「あれ?お母さん。どっかいくの?」 日曜日の朝、忙しなく身支度をととのえるお母さんに私はそう聞いた。 「もう、こないだ言ってあったでしょ?今日は大学のときの友達と同窓会なのよ。」 あぁ、そういえば何日か前にそう言っていたっけ。 大学の同窓会ってことは、愁ちゃんのお母さんたちも一緒なのかな。 「そうだ、お母さん。私の白いコート知らない?膝丈の。」 「うん?」 お母さんは鏡の前でピアスをつけるしぐさをしながら少し考え込んだ。 「あぁ、美羽のクローゼットにはいりきらなかったから。お母さんの部屋のに入ってるわよ。」
「あ。あった。」 お母さんが家をでて、凛との約束の時間が近くなると、私はお母さんのクローゼットの中から探していたコートを取り出した。 ハンガーからはずし、それを羽織った時、ふとクローゼットの上に目が行った。 「・・・なんだろ?」 奥にしまわれている小さなダンボール。 それは何年も手が触れられていないのか、白くほこりをかぶっている。 なぜかそれが気になった私は、上に手をのばしそれを奥から引きだした。 「きゃっ!」 思った以上の重さで、私は体勢をくずしその場に転げた。 あたりには煙るような埃がちらばった。 それを片手で仰ぐようにし、床に散らばったものに目を落とした。 「・・・手紙?」 ダンボールの中身は何通もの封筒だった。 その差出人の名を見た時、私の心臓は一気に高まった。 「な、・・に?これ・・。」 〈梨木 愁〉 たどたどしい文字でそう書かれた名前には、たしかにその三文字がある。 あて先人は、・・・私。 愁ちゃんの字で、「結城美羽」と私の名前が書かれている。 「なんで・・・ッ!?」 手紙はすべて封が閉じたままで、中には私が差出人のものもあった。 これは間違いなく、私が愁ちゃんにだした・・、だすはずだった手紙だ。 ときどきお母さんに出してもらうよう頼んだ手紙。 それが今、私の目の前にある。 「・・・・お母さんが、隠してたの・・?」 信じられないけど、この状況はそれしか考えられない。 でも、どうして!? どうしてお母さんが・・・。
「どうする?夕飯、どっかで食べてく?」 日も暮れ始めた時間、凛が私にそう聞いた。 「・・・え?あ、うん・・・。」 私は意識なさげにそう答えた。 さっき見た映画の内容は全然覚えていない。 その間私はずっと上の空で、出かける前に見つけてしまったあの手紙のことを考えていた。 だっていくら考えても分からない。 どうして手紙を隠す必要があったの? 私、今までに何回お母さんに手紙のことをたずねたか分からない。 毎日学校から帰ってくると、口癖のようにそのことばかり聞いていた。 その時お母さんは、手紙は来てないって答えたじゃない! それなのに、どうして・・・。 「・・・・ゴメン、凛。やっぱり今日はもう帰る。なんか具合悪くて。」 「具合悪い?大丈夫か?ごめん。気付かなくて。」 「ううん、平気。私こそ自分からさそったのにごめんね?」 「いいよ。じゃ、送ってく。」 罪悪感って、こういうことを言うんだろうな。 私、やっぱりこのままじゃいられない。 私のことを心配してくれてる凛に嘘をついて、私は今、愁ちゃんに会いに行こうとしている。 でも、やっぱり私このままじゃいられない。 手紙のことを愁ちゃんにどうしても伝えなくちゃ・・。 その思いが、凛への罪悪感を消してしまうの・・・。
「・・美羽。どうし・・たんだ?」 時計は9時を回っている。 私の突然の訪問に玄関にでた愁ちゃんは驚いた様子だった。 「愁ちゃ・・・。突然ごめんなさい。お母さんたちは・・?」 「母さんも父さんも同窓会だよ。おばさんも行ってるだろ?」 「あ・・、そうか。・・・あの、あたし・・・。」 何といって始めたらいいのか。 私はつい言葉につまってしまった。 「・・・・寒いだろ。中、入れよ。」 愁ちゃんがあごで私を促した。 九年ぶりに入る、愁ちゃんの家。 昔と変わらない匂いに、なぜか涙がでそうになった。 「あの、愁ちゃん。・・・これ。」 リビングに通されて、少し落ち着いた私は、家から持ってきた一枚の封筒を愁ちゃんに手渡した。 愁ちゃんから、私に届くはずだった・・・手紙。 「これ・・、俺が出した・・・?」 愁ちゃんの声色が変わった。 「お母さんのクローゼットに、入ってたの。・・・他に何通もあった。」 「・・・・どう、して・・・?」 思いたくないけど・・・、そうとしか思えない。 「隠してた・・・、みたい。お母さんが・・・。」 「隠してた・・って!なんでそんなこと!?」 愁ちゃんの顔が手紙からあげられた。 離れて座っているのに、愁ちゃんの心臓の鼓動が聞こえるような気がしたのは錯覚だったのか。 でも愁ちゃんの握られた手は、小刻みに震えている。 「私だって分かんないよ・・。どうしてお母さんがそんなこと・・・。」 「・・・・。」 沈黙は、続いた。 時間の流れが速いような、遅いような、そんな不思議な感覚だった。 愁ちゃんはずっと手にした手紙を見つめたまま――。 「あ・・・。」 ふと時計に目をやると、すでに10時近くなっている。 「・・・私、もう帰らなくちゃ・・・。」 そういうと愁ちゃんは静かに顔を上げた。 「あ・・・、そう、だな。」 結局手紙のことにそれ以上触れられず、私は帰ることになった。 愁ちゃんも、何もいわなかった。 「あ・・・、じゃあ、さよなら。」 そう言う私の言葉に愁ちゃんは答えず、自分の靴をはいて玄関を出た。 「・・・?」 「・・・送ってく。」 小さく言ったその一言が、私の顔を一気に赤らめた。
愁ちゃんの横を、私が歩く。 九年ぶりのこんな光景。 でもあの頃とは全然違って、愁ちゃんの顔は遠い。 背が、のびたね。愁ちゃん。 横に並んで改めてそう思った。 それだけで胸の奥がきゅんとなってしまうのを、愁ちゃんは知らないよね。 愁ちゃんは何も言わないままだった。 ただ、私の歩調に合わせてゆっくりと歩く。 ゆっくりと、こうして九年前に戻っていけたら・・・。 光り輝く未来だけを夢見てた、・・・幸せだったあの頃に・・・。
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