■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

永遠の時を抱きしめて 作者:今井明菜

第3回   恋しい人
10月に入って衣替えが済み、秋の訪れがいっそう感じられる。
学校は一週間後に控えた文化祭にむけて、いやに慌しい。
文化祭も今年が最後。
私たちの今は、毎日毎日すべてのことが、最後のことだらけなんだ。

「ね、今年も文化祭でカップル生まれるのかなぁ。」
「んー、どうだろうね。でもやっぱ三年生は多いんじゃない?」
私と紀子は文化祭の準備をしながらそんなことを話していた。
文化祭は学校のイベントの中ではかなり大きなものだから、それに乗じて好きな人に告白するという生徒は少なくない。
「ね、紀子はさ。廉に告白しないの?」
「え・・・!?」
紀子は頬を赤くした。
「やだ。何言うの。しない・・、わよ・・。」
紀子の声は急に小さくなった。
「紀子と廉って美男美女でホントお似合いなのに。絶対うまくいくと思うんだけどなぁ。」
「・・・そんなこと、ないわよ。」
一瞬、紀子の顔が翳った。
「水無瀬君は、私のことなんて何とも思ってないよ。その位、分かるもの・・・。」
そんなことない!!って、私は思わず叫びそうになったけど・・・、やめた。
紀子は私と同じように長い間廉のことを見てきたんだ。
佐野が紀子を好きだということが分かるように、紀子も何かを感じているのかもしれない。
簡単に、口だせることじゃないよね。


楽しみにしていた文化祭もついに明日にまで迫った。
前日には準備する時間がまる一日与えられている。
まるで違う校舎にいるかのように、教室中が色を変えた。
「ゆき、妃崎。俺ら看板製作だから、外で作業だって。」
佐野にうながされて私たちは中庭にでた。
あたりに木材やらダンボールやらが散らばっていて足の踏み場もないくらいだ。

10月に入ったと言っても今だ、夏のなごりがかすかに残っていて、こうして作業しているといつのまにか汗がにじんでくる。
私と紀子は並んで作業をしていた。
「ね、ここの色さ・・・。」
いいかけたその時、壁に立てかけてあった木材が、なにかの拍子でバランスをくずし、崩れ落ちる音を立てた。
「え・・・。」
振り向いたその時に、落ちてくるそれをスロモーションで見た気がする。
「紀子!!」
突然の佐野の叫び声が、いやに耳に響いた。


大きな音と共に地面に崩れた木の塊は、私と紀子のすれすれの場所に転がっていた。
周りにいた人たちみんなが驚いたようにこちらを見ている。
「妃崎!!平気か!?」
佐野が駆け寄った。
私は今目の前で起こったことよりも、佐野の発した言葉に動揺を隠せなかった。
『・・・佐野。いつもは紀子のこと苗字で呼ぶのに・・。』
「ゆきも・・、大丈夫かよ?」
佐野がこっちを見た。
『なに・・・、それ・・。』
なによりも先に紀子のもとに駆け寄って、紀子のことを心配して、紀子のついでのように私に声をかけた。
「ゆき、どこか怪我した?」
廉が私の前に座り込んだ。
廉がめずらしく慌てたようなそぶりをした。
「ううん・・・、だいじょ・・・。」
答えようとした時、堪えていた涙があふれそうになった。
全然大丈夫じゃないよ。
どんなときでも佐野が一番に考えるのは紀子であって、私じゃない。
そんなことを改めて思い知らされて、涙を堪えることなんかできない。
「ゆき?」
黙ってしまった私に、佐野が心配したように近づいた。
『やだ・・・、今の顔見られたくない・・・。』
こんな嫉妬でいっぱいの顔。
私はつい佐野に背を向けた。
その瞬間、突然私の体は宙に持ち上げられた。
「きゃっ・・・!!」
私を支えていたの廉の腕だった。
俗に言う、「お姫様だっこ」のような格好になった。
「え!!廉!?」
突然の廉の行動に、私の声をひっくり返った。
だけどそんな私を無視して廉は、
「足くじいたみたい。保健室連れてくから。」
そう一言いって、そのまま歩き出した。

「ちょっ!廉!!私怪我なんてしてないよ!恥ずかしいから降ろしてってば!!」
さっきからそんなふうに叫んでるのに、廉は何も答えない。
周りの生徒たちの視線が痛いくらい集まった。
『廉てば!一体どうしちゃったの!?』
私はあまりのことで顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。


廉がようやく私を降ろしたのは、保健室・・・ではなくて、誰もいない体育館の中だった。
「廉・・・?なんで体育館なんか・・・。」
広い広いその空間の中で、私の声だけが響いた。
「お前が、泣きそうな顔してたから。」
廉がやっと口を開いた。
「え・・・?」
私はそう言ってからはっとした。
もしかして廉・・・・。
「好きなんだろ?佐野のこと。」
落ち着いた声でさらりと言った。
「・・・し、・・知ってたんだ・・・。」
私は廉にその事を話したことがなかったから、それなのに知られていたことが妙に恥ずかしかった。
「見てれば分かるよ。」
そう言いながら廉はその場に腰を下ろした。
体育館のど真ん中に二人。
なんだか変な感じだ。
「でも・・、佐野なんかちっとも気付いてないのに・・・。」
――見てれば分かる。
その言葉をついこないだ自分でも発していたことを、私は覚えていなかった。
だからそれに、深い意味なんか何もないと思っていた。
『廉、私のこと思ってあの場から連れ出してくれたんだ・・・。』
そのことにやっと気がついて、私は廉に感謝した。
だってあのまま、あの場にいることなんてできなかった。
佐野の叫び声が、頭の中から消えない。
「・・・っ!」
思い出した途端、私の目から涙がこぼれた。
恋が苦しいものなんて、佐野を好きになった時から知ってたのに。
今ほどその事を、深く感じたことはなかったかもしれない。
その場に座り込んで、私は子供みたいに泣いた。
廉は何も言わないで、やさしく私の頭をなでてくれた。



後になって廉の気持ちを知った時、私は自分のしたことをひどく後悔した。
自分だけが苦しいなんて思って、廉の優しさに甘えていた私が。
誰よりも廉を傷つけていたことに、あの時の私はどうして気付けなかったんだろう。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor