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i n f u s e 作者:さくらみなこ

第13回   < 12、印 >

陽射しが照りつける中、アルテは
リオンの手を引き物凄いスピードで走る。

いつもは逆なのに・・・。

アルテに告げたいことが
重い荷物を背負っているようで
リオンの足が前に進まない。

息が切れ、アルテの手を強く握り、
急に足を止めるリオン。

ひっぱられるように、アルテが振り返る。

「そんなに一直線に走って、まるで
蓮池の場所を知っているようだよ」

再びリオンの手を強く握るアルテ。
「知っている!」

戸惑うリオンをグイッと引き、
数歩前へ踏み出す。

「まって!アルテ、きみに言いたいことがある!」

何も言わずにリオンをみつめるアルテ。

「婚儀の前夜・・・メテルとひとつになった!」

リオンをみつめていたアルテの視線が
下に落ち、顔を背ける。
「そんな・・・こと?・・・」

しゃべるアルテの表情が見えない。

「そんなことって・・・君を、裏切った・・・」

背を向けつづけるアルテは、
小さな、小さな声で言う。
「たいした裏切りじゃないよ・・・」

戸惑い、口をつぐむリオン。

生気のない口調がつづくアルテ。
「・・・だから?私とはいられない?ってこと?」

「違う! この場所に来て初めてわかったんだ! 
不思議なんだ・・・この気持ちは・・・」

リオンの方を振り返ることなく腕をひくアルテ。
「行くよ!」

アルテに対しての、この想いを
すべて、今、告げたかった。

けれど、愛しているという言葉以外に、
何も浮かばない・・・。

その言葉ひとつで、自分を信じてもらえるのなら
幾度でも言えたろうに・・・。

アルテは話がなかったかのように走り出す。

リオンはアルテに身をまかせ、
波際を・・・ビル街を・・・駆け抜ける。

アルテの別人のような体力に、驚きを隠せないリオン。
話には聞いたことがあった。
両性体の未知なる生体とは
こんなことだったのだろうかと頭をめぐる・・・。

気のせいだろうか?
自分たちが走る後を、同じ歩調で
駆けて来る足音が、微かではあるが
リオンの耳に聞こえる。
振り返るリオンの背後には誰もいない。

全力での疲れが
頭をもうろうとさせているのかもしれない。

しかしどれくらいの時を走ったのか?

もう足が動かないと、悲鳴をあげそうなくらいの
辛さを感じたとき、アルテの足は止まった。

そこは、日の光がわずかに
森林の間からいくつも漏れて、静けさが
神秘をもたらしていた。

バタッ!と跪くアルテ。

いくら未知なる力があるにせよ、
男ほどの体力があるとは思えない。

リオンがアルテを抱かかえようとしたとき、
アルテはその手を拒絶するように
背を向け、肩で息をしながら言う。
「この坂の下を見て・・・」

リオンが一歩踏み出すと、辺りの木々たちをうつす沼が、
確かにそこにはあったのだ。

そして、木漏れ日から光を受けた、いくつもの
蓮の花が、みごとに凛として咲いていた。

それは初めての光景だった!

沼は泥で覆われていると聞いていたのに、
現実は鏡のように周りの背景を映し出している。

映し出されるものは光沢があって
生気があるのに、水面は黒く、吸い込まれそうで
恐いくらい美しかった!

沼を目の前にした二人は
しばらく、その情景に溶けていた。

鳥の鳴き声だけが響く中、アルテがポツリと言う。
「聖霊を受ける?」

当然のことにリオンは一瞬言葉を飲み込んだ。
「もちろんだよ!」

「そっか・・・行くよ」
ゆっくり立ち上がるアルテ。

そして魂の抜け殻のような足取りで坂を下りだす。

リオンもアルテの後ろを一歩、一歩着いて行く。

そして沼の前で足が止まる。

笑顔のないアルテの口がゆっくりひらいた。
「きみは受けられないんだよ」

その言葉に、生気が入っていない口調に、
リオンは耳を疑った。

「きみを殺すという事実に、
もう・・・涙も出ないんだ・・・」

「えっ?」

何を話しているのか
良くわからないアルテの言葉・・・
リオンはアルテの顔をみる。

「君と私は歩く道が違うんだ・・・
私は青色人で、小さな頃から君の命だけを
狙っていた・・・私は青色地を守るため、
君は緑色地を守るため・・・
出会った頃から裏切りは始まっていた!」

「何を・・・言っている?」

リオンの手がアルテに
触れようとしたそのとき、真っ黒い銃が
リオンの胸元に突きつけられた!

驚きで硬直し、動けないリオンの体。

そして、静かに足を引きずりながら
後ろへさがるアルテ。

その顔は平淡で口だけが動き始めた。

「はじめて緑色の王に出会ったとき、
私を青色人と知って、王は私に言った。
リオンと私が一つになれば
緑色と青色の理想郷が出来上がると・・・
けれど・・・繋がらないんだ。
幼い頃、青色でみたあの残虐な光景・・・
人々がもがき苦しみ、一方的に
閉鎖してしまった緑色への憎しみを・・・
緑色だけしか考えられない緑色の人々を! 
私のどこかで信じられない・・・
緑色は私たち青色を見捨てたんだ! 
この憎しみは・・・君を・・・
王位継承を受け継ぐ君を殺すことで
青色地の闇を溶かすことができる・・・
緑色の王家を抹殺することで
青色の恨みが晴らせるんだ!」

そう言うと、耳に手をあて、ピアスをはずし、
そのピアスをリオンに見せるかのように
沼の上に腕を伸ばす。

そして動きが止まり、ピアスを離す。

ピアスはポチャリと音をたて
沼に沈んでいった。

そう、アルテの耳の端には、ロイが言っていた
あの蓮の花のタトゥーが印してあった。

そしてピアスを離したアルテの手は
リオンに差し伸べられる。
「もう外していいよ・・・君のピアス。
君を解放してあげる。私が外してあげようか・・・」

拒絶をふりしぼるように、首を横に振るリオン。

「おかしいよね・・・君の存在を消そうとしているのに・・・
君が恋しくてたまらない。
君を求めている・・・
心が壊れそうなんだ。
せめて・・・誰かが責めてくれれば
少しは救われるかもしれないのに、緑色地では、
何の疑いもなく民が私を愛してくれる。
本当の自分は、恐ろしい奴なんだと、知ってくれれば
楽になれるのに・・・
どんな形であれ、君を殺そうとしている私に
罪が無いわけがないのに・・・
感情も無く、痛みも捨て、何年もの間、殺意だけを考える。
安らげるはずの眠りが、
暗黒の地に変わり、体全体が心臓の鼓動となって
恐怖で全身がしびれ、目が覚める。
その繰り返し・・・それでも、作り笑いができて・・・
人間じゃない体の感覚が備わって・・・
この感覚は、この痛みは罰だと思った。
私に下った罰だと思った!
私は、誰のことも愛せる資格なんてないんだ。
ましてや愛されることなんて
望んではいけないんだ・・・」

痛いほどリオンの胸に突き刺さるアルテの言葉。

わたしたちはなんという宿命を
背負わされてきたのだろうか・・・。

リオンの目からは涙が
止めようもないくらい溢れ出る。

アルテを抱きしめたい・・・
こんなに近くにいるのにアルテが遠い。

早く、早くこの手で包まないと
アルテが壊れてしまう。

手を伸ばしているのに、体は求めているのに、
うまく言葉がでてこない。

約束のないときめきが、こんなにも
心をもろく臆病にしている。

けれど言葉は一つしかない。
「愛している」

首を横に振り、その言葉をさえぎるアルテ。

「そう・・・愛している・・・
君がどんな姿をしていたって・・・
君がどんな裏切りをしても・・・
愛している・・・」

目をつむり、銃を持つ手に力が入り、
ゆっくり引鉄を引くアルテの指が微かに震える。

その瞬間、アルテのもつ銃が
バァーンという大きな音とともにとばされた!

そこには肩で息をつき、銃をもつロイが立っていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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