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永遠の時を抱きしめて 作者:今井明菜

第6回   すれ違う心
「れ・・、廉・・・?」
私の口からでた弱弱しい声は、すぐ横に落ちる雨音によってかき消された。
突然の出来事に私の心臓は信じられないくらい速くなっていたけど、私の頬にあたったのが、廉の涙だと知ってどうすることもできなかった。
「・・・・す・・」
廉が押し殺したような声で、何か言った。
「え?」
「・・・・。」
耳に当たっていた廉の息が一瞬つまり、そうして廉の体は私から離れた。
「・・・もう遅いな。帰ったほうがいい。」
廉はいつもの声の調子で、私から体を離した。
廉の瞳から、涙は消えていた。
「送ってく。行こう。」
私が何か言いたげにすると、廉は振り切るように外にでた。
「ごめん、今のことは忘れて。今日はありがとう。」
廉は傘を広げながら、振り向かずにそう言った。
「・・・・。」
そのせいで、私は何も言えなくなってしまった。




廉のその時の行動と、何か言いかけた言葉が頭の中に残ったまま、卒業旅行の日を迎えた。
旅行先はわりと近場の京都だけど、それでもクラスメートとしていける最後の旅行だから、私の心は弾んでいた。
清水寺に銀閣寺、東大寺に宇治の平等院。
京都・奈良の観光スポットを巡っていくと、三泊二日の旅行はなんとも短いものだ。
明日はもう出発の日――。
「なんか寂しい・・。もっといたいなぁ。」
部屋から見える星空にむかって、私は独り言を呟いた。
夜の空気はすっかり冬のもので、お風呂から上がって濡れたままの髪が頬に当たって冷たい。
私は窓を閉めて、敷かれた布団に転がった。
「あれ?そういえば・・、紀子遅いな・・。」
ずいぶん前に出てったきり、部屋に戻ってこない。
誰かの部屋に遊びにでも行ったのかと思ったけれど、なんとなく私は廊下にでて紀子の姿を探した。


探すといっても広い旅館。
廊下にでている人はあまりなく、私は一人ふらふらと歩いていた。
旅館の浴衣には廊下の空気は冷たい。
私は自分の体を腕で包んで寒さを堪えようとした。
その時だった。
「きゃっ・・・!!」
角から走ってきた人影が、私の体とぶつかった。
「・・・紀子!?」
その人影は紀子だった。
私は紀子の表情を見て声を止めた。
紀子の目には涙が溢れていて、紀子は私に気付いたようだったけれど、口元を押さえるようにして走っていってしまった。
「紀子!!」
私の声に振り向かずに階段を駆け上がっていった紀子を追おうとしたけれど、さっきの紀子の涙の理由が私の頭に浮かび上がった。
『もし・・かして・・・。』
私は紀子の来た角をまがり、そこで予想していた姿を見た。
「・・廉。」
私は思わず発してしまった言葉に、思わず口を押さえた。
だけど遅く、廉は私に気付いて歩き寄った。
廉は私の前に立つと、何も言わないで私を見つめた。
その視線に私はなんだか恥ずかしくなって、うつむいて目を逸らした。
「い、今・・、紀子が泣いてたんだけど・・、何かあったの?」
聞かないでも予想できた。
だけど紀子のあの表情から察することができるその結果が、私には信じられなかった。
「・・・好きだって、言われた。」
『やっぱり・・・。』
紀子は・・、ついに廉に告白したんだ・・・。
でもどうして?
あんなふうに紀子が泣いてたってことは・・、廉の答えは・・・。
「・・・ごめんって、言った。」
廉は、紀子を振ったんだ・・・。
「・・ど、どうして?紀子・・、あんなに美人で、あんなにいい子なのに・・。」
私は紀子が告白すれば絶対にうまくいくと思っていたから、その答えに納得できなかった。
つい廉を攻めるような口調になってしまった。
「俺、好きなやつがいるから。」
「え!?」
初めて聞くことだった。
廉が仲いい女の子は学校では私と紀子だけだと思っていたから、私は廉の言ったことに対して驚きを隠せなかった。
「・・・好きな子って、誰?」
私は少し躊躇ったけど、そう聞いた。
「・・・。」
廉が何も言わないから、私は怒らしてしまったのかと不安になって、上目で廉の顔を見た。
その時、廉の口がゆっくりと開いた。
「ゆき。」
確かに、廉の声はそう発音した。
「え?」
私はその名前が、まさか自分のことをさしているなんて考えもしなかった。
一瞬、自分の名前をかぶらせてしまったことを恥ずかしく思ったりもした。
「・・・私と、同じ名前なんだ?」
私は不自然に笑いながら言った。
でも、廉は表情を変えない。
私は、頭に小さくよぎった考えを現実に見直してみた。
「・・・え・・。」
そうして考えて結果として現れた答えを、私はそれでも信じられなかった。
だってそんなことは・・・。
廉が、・・・私を?
「・・・。」
私は思わず廉の顔を見上げた。
そうして廉が言った言葉が私の耳に届いたのを、私はまるで夢の中のできごとのように聞いていた。
「俺はお前が好きだ。」



廉が、私を好き・・・?
いきなり告げられた信じられないような廉の言葉に、私は何も答えることができなかった。
その様子を悟ってか、廉が先に口を開いた。
「別に返事を期待して言ったわけじゃないんだ。お前の気持ちは分かってるから。」
そうだ。
廉は私が佐野を好きだということを知っている。
佐野は紀子を好きだということを、私が知っているのと同じように。
じゃあ・・・、私と同じような辛い思いを廉にもさせてたってことなの?
それなのに廉は・・、佐野を思って泣いた私にあんなに優しくしてくれたの?
私は自己嫌悪でとてつもなく恥ずかしくなった。
「困らせて悪かった。」
廉は微笑みながらそう言って、廊下を歩いていった。
その次の瞬間に、私の足の力が急に抜け、私はその場に座り込んだ。
『どうして・・、私なんか・・・。』
そうして放心しているような状態の私に、1つの影が重なった。
「さ、佐野!!」
突然目の前に現れた佐野に、私は仰天してすぐにそこから立ち上がった。
今の話を佐野が聞いていたのかどうか、そんなことがものすごく心配になった。
「・・・廉。マジだぜ。」
「え?」
佐野の低い声に、私は思わず聞き返した。
「お前のこと、本気で好きみたいだ。」
今度ははっきりと聞き取れたその言葉に、私の体は反応した。
『佐野、やっぱり聞いてたんだ!』
私はそのことを妙に恥ずかしく思った。
「俺さ、廉の父親の葬式の時。一回帰った後に、なんだか廉が心配になって戻ったんだ。廉の家まで。」
心臓が高鳴った。
佐野、もしかしてあの時・・・。
「はじめて見た。廉があんなふうに人前で泣く姿。」
「・・・・。」
「だから、さ。・・・お前、今好きなやついないんなら、・・・前向きに考えてやれよ。廉とのこと。」


目の前が、真っ暗になった。
佐野はそのあとも何か言ったようだけど、私の耳には届いていなかった。
意識が飛んだように、私はその場に立ち尽くしていた。
そうして佐野が私の様子に気付き、私の名前を呼んだ瞬間。
私の右手が、佐野の頬を思い切りひっぱたいていた。


「なんでそんなこと佐野に言われなきゃならないのよ!!」
廊下に響くのも気にかけずそう叫んだ私は、佐野の顔も見ずにそこから全速力で走り去った。


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Novel Editor