに、さほど時間がかからない・・・。

天井の壁は?

自分の部屋でないことの
感覚がわかったときのため息がでる。

やはりあの場所への懐かしさが
悲しいほど切ない。

ドアが叩かれる音でアルテも目を覚ます。

ロイが両手に大きな袋を持ち
船内に入って来た。

袋の中から医療器具や医薬品を取り出し
テーブルの上に並べる。
「どうやら、この地は病に侵されています」
注射器に薬を入れ消毒液を綿に湿らす。

まずロイ自ら自分の腕に接種してみせた。

「リオンさま、腕を・・・」
そう、男であるリオンとロイには
病原菌の抗体がないために
予防薬を用意してきたのである。

「この島にも魔が侵略しつつあるってこと?」
「いえ、すでに蔓延っています」

注射器の針に痛そうな顔をするリオン。

「ロイ、優しくしてあげて!」
自分が挿されたような顔をするアルテを見て、
リオンは目を細めクスッと笑う。

病気という病気を知らないアルテ。
文字通り全ての病原菌の抗体を持つ両性体アルテに
予防接種は必要ないのである。

両性体に死があるとすれば
事故や老衰だけなのだ。
ただ、人の心の痛みを人一倍感じ取ってしまう性質が
自分たちの心を弱めて精神が分裂し、体の衰弱で
最後になってしまうこともまれではない。

そして袋から取り出されたもう一つのものが
テーブルに置かれた。

数十枚が重ねられた紙の束。

「お金というものです」

アルテが近寄りまじまじ見る「お金?」
「そう、ここでの人々はこれで欲しいものを手に入れます」
「手に入れる?」
「正確には買うと言います」

リオンも紙幣を手にとる。
「買う」

緑色地では欲しいものがあれば、まず先に
相手の欲しいものをあげてから目的の物をもらう。

それも欲しい分だけあげる。
量など関係ないのだ。

「これをどうやって手に入れた?」

ロイが胸元から黄金色に輝くものを出して見せた。
金(きん)である。
「こんなものを欲しがる?」

緑色地では単なる装飾品の材料にしか過ぎないものが、
ここでは人の命まで手に入れられるくらい
価値があるくらいだという。

リオンはクスクスと笑った。
「そんなことありえないよ」

しかし・・・それが事実になることへの時間は
大してかからなかった。

三人が歩き出すこの地の空気は濁っていた。

空が灰色だ。通り過ぎる人々に笑顔は無く、
死んでいるような眼差し。

そうかと思うと鋭い目つきをした男が
まじまじ自分たちを見る。

何かを疑っているような・・・。
これは、まるで・・・想像していた青色地とも思えた。

体に感じてくる風景は殺風景で、すべての人が
自己中心的に動いているように見える。

「帰ろうよ・・・」
リオンの腕にしがみ付き周りの様子を
恐々みるアルテ。

けれど今、自分たちはやるべきことがある。

この人々とどう関わっていけばいいのだろうか?
アルテの手を強く握るリオン。

と、一人の男が誰かに難癖をつけている。
どうやら肩と肩がぶつかったらしい。
そんなことで?

そもそもこんなことの光景を見たことがなかった二人。

その喧嘩の罵声はどんどん激しくなり
殴りあいにまでなった。

口から泡をふきバタッと一人の男が道端に倒れた。

その男のもとへ駆けつけようとするリオンの体を
ロイの片腕が制止した。

「どうして!?」
ロイを睨み付けるリオン。

その行動はリオン一人。

あざ笑って立ち止まる人々。
「まだいたんだ」リオンの行動を横目で見る。
「正義感ってやつですか?」
周囲の人々が高笑いする。

倒れた男を足で突付く。
「うごかねぇや」

リオンは頭を殴られたような衝撃が走った。
心が痛むアルテが震えている。
ロイは二人を無理やり別の場所へ連れて行こうとした。

ロイの手を振り解こうとするリオン。
「だって!彼は傷ついているんだ!」
益々笑い出す人々。

「もう死んでいるよ」
笑いながら言う人々の顔。
悪魔というものが存在したら、これが
悪魔の顔かもしれないとリオンは思った。

「何を考えているんだか」
ひそひそとささやく声がリオンの耳に入る。
「偽善者じゃねぇの?」

ほくそ笑む、その男の足元に
生気を失ったような小さな動物が擦り寄る。
「きったねぇな!」
男はすぐさま足で蹴った!

生き物は宙に舞いビル街の壁にぶちあたって
血が吹き出る。
おもわずリオンは自分の体でアルテを覆った。

壁にはべっとりと血の跡が・・・。そう・・・アルテには
あまりにも残虐過ぎる光景だ。

最後は怪訝な顔で「チッ!」と舌をならす男。

人々は何事も無かったかのように歩き出す。
リオンとアルテは呆然とした。

男はリオンに向かい罵声を浴びせる。
「おい、おまえ、そんなに良いかっこしたいか?」

リオンの体が生まれて始めて怒りに震えた。

「いいぜ!これで治してやれよ」
その男がリオンの足元に、ばらまいたものこそが、
お金という紙幣だった。

膠着している二人の体を力ずくでひっぱり
ロイはその場から連れ出した。

手をかけなくても、栄養を与えなくても生命力を
発揮する雑草でさえこの地にはない。
荒んだ風だけが三人の頬をかすめる。

「人々と違った行動をとれば怪しまれます」
「おかしいじゃないか!何故あんなことができるんだ!」
そう言いながらわかっていた。
ここは緑色地じゃないんだ・・・。

行き場のないこぶしを
どうすれば良いのかわからずにいるリオン。

そんなリオンの気持ちを
突き刺さるように感じ取ってしまうアルテは
涙を浮かべ二人に訴える。
「こんなところに神聖な場所があるはずがない!」

リオンの背中ですすり泣くアルテ。
「帰ろう」「帰ろうよ」
と何度も呪文のようにくりかえして・・・。

国を守るために働く緑色地の人達の笑顔や優しさ、
思いやりは緑色地だけのものだと、
この空気だけで初めて知らされた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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