沈黙が・・・、流れる。 風で流れる木立の音が、その沈黙をさらに深めた。 愁ちゃんの声がその沈黙を静かに破る。 「俺が・・・、好き?」 「・・・・・。」 「・・・・俺が引っ越してからも、ずっと?」 「・・・・・。」 「だったらどうして!?」 愁ちゃんの、思いもかけない大声。 「え・・・?」 「手紙を・・・。」 「手紙?」 心臓が高鳴った。 愁ちゃんは、一体なにを言おうとしてるの? 「引っ越して、何度もお前に手紙を書いたけど・・!お前は一度も返さなかった!!俺のことが好きだったっていうなら、どうして!」 「な、に・・・言ってるの?」 愁ちゃんが私に手紙を書いた? 私が手紙を書かなかった? そんなはずはない。 私は何度も何度も手紙を書いた。 書いたけど・・・。 「そんな・・、そんなはずないよ!私は何回も愁ちゃんに手紙を書いたよ!それでも愁ちゃんは一度も手紙をくれなかったじゃない!!」 これじゃあ愁ちゃんの言ってることとまったく反対じゃない。 どうして、こんな・・・。 「・・・・ほんとに、か?」 「ほんとだよ!私・・・、何を書いたかだってちゃんと覚えてるもの!」 「じゃあ・・・どうして・・・。」 どうして。 本当に・・、どうしてそんなことになったの? もし私が愁ちゃんの住所を間違って出していたとしても、愁ちゃんが私の家の住所を間違えることなんて考えられない。 じゃあどうして手紙が届かなかったの? 考えても考えても分からない。 分からないよ・・・。 「・・・っ。」 愁ちゃんが小さく笑った。 「――愁ちゃん?」 「何がなんだか分からないけど・・・、こんなことなら、意地をはらずに早くお前に電話していればよかった。」 愁ちゃんが独り言のように呟く。 「ピアノを弾けなくなって・・・、何もかもがどうでもいいと思ってたあの時、そのことを知っていれば、今の俺も何か変わっていたかもしれないな・・・。」 「・・・・!」
愁ちゃん―・・・。 愁ちゃんは、本当にピアノが好きだったんだ・・・。 それを失った時に、自分自身を絶望においやってしまうほど・・・。 ねぇ、愁ちゃんのその言葉は本当なの? 私なら、そのときのあなたを救ってあげられたの?
「・・・あいつと、付き合ってるのか?」 愁ちゃんが突然言った。 「・・・・っ。」 私は思わず愁ちゃんの顔を見上げる。 愁ちゃんは私から目をそらさない。 あいつ。凛の、こと・・・だね。 「・・・うん。」 不思議・・・。 しっかりと愁ちゃんの目を見てそう答えられた。 そうだよ。 私はこれからは凛だけを見るって約束したんだ。 たとえ愁ちゃんに自分の思いを告白したとしても、それは変わらない。 「そうか・・・。」 愁ちゃんは静かに頷く。 「九年間、ずっとお前のことを想っていたけど、もう・・終わりにするから。」 愁ちゃんはそう言って私に背をむけた。 愁ちゃんの背中が遠ざかる。 愁ちゃんの言葉が私をその場から私を動けなくした。 愁ちゃん、本当なの? 私のことを、想ってた、って・・・。 愁ちゃんも私と同じ気持ちでいてくれたってことなの? 「・・・どうして、今なの・・・?」 どうしてそんなことを今言うの? もう、全部遅いよ・・。 私たちの想いは、手紙と一緒にすれ違う運命だったんだね・・・。
「美羽、あんた数学の授業中一体どこに行ってたのよ?」 その授業が終わり、私は教室に戻った。 「あ、先生に頼まれたもの運んでたら授業始まっちゃって。遅刻していくのやだったからさぼっちゃった。」 沙希には、本当のことが言えなかった。 そのことだけは、決して誰にも言わない。 もう決して思い出さない。 思い出さないから・・・、ゆるしてね。 ・・・・・凛。
「ね、凛。今週の日曜日さ。映画見にいこっか。」 「え?何か見たいのあんの?」 「別に。でも最近二人で出かけてないじゃない?」 「そう、だな。いいよ、いこっか。」 いつもと同じように優しく微笑む凛。 これからはもっともっと凛と一緒にいよう。 そうすれば、もっともっと好きになるね。 ――愁ちゃんのことを、考えなくてもいいくらい。 「おれさ、あせらないから。」 「え?」 凛の口からふいにでた言葉。 「お前がまだあいつのことを忘れられないことくらいわかってるから。それでも美羽があいつより俺を選ぶっていってくれただけでうれしい。だから、俺、おまえがあいつのこと完全に忘れられるまで待つよ。」 「・・・・・。」 やっぱり、凛にはいっつも見透かされてる。 ごめんね、凛。 つらい思いばっかりさせて、ごめんね。 「ごめんね。」 いっつもそればかりで、本当にゴメン。 「・・・いつだって俺の気持ちはかわらないから。」 凛の腕が、私の体を優しく包み込んだ。 「どんな時だって、俺は美羽のことが好きだから・・・。」 凛の声が、たまらなく愛しく感じた。 自分の腕を凛の背中に回すと、思っていたよりもずっと広い。 ――大丈夫。 大丈夫だね、私。 この背中だけを見ていける。 きっと、愁ちゃんのことを忘れられるよ。 凛だけを、見ていける・・・・。 この時ほど、強くそう思えたときはなかった。 それなのに・・・・。
運命は、非情なくらい残酷だった。
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