「ごめん、廉。ありがとね。」 私の涙はようやくおさまった。 見上げた廉の顔は逆光で照らされてよく見えなかったけど、優しく微笑んでいた気がする。 「元気出せよ。あいつはお前をないがしろにしたわけじゃないんだ。」 「・・・うん。」 「明日は高校最後の文化祭だ。楽しまなきゃ損だろ?」 だから元気をだせって、そう言われた気がした。
「あ、ゆき!大丈夫?」 二人で戻ると紀子が心配そうに駆け寄った。 「あ、全然大丈夫だよ。ごめんね、心配させて。」 そういえばさっきの廉の行動、紀子気にしてないかな? もし私が逆の立場だったら、やっぱり嫌だもん。 「あの、さ。紀子・・・。」 ・・・何か言おうとしたけど、止めた。 わざわざ弁解するほうが変だもんね。 廉は友達として、あんなふうにしてくれたんだもん。 「ゆき、ホントに平気か?休んでてもいいぞ?」 佐野の声は優しい。 ちゃんと私を心配してくれてるんだ。 佐野にとって私は“友達”だから。 でも私は、それだけで十分だといえるほど無欲ではいられないんだよ。 佐野。 私のことを見てよ。 紀子じゃなくて私を・・・。
「店番終わり?」 窓の外を見ながらぼーっとしていた私に、突然佐野が声かけた。 文化祭当日。 やっぱり昨日のことが頭から離れなくて、どうしても心から楽しめない。 「あ、うん。」 そう短く答えると、そこでもう黙ってしまった。 会話が、続かない。 「・・・お前さ、何か怒ってる?」 佐野が遠慮気味に聞いた。 「え?」 「だって・・さ。なんか朝から余所余所しいしさ。俺、何かしたかな・・って。」 「・・・。」 やばい。 佐野ってば、私の様子が変なのに気付いてたんだ。 「別に、怒ってなんかないよ。」 私は笑顔を作ってそう言ったけど、やっぱりどこかぎこちなくなってしまった。 「なら・・、いいんだけど。」 佐野はそれでも困ったように頭を掻いた。
「な、今日さ。中夜祭のバスケ試合見に来る?」 気まずい雰囲気に、佐野は話題を変えた。 「あー、うん。行くよ。佐野出るんでしょ?」 「あぁ。一・二年対引退組み。絶対負けられないよ。」 佐野の目がきらきらした。 思えば私が佐野を好きになったきっかけはバスケットだったけど、もし佐野がバスケをやってなかったら、私は佐野を好きになっていなかったんだろうか。 もしあの試合を見に行かなければ、佐野は仲のいいただの友達で終わっていたのかもしれない。 こんなに苦しい恋なら、初めから好きにならないほうがよかったのかな・・・。 「・・・紀子も見てるから、余計負けられないね。」 わざとそんなことを言った。 私のその言葉に佐野の返す言葉が一瞬遅れたのは、ただ照れているだけだと思った。 「・・・・・俺は、妃崎よりもお前に応援してもらいたいんだけど。」 「え?」 突然の佐野の言葉を、私はすぐに理解できなかった。 紀子よりって、どうして? どうして佐野、そんなこと・・・。 「ゆき、覚えてるかな。俺らが1年のときの試合。」 もしかして・・・、あの時の事言ってるの? 私が、佐野を好きになった・・・。 「俺初めて出た試合だったんだけど、負けちゃってさ。その試合で三年生が引退だったから、俺ほんと悔しくて、気がついたら涙ぼろぼろでてきて。そん時応援席見たら、お前同じように泣いててさ。後でどうしてお前が泣くんだよなんてからかったりしたけど、・・・ホントはすげーうれしかったんだ。それから俺、お前が試合見に来るたびにその時のこと思い出して、がんばんなきゃって思ってた。あんなふうに泣かれたら、俺、困るからさ。」 佐野は、少し照れたように笑った。 「・・・・っ。」 私は、胸にこみあげてくるものを抑えるのが精一杯だった。
佐野、覚えててくれてたんだ・・・。 私が佐野を好きになった時のこと・・、佐野はそんなふうに思っててくれてたんだね。 うれしさで、胸が熱くなる。 そうだよ。 「もしも」なんてない。 だって現実は、佐野はバスケットが大好きで。 私はそんな佐野の全部を好きになったんだ。 好きにならなければよかった、なんて・・、もう思わない。 私、佐野を好きになれてよかった。 佐野、知らないでしょ? 佐野の言った言葉で、私はこんなに幸せになれるんだよ。
その日、試合で見せた佐野の透くようなシュートは、今も私の心の中に残っている。 私がこれから誰に恋をしようとも、絶対に消えない私の宝物だよ。
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