満ち潮にのせられ波打ち際の岩陰に ゆっくりとペガサスがたどり着く。
船内のドアを開け潮の香りを大きく吸い込む二人。
清々しい空気。朝の日の光が眩しい!
そして波の音だけが響く。
どうやら少なくともこの近くに人間は居ないようだ。 二人は安堵した。
しかし、喉が空からだ。 とにかくまずは乾いた心と喉を潤さなくてはいけない。 二人は手を繋ぎ歩き出した。
砂浜に二人の足跡をくっきりと残し・・・そして その足跡の上を歩く一人の男。 遠退く二人を見つめながら・・・。
どこまでもつづく砂浜。
太陽の暑さも手伝って疲れが極限に達している。
その場に座り込むアルテの額から滴る汗。 それを手で拭ってあげるリオン。
「メテルにもしてあげた?」 リオンがアルテから目をそらす。
アルテらしくない口調だった・・・皮肉の一つでも言わないと、 この疲れの腹立たしい感情を抑えきれずにいる。
その口調は行動まで変え、リオンの手を振り払い 自分で立とうとする体がよろける。
抱きかかえようとした腕を押し退け、 一歩踏み出してはみたもののふらついてしまう。
ついにはその場に倒れてしまった。
「くやしいよ!女でもないのにひ弱な体だなんて! 中途半端なんだ!」 アルテの目から涙がポロポロ落ちて、 重荷になっている自分を悔やんでしまう。
と同時にメテルのような弱々しい柔らかな体を 麗しく思っている自分も惨めでならない。
これは嫉妬なんだ!
今まで抑えてきた感情が 滝のように胸からあふれ出てくる。
側に居るリオンが腹立たしい。
涙を流すと不思議なくらい自分が哀れだ。
けれど、そんな時決まってリオンは 自分に欲しいものを与えてくれる。 だからリオンの次の行動がわかってしまう。 「君は男でも無いんだから・・・」 子供をあやすようにアルテを抱いた。
ほら・・・。
感情を押し殺し、リオンの胸の中で目を瞑る。
裏腹だけど何故かこの想いを晴らしてくれるのは、 やはりこの胸・・・リオンだけが自分を暖めてくれるのだ。
リオンの首に両腕を回し、顔を近づけ、 自分の頬とリオンの頬を重ねる。
頬から伝わる熱いものが 体全体に溶けてゆくのを感じる・・・これが全てで・・・ 体内に満ち足りたものが流れてゆく・・・。
砂浜に風が吹き、時が止まったような静けさの中、 遠くの方に見えるもの・・・アルテのその視線の先には 一人の男がたっていた。
近づいてくる長身の男は・・・「ロイ!」 アルテの声でリオンは振り返った。
緑色の視察者ロイ。 近辺を航海中に緑色地からの通信を得て二人を追ってきたのだった。
嘘のような事実だ!嬉しい! 希望が湧いてきた! もう戻れる事は確実だろうし、なによりも身を守ってもらえる。 二人の安堵はたとえようがなかった。
「帰れるんだね」 アルテの笑顔も輝いていた。
つい、さっきまで、おもい雰囲気だった空気が一変した。
少しの休息をとり、ロイの言われるままに 砂漠のような砂浜から外れ、三人は岩場をよじ登る。
パラパラと足場の岩が崩れるくらいの急な崖だ。
登りきったその先は断崖絶壁。
しかし眺めの先には街が見えた。 この国は青色地でもなければ緑色地でもない。
見たことの無いそびえ立つビルがそれを物語っていた。
二人が目にする始めての風景。 「リオンが見ていた近未来の絵本と同じだね!」
この光景にリオンは驚きを隠せずにいる。
目を細めるリオン。 「この街にあるだろうか?」 ロイに蓮の水を探したいと告げた。
驚くことなく頷くロイ。 「ここは赤色地でも銀色地でもないかもしれません」 リオンを真っ直ぐ見つめる。 「覚悟はできているのですね」 リオンは頷くと同時に 「王は?王はなんと言っている?」 「家臣たちが動揺し始めています」 「じゃぁ、やっぱりアロンが・・・」 「いえ、王は待つと言っておいでです」
目をまるくし、ロイに詰めよる。 「ほんとうに?」 「私も信じられないのですが、だから 家臣たちの動揺が隠せないのです」
まだ自分を信じていてくれると思うと胸が熱くなる。
「リオン!」アルテが優しく微笑む。 アルテを抱きしめるリオン。
「明日からこの地で蓮の水を探すんだ!」 明日からはこの街で・・・。
疲れた。
これでゆっくり眠れる。
そう思い、船内のベッドの上で横になっていても、 次々におこったショックで体が硬直していた。
深い眠りについたと思うと体がびくつき、目が覚める。
けれど、ぴたりと離れずにいるアルテの温もりは 全身が和らぐ心地良さが伝わってくる。
アルテの指と自分の指を絡ませ・・・ 頬でアルテを確かめ、そして抱きしめる。
リオンの喉もとにかかる、深い寝息のアルテが柔らかい。
時が止まってアルテを見つめる空間。
白い肌と長いまつげ。 鼻筋が通った先には、ふっくらした赤い唇。 こんなにも美しかったのだろうか?
絡ませた指は細く、長く、しろく。 その顔が、身体が美しいと感じる切なさが 波の音と共に胸を奏でる。
リオンにとってアルテの存在が、 温もりの輪となって自分を包み込んだ。
これほど自分を安心させるものだとは 今まで気づかなかった安らぎ・・・ 母の愛が得られることのなかった自分には 絶対必要なもの?・・・。
メテルの妖艶な美しさに 胸の高鳴りを覚えた感覚とは違った想い。
親や兄弟とも違う。
何だろう?
この安心感は永遠のような気さえもしたし、 出会う前の遠い昔に感じた温もりのような・・・。
あたりまえのように思えていた いとおしさが胸をしめつける。
この気持ちは極限を知ったから沸き出たものなのか?
今まで気づかなかっただけなのか?
それとも・・・あの夜に・・・ 婚儀の前夜、メテルと交わした約束が アルテへの裏切りとなって切ないのか?・・・。
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