「はぁ・・、なんか月日がたつのは早いものだぁ・・・。」 休み時間、窓の外に見える木々を見つめながらしみじみと思った。 木にはすでに青さはなく、紅葉も終え、すでに葉は茶色に染まっている。 ついこないだ夏休みが終わったと思えば、今はもう11月。 しかもあと数日で12月に入ってしまう。 私は無事に短大に推薦で合格し、廉も同じように専門学校に合格した。 紀子は、もう間近に迫ったセンター試験に最後の追い込みのように勉強に集中していた。 一般受験生がみんなそんな様子のなか、冬休みに入る直前には卒業旅行が控えている。 なんてのんきな学校なんだ、と私でも呆れてしまいそうになる。 「ね、紀子?旅行、行く?」 眠たげに目をこする紀子にそう聞いた。 その呆れてしまうような旅行には、出席しない生徒も多くいる。 もちろんそれは受験を控えた生徒たちだ。 紀子がその立場にいることは分かっているけど、それでも最後の思い出作りであるその旅行に紀子がいなくてはつまらない。 「もちろん行くよ。すっごく楽しみ。」 紀子は明るくそう言った。 「本当!?よかった!!」 私が喜んで声をあげると、紀子は小さく微笑んだ。 冬休みがあけて、三学期に入ったら、学校に来る日にちはほとんどない。 一週間ほど学校に来たら、あとは卒業式までずっと休みが続く。 だからこそ、今度の旅行にはみんなで参加したかったんだ。 私たちの高校生活は、確かに終わりに近づいていた。
「あれ、今日廉休み?」 その日、朝のホームルームが始まっても廉が姿を見せなかった。 「風邪かな?」 紀子が心配そうに、誰も座っていない廉の席を見つめた。 「ゆき、妃崎。」 先生が教室から出て行くと、佐野が声を掛けた。 「ね、佐野。廉、今日どうしたの?」 私は紀子の心配を察して、佐野にそう聞いた。 だけど佐野の様子がいつもとは違っている。 「佐野?」 不思議そうに佐野を見つめると、佐野が小さく口を開いた。 「あいつの親父・・・、昨日、亡くなったって・・・。」
その日は雨だった。 廉のお父さんのお葬式に参列者は少なく、喪服をきた廉は、まるで私たちの知らない人のように思えた。 廉のお父さんは深夜に交通事故に会い、運ばれた病院で亡くなったと聞いた。 廉の目には涙はなく、凛とした姿で座っていた。
「それじゃあね。廉。」 お葬式が終わり、家には私たちと廉だけになった。 「あぁ、わざわざ来てくれてどうもな。明日はもう学校には行くから。」 「うん・・、分かった。」 私は廉に何も言うことができなかった。 廉が泣いているならまだしも、いつもとかわらない廉の様子が余計に切なかった。 誰もいなくなった廉の家はいやに冷えて。 この家に、今日から廉は一人きりなんだ・・・。
家に帰った私に、お母さんは暖かい紅茶を入れてくれた。 家族が突然いなくなるって、一体どんな気持ちなんだろう。 私の頭に、文化祭前日の出来事が浮かんだ。 私が悲しい時に廉は優しくしてくれて。 私は、廉にしてあげることはないんだろうか。
「ゆき、どうした!?」 玄関の扉を開けた廉は、驚いたような表情を見せた。 家に帰った私は、やっぱり廉の様子が気になって、もう一度戻ってきてしまった。 「あ・・、何か忘れ物?じゃあ今・・・。」 「あ!違うの!」 「え?」 廉が私を見つめた。 「あの・・、あのね。」 私は自分でも何が言いたいのか分からなくなり、つい俯いてしまった。 「・・・もしかして、心配してきてくれた?」 廉が優しい声で言った。 「もしそうならさ、俺、全然平気だよ。親父が死んだっていうのに冷たい息子だろ?」 廉は明るく言った。 だけど何だか・・・。 「俺の親父さ、とんでもない飲んだくれでさ。事故のときも、なんか被害者みたいに言われてるけど、本当は酔っ払って親父が道路に飛び出したのが原因なんだ。」 「・・・・。」 「仕事もしないでさ。本当にどうしょうもねぇ親父だったから。・・・俺、大嫌いだったんだよ。親父のこと。」 いつか、家をでたいと言っていた廉の様子が頭に浮かんだ。 「でも・・、それでも血のつながったお父さんなんだから・・。本当に嫌いだったわけ、ないよ。」 「・・・・。」 「だってさ、もし廉のお父さんがいなかったら廉は生まれてなくて・・。そうじゃなかったら私、廉に出会えてなかったんだよ?廉が今こうして生きてるのはお父さんとお母さんがいたからで・・・。だから、本当は廉だって・・・。」 「・・・・。」 廉は、一瞬黙った。 廉の立場に立ったことなんてない私が、こんなことを言うのは無神経なのかもしれないと思ったけど、それでも言わずにはいられなかった。 だって、私は本当に廉は感謝してるから。 廉と友達になれて本当によかったと思うから。 廉がつらい時は、たまには私に頼ってほしかったんだ。 「・・・なんでかなぁ。」 廉がふいに言った。 一歩前に出て、空から降ってくる雨を見上げるように顔を上げた。 雨の音が、耳に響く。 「親父もさ、俺の母親と離婚するまでは今よりはずっとましだったんだ。俺が小さいころは、一緒にキャッチボールなんかもしてくれて。」 廉の瞳が、懐かしい過去を見た。 「ずっと親父のこと憎んでたはずなのに・・・、どうして・・・。」 廉の声が震えたのに、私は気がついた。 「どうしてっ!、今になって思い出すのは・・・。そんなことばかりなんだ・・・・っ!」 廉の頬を、涙がつたう。 私の知らない廉が、そこにはいた。 男の子の涙を見るのは、この時が初めてで。 不謹慎にも私はその時、その涙があまりにも綺麗に見えて驚いていた。 「・・・。」 私は精一杯背伸びをして、廉の髪をなでた。 きれいな細い髪が、私の指を通る。 「・・・?」 廉の涙で濡れた目が、私を見た。 「前、廉こうしてくれたでしょ?私がつらくて泣いちゃった時。私ね、あの時すごくうれしかったから・・・。」 廉がしてくれたのと同じように。 私はそれ以外何もできなかったから。 「・・・俺、男なのにかっこわるいじゃん・・。」 廉の瞳が、かすかに笑った。 「男とか女とか、そんなの関係ないよ。悲しい時は、男の子だっていっぱい泣いていいんだよ?廉は私の友達なんだから・・、たまにはかっこわるいところも見せてよ。」 「・・・・。」 廉は少し驚いたように私のことを見つめた。 そうして口元に笑みを浮かべると、自身の大きな手で目頭を押さえた。 「・・・お前って・・。」 「え?」 聞き取れないよな小さな声で何か呟いた廉を、見上げようとしたその時だった。 「・・・!!」 廉の腕が、私の体を抱きしめた。
|
|