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永遠の時を抱きしめて 作者:今井明菜

第1回   最後の夏
私が佐野を始めて意識したのは、高校一年生のときに見に行ったバスケの試合でのことだった。
私が知っている佐野はいつもふざけて笑っているようなやつで。
試合に負けて、涙を流したあいつを見た時、私は大きくなっていく心臓の音に気付いたんだ。


高校三年になった今でも、その胸の高鳴りは続いている。



「紀子、おはよー。」
夏まっさかりの今、教室の中はうだるような暑さだ。
この中で勉強に身をいれろなんて、先生たちもあんまりだと心底思う。
「どうしたの、ゆき?朝からご機嫌だね。」
すでに席についていた紀子がニコニコしながら聞いた。
「だって明日から夏休みだもん。暑い中、学校にこないですむと思うとうれしくって!」
そのことで私は無意識に笑みをもらしていた。
「受験生にとっては夏休みも喜べることじゃないよ。どうせ塾にいかなきゃいけないもの。」
「そっか。紀子は四大志望だもんね。私は短大が推薦で決まりそうだけど、一般受験はやっぱり大変か。」
でも紀子は頭もすっごくいいし努力家だから、第一希望の大学だって絶対うかると思う。
妃崎紀子は高校一年のときから私の一番の親友。
クラス替えが三年間ない学校だから、その中で紀子みたいな女の子と一緒のクラスになれて本当によかったと思う。
紀子は頭がいいだけじゃなくて、ものすごい美人。
目鼻立ちがくっきりとしてるのに、日本美人って言葉にぴったりで。
さらさらの黒い髪もよけいに紀子の魅力をひきたてた。
おまけに性格までいいから、男の子にもてるのはいうまでもない。
それでも誰ともつきあっていないのは、一年生の時からずっと好きな子がいるからなんだ。
紀子みたいな子に好かれたら誰でも嬉しいと思うのに、紀子がその人に告白しない理由は分からない。



「あ、おはよ。二人とも。」
紀子が私の背中の向こうに声をかけた。
佐野夕夜と、水無瀬廉。
佐野は朝からTシャツを着て、それを汗で濡らしている。
部活を引退した今でも、ときどき朝練に混じってバスケをしている。
最後の夏の公式戦では、佐野が入部して初めて決勝戦までいったけれど、わずかな差で敗北してしまった。
肩を落として、悔し涙を流した佐野に、私は二年前の試合のときを重ね合わせていた。
それまではただの仲のいい友達だった佐野への気持ちが、恋へと変化を始めた時だった。
廉は明るい茶髪と、日本人離れした容姿がいつでも人目をひいた。
佐野とは同じ中学で、性格は違うのにずっと仲がいい。
それでもって、紀子の・・・好きな人。



「明日から夏休みだ!!やっとこのあっつい教室にこなくてすむと思うとうれしー!」
おもむろにその場で制服に着替えを始めた佐野はそう叫んだ。
OB推薦ですでに大学が決まっている佐野ほど、この夏休みを楽しみに待ち望んでいた受験生はいないだろう。
「ゆきと同じこと言うね。佐野くんってば。」
ほんの何分か前の私のセリフをだぶらせて、紀子が笑った。
「ゆきぃ、俺の真似すんなよなー。」
「私が先だもん!佐野こそ真似しないでよ。」
「お前ら、ガキ。」
そんなくだらないことを言ってる私たちに、廉が真顔でつっこんだ。
それを見て笑っていた紀子に、佐野が「笑うなよ。」と言った。
その言葉は優しさで満ちていて・・・。
佐野が紀子を好きだということが、ものすごく伝わってくる。
『分かりやすいヤツ・・・・。』



佐野の想いに気付いたのはいつだったかな。
私が佐野を好きになって、それからまもなくのことだった気がする。
『佐野のバーカ。紀子には好きな人がいるんだから。』
私はそんなことを心の中で思ってしまう。
紀子が廉のことを好きだということは、いつも紀子を見ている佐野なら誰よりも分かっていると思うけど。
佐野は紀子の見た目だけに魅かれたんじゃなくて、紀子の優しい性格とか、そういうのを好きになったんだって分かるから、どうにもならない。


『佐野がバカなら私もか。好きな人がいるのにあきらめられないとこは一緒だもんね。』
終業式が終わって帰り道、私はそんなことを思いながら歩いていた。
いつもは一緒に帰ってる紀子は、今日から塾の夏期講習が始まるため学校から直行してしまった。
やっぱりこの年の夏休みは、今までとは違くなってしまうんだろうなぁと思うと、なんだかちょっと切なくなってしまう。


「ゆき!」
名前をよぶ声と同時に、自転車が私の横に止まった。
「あれ、廉。どうしたの?」
廉の髪が、日に透けてきらきらと光った。
廉の家は私の家よりもずっと離れてるから、自転車で通学している。
時々佐野と一緒に帰ってるみたいだけど、佐野はまた部活に混ざってバスケをやっているんだろうと思う。
私はいつもこの土手の上の道を通学に使っているけど、廉は違う道を通っているはずだった。
「んー、・・・気分。」
短くそう答えた廉は、自転車を降りて手で押し始めた。
「気持ちいいから、俺も歩こうっと。」
廉はモデルみたいに背が高いから、見上げていると首が疲れてしまう。
横から見ると、鼻からあごにかけてのラインがいっそう際立って、廉の顔のきれいさに驚かされる。
『なんで紀子は廉に告白しないのかな?ぜったい美男美女でお似合いなのに。』
そんなことをボーっと考えている。
私は紀子が廉とうまくいったほしいと思っている一方で、それで佐野が紀子をあきらめてくれるだろうと期待しているのかもしれない。
「ねぇ、廉はさ。高校卒業したらどうするの?」
「俺は専門かな。美容師になるのが夢だし。でもとりあえず、・・・家をでたい。」
「え、どうして?」
「・・・・。」
廉は黙ってしまった。
廉はあまり自分のことを話したがらない。
両親がずいぶん前に離婚して、今はお父さんと二人で暮らしてるって聞いたことがあるけど・・・。


「・・・あ、廉って美容師になりたいんだ。うん、合ってる。」
それ以上聞くことはできなくて、私は話題をそのことに向けた。
「ゆきは?何かなりたいものあるの?」
「あー・・・。」
逆に返された質問に、私はちょっとうつむいてしまった。
私にはこれといって将来なりたいものがないから、そういう質問には困ってしまう。
「ないん・・、だよなぁ。特に。小さいころはさ、スチュワーデスとか、ピアニストとか。そういうこと何の考えもなしに言えたけど、今くらいの歳になるといろいろ考えちゃって。大人に近づくにつれて、視野が、せまくなってきちゃってるのかなぁ・・・。」
「自分」というものを理解するようになって、あきらめなきゃいけないことが多くなって。
大人になっていくって、一体どういうことなんだろう。
進路で迷うこの時期だからこそ、そんなことを考えるときが増えている。
「でも、さ。別にそれでもいいんじゃん?17、8歳なんて十分ガキだよ。まだ考える時間なんてたくさんあるんだから。」
「・・・そっ・・か。」
いつも思うけど・・・、廉は私たちよりもずっと大人っぽい。
考え方とか、いろいろ全部。
そういう所を、紀子は好きになったんだと思う。


「それじゃあな。」
私の家の前について、廉は自転車に腰かけた。
「うん。夏休みみんなで集まれたらいいね。」
そう言って、廉に手を振った。

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