「つまんなーい!」 最近の私の口癖はこればっかりだ。 夏休みに入ってすでに二十日がすぎてしまった。 推薦ねらいだからといってまったく勉強しないわけじゃあないけど、それにしても高校生活最後の夏。 これじゃあ、あんまりだ。 紀子は受験勉強で大変だろうから無理に誘うことなんてできないし、佐野や廉をあらためて誘うとなるとなんだか緊張してしまう。 「佐野は・・・、なにしてんだろー・・・。」 ふとそんなことを考えることが、最近はやけに増えた。
「あ、電話。」 お風呂から上がって部屋に戻ると、ベットの上に放り出された携帯電話が着信音を響かせていた。 「もしもしー・・。」 あわてて着信先の名前を見ないで電話にでた私の耳に届いた声は、いやに懐かしさを感じせた。 「佐野っ!?」 二十日ぶりの、佐野の声だった。 「よ!ゆき、元気してた?な、今お前んちの前にいるんだ。十秒以内に降りてくるよーに!」 「え・・・。ちょっ・・!」 返事を返す暇なく、佐野の電話は切れた。 『え・・・、家の前にいるって!?』 私は着たばかりの部屋着から着替えて、まだ乾ききってない髪のまま外に駆け出した。
「・・・・紀子!廉!!」 そこには佐野のほかに二人の姿もあった。 「紀子久しぶりー!今日、塾は?」 「今日は休み。たまには息抜きしなくちゃ続かないよ。」 佐野と廉は自転車できたみたいで、その籠の中に花火が入っているのが見えた。 「あ、花火!」 私は思わず声を高めた。 「そ。夏だからな。」 佐野を改めて見た。 『髪、切ったんだ。』 久しぶりに会うと、そんなことまでがドキドキの原因となる。
夜の闇に、光の花が咲く。 キラキラと輝くそれは、自分たちだけが違う空間にいるような錯覚を覚えさせた。 「佐野ってばどうしたの?突然花火やろう、なんて。」 手で持った花火に蝋燭で火を灯しながら、何気なく聞いた。 やわらかな音を発して、火が色彩を発した。 「んー、だってさ。高校最後の夏だから思い出作りたいじゃん。」 「うん。そうだね。」 ふと横に目を移すと、紀子と廉が笑いながら話している。 佐野がそっちを気にしているのが、なんとなく分かった。 「あ、それにさー・・・。」 佐野が花火に目をやった。 佐野の顔が照らされる。 オレンジの光が淡く光って。 なんだか胸がきゅんとなる。 「こんなふうにみんなで騒いでられるのなんて、あと少しじゃん?」 「・・・・。」 火は、静かに消えた。 「よーし!打ち上げやろうぜ!!」 佐野は突然立ち上がると、そういって大きな花火を手にした。 火がつけられると、それは高音とともに空に打ち出された。 「わ・・、きれーい。」 小さいころの私は、こんな花火を見ているとき、胸がはずんで無邪気に喜んでいたのを覚えている。 だけどどうしてか今は・・・。 上がっては消えていくその光が、なぜだか儚いものように思えた。
――あと少し。 そうなのかな・・・。 そんなこと、考えもしなかった。 だって、みんなといるのがこんなに楽しいから。 こんなに・・・、楽しいから・・・。 この瞬間は永遠だと、思ってしまっていたんだ・・・。
家に戻る道。 星空の下を自転車が走る。 佐野の後ろに乗った私の腕に、おもわず力が入る。 どんなに近くにいても・・・、私に見せてくれるのはいつも背中だけ。 届かない気持ち。 伝わらない思い。 『好きだよ・・・。佐野・・・。』
夏休みっていうのは短いもので、ついこないだ始まったばかりと思っていたら、もう終わってしまった。 夏の終わりというものは、なぜだか淋しい思いを感じる。 短くなっていく日も、時折感じる涼しい風も。 そんななんでもないことが、たまらなく切ない。
始業式の始まりは、いつも変わらない校長先生のあいさつから。 夏休みの間にぬりかえられた校舎の壁が、いやに眩しかった。 「それじゃあね、ゆき。また明日。」 午前中に終わった始業式の後でも、紀子はすぐに塾に向かった。 私はなんだかすぐに帰る気にならなくて、校舎の周りをなんとなく歩いていた。 『そうだ。佐野、体育館にいるかな。』 そう思ったら、佐野のバスケをする姿が見たくなって、私は体育館に足を向かわせた。
「あれ?いない・・、かぁ。」 見渡した中に佐野の姿は見当たらなかった。 『今日は、帰ったのか。』 しかたなく私も帰ろうと思って、歩きだした。 だけど、すぐに足は止まった。 『佐野・・・。』 体育館の脇、小さな木立が並ぶその横に、佐野の後姿が見えた。 そうして、その前に立つ女の子。 私はその状況をすぐに理解した。 しばらくすると女の子は何か口走り、佐野に後ろを向けて走っていってしまった。 「・・・・。」 佐野もくるりと背を返した。 「あ、ゆき・・。」 私の姿を見止めた佐野は、少し恥ずかしそうに声をあげた。 「・・・佐野って、意外にもてるやつだよね。」 「なんだよ、いきなり。」 「だって。告白、されたんでしょ?」 佐野は黙って少し顔を赤くした。 「なんで・・・、断っちゃったの?」 その理由なんて分かってるのに、私の口からはなぜかそんな言葉が出た。 「だって・・・、さ。」 それに続けることはなく、足で石をけるようなしぐさをした。 「・・・そっか。佐野は、・・・紀子が好きなんだもんね。」 「え!?」 私のふいな言葉に佐野は驚きを示した。 「な、なんでお前・・・!?」 知っているんだ、と言いたかったみたいだけど、動揺してるのかそれは続かなかった。 「なんでって、見てれば分かるわよ。」 二年半。 佐野を見てきたんだから。 「・・・あ・・、そう・・・なのか。」 佐野は額に手をあて、赤くなった顔を隠そうとした。 その姿が、私の胸を痛くした。
「お前は?」 「え?」 佐野が言った。 「好きなやつ、いないの?」 「・・・。」 心臓の音、大きくなった。 ・・・なんでそんなこと、佐野が言うのよ。 どうして、気付かないの? 私こんなに、あんたのことが好きって顔してるのに。 「・・・いない・・よ。」 そう答えるのが、精一杯だった。 佐野は、紀子が廉を好きなことくらい分かってる。 きっとそれは、いつも紀子のことを見てるから。 私の気持ちに全く気付かないのは、佐野には私のことなんか見えてないからなんだね・・・。
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