10月に入って衣替えが済み、秋の訪れがいっそう感じられる。 学校は一週間後に控えた文化祭にむけて、いやに慌しい。 文化祭も今年が最後。 私たちの今は、毎日毎日すべてのことが、最後のことだらけなんだ。
「ね、今年も文化祭でカップル生まれるのかなぁ。」 「んー、どうだろうね。でもやっぱ三年生は多いんじゃない?」 私と紀子は文化祭の準備をしながらそんなことを話していた。 文化祭は学校のイベントの中ではかなり大きなものだから、それに乗じて好きな人に告白するという生徒は少なくない。 「ね、紀子はさ。廉に告白しないの?」 「え・・・!?」 紀子は頬を赤くした。 「やだ。何言うの。しない・・、わよ・・。」 紀子の声は急に小さくなった。 「紀子と廉って美男美女でホントお似合いなのに。絶対うまくいくと思うんだけどなぁ。」 「・・・そんなこと、ないわよ。」 一瞬、紀子の顔が翳った。 「水無瀬君は、私のことなんて何とも思ってないよ。その位、分かるもの・・・。」 そんなことない!!って、私は思わず叫びそうになったけど・・・、やめた。 紀子は私と同じように長い間廉のことを見てきたんだ。 佐野が紀子を好きだということが分かるように、紀子も何かを感じているのかもしれない。 簡単に、口だせることじゃないよね。
楽しみにしていた文化祭もついに明日にまで迫った。 前日には準備する時間がまる一日与えられている。 まるで違う校舎にいるかのように、教室中が色を変えた。 「ゆき、妃崎。俺ら看板製作だから、外で作業だって。」 佐野にうながされて私たちは中庭にでた。 あたりに木材やらダンボールやらが散らばっていて足の踏み場もないくらいだ。
10月に入ったと言っても今だ、夏のなごりがかすかに残っていて、こうして作業しているといつのまにか汗がにじんでくる。 私と紀子は並んで作業をしていた。 「ね、ここの色さ・・・。」 いいかけたその時、壁に立てかけてあった木材が、なにかの拍子でバランスをくずし、崩れ落ちる音を立てた。 「え・・・。」 振り向いたその時に、落ちてくるそれをスロモーションで見た気がする。 「紀子!!」 突然の佐野の叫び声が、いやに耳に響いた。
大きな音と共に地面に崩れた木の塊は、私と紀子のすれすれの場所に転がっていた。 周りにいた人たちみんなが驚いたようにこちらを見ている。 「妃崎!!平気か!?」 佐野が駆け寄った。 私は今目の前で起こったことよりも、佐野の発した言葉に動揺を隠せなかった。 『・・・佐野。いつもは紀子のこと苗字で呼ぶのに・・。』 「ゆきも・・、大丈夫かよ?」 佐野がこっちを見た。 『なに・・・、それ・・。』 なによりも先に紀子のもとに駆け寄って、紀子のことを心配して、紀子のついでのように私に声をかけた。 「ゆき、どこか怪我した?」 廉が私の前に座り込んだ。 廉がめずらしく慌てたようなそぶりをした。 「ううん・・・、だいじょ・・・。」 答えようとした時、堪えていた涙があふれそうになった。 全然大丈夫じゃないよ。 どんなときでも佐野が一番に考えるのは紀子であって、私じゃない。 そんなことを改めて思い知らされて、涙を堪えることなんかできない。 「ゆき?」 黙ってしまった私に、佐野が心配したように近づいた。 『やだ・・・、今の顔見られたくない・・・。』 こんな嫉妬でいっぱいの顔。 私はつい佐野に背を向けた。 その瞬間、突然私の体は宙に持ち上げられた。 「きゃっ・・・!!」 私を支えていたの廉の腕だった。 俗に言う、「お姫様だっこ」のような格好になった。 「え!!廉!?」 突然の廉の行動に、私の声をひっくり返った。 だけどそんな私を無視して廉は、 「足くじいたみたい。保健室連れてくから。」 そう一言いって、そのまま歩き出した。
「ちょっ!廉!!私怪我なんてしてないよ!恥ずかしいから降ろしてってば!!」 さっきからそんなふうに叫んでるのに、廉は何も答えない。 周りの生徒たちの視線が痛いくらい集まった。 『廉てば!一体どうしちゃったの!?』 私はあまりのことで顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。
廉がようやく私を降ろしたのは、保健室・・・ではなくて、誰もいない体育館の中だった。 「廉・・・?なんで体育館なんか・・・。」 広い広いその空間の中で、私の声だけが響いた。 「お前が、泣きそうな顔してたから。」 廉がやっと口を開いた。 「え・・・?」 私はそう言ってからはっとした。 もしかして廉・・・・。 「好きなんだろ?佐野のこと。」 落ち着いた声でさらりと言った。 「・・・し、・・知ってたんだ・・・。」 私は廉にその事を話したことがなかったから、それなのに知られていたことが妙に恥ずかしかった。 「見てれば分かるよ。」 そう言いながら廉はその場に腰を下ろした。 体育館のど真ん中に二人。 なんだか変な感じだ。 「でも・・、佐野なんかちっとも気付いてないのに・・・。」 ――見てれば分かる。 その言葉をついこないだ自分でも発していたことを、私は覚えていなかった。 だからそれに、深い意味なんか何もないと思っていた。 『廉、私のこと思ってあの場から連れ出してくれたんだ・・・。』 そのことにやっと気がついて、私は廉に感謝した。 だってあのまま、あの場にいることなんてできなかった。 佐野の叫び声が、頭の中から消えない。 「・・・っ!」 思い出した途端、私の目から涙がこぼれた。 恋が苦しいものなんて、佐野を好きになった時から知ってたのに。 今ほどその事を、深く感じたことはなかったかもしれない。 その場に座り込んで、私は子供みたいに泣いた。 廉は何も言わないで、やさしく私の頭をなでてくれた。
後になって廉の気持ちを知った時、私は自分のしたことをひどく後悔した。 自分だけが苦しいなんて思って、廉の優しさに甘えていた私が。 誰よりも廉を傷つけていたことに、あの時の私はどうして気付けなかったんだろう。
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