「凛っ、おはよ!」 「あ・・・、おはよう。」 玄関の前にたつ凛は不思議そうな顔をした。 「なぁに?凛。」 「いや・・・、なんか、元気だなって。」 「どうして?いつもと同じだよ。」 凛には昔から私が考えていることはなんでも分かってしまった。 だからこのときも気付いたのかもしれないな・・・。 こんな風に笑ってないと、何かが突然切れてしまいそうで・・。 ねぇ、凛。 私もう・・、愁ちゃんを思うことはやめるんだ。 もう・・、やめたんだよ・・。
「美羽―!男の子がお呼びだよー。」 帰りのホームルームが終わった後、そんなふうに呼ばれて私は入り口を見た。 いつもと同じように凛が迎えに来た。 そんなふうに思ったのに、今日は違った。 「えっと・・・・。」 見たことがある男の子だけど、名前が思い出せない。 「あ、俺、前期の委員会で一緒だった松浦だけど・・、覚えてない?」 「あぁ!」 そういわれて思い出した。 何回かしか話したことのない人だったけど、突然どうしたんだろう。 「となりのクラスの?」 「そう。よかった、分かってくれて。あのさ、今・・、ちょっといい?」 「え?あぁ・・。」 凛がそろそろむかえにくる時間だけど・・・。 「あ、ちょっとだけなら・・・。」 そう答えると、「ここじゃあ、ちょっと・・。」、と言って屋上にうながされた。 「あのさ、俺、今まで結城さんは片瀬とつきあってるとばっか思ってたからさ、その・・言えなかったんだけど・・・。」 「うん・・・?」 「あの、さ。今付き合ってる人いないならさ、俺と付き合ってくれないかな?」 「え!!」 突然の告白に私はつい大声をあげてしまった。 「え・・・、だって・・、あたし、あんまり話したこともないし・・・。」 「でも俺、入学した時から結城さんのことかわいいって思っててさ。だから最近片瀬とは何もないって聞いて。結城さんに憧れてるやつ、結構いるからさ。早く言ったほうがいいかなって。」 凛以外の人に好きって言われたのはこれが初めてだけど・・・。 『なんか・・・、嫌だな・・・。』 実際話したこともあんまりないのに、なんでこんなこと言えるんだろう。 好きになるって、そんな簡単なことじゃないのに・・・。 「・・・あたし、・・ごめんなさい。」 私は目をふせたまま言った。 「え・・、でも今結城さん彼氏いないんだろ?ならさ、とりあえず付き合ってみて、さ・・。」 とりあえず、って・・・。 「あたし、そんなの嫌だよ。ほんとに好きになった人じゃないと・・・。」 「付き合ってみればさ、ほら。好きになるかもしれないじゃん?だからそう深く考えないでさ。」 松浦君は突然私の腕をつかんだ。 「やだ、離して・・っ。」 なんか、怖いよ。 凛・・・。 ・・・・・・愁ちゃん!!
「その手を離せよ。」 「――愁ちゃん!?」 愁ちゃんは私をつかむその腕を乱暴に払った。 「なんだ、あんた?」 愁ちゃんは何も答えないまま私の腕をひっぱり歩き出した。 「おい、まてよ!なんだよ、お前急に!!」 「・・・・!」 その手が愁ちゃんの肩をつかんだとたん、愁ちゃんの腕があがった。 耳に響く鈍い音。 次の瞬間には顔を赤くはらした松浦君が何メートルか先に転がった。 「きゃあ!愁ちゃん!!」 私は思わず愁ちゃんの背中に抱きついた。 松浦君は何か口走ったようだけど、愁ちゃんが上級生だと分かったのか、屋上のドアのほうに走っていってしまった。 「あ、・・ごめっ・・・。」 私ははっとしたように愁ちゃんの体から離れた。 愁ちゃんは何も言わないまま、向こうをむいたままだった。 どうして・・・・、こんな風に現れるの・・? どうして、今みたいに助けてくれるの? そうだから私は・・・。 私、は・・・。 「あの・・・、愁ちゃん?・・・助けてくれてありがとう。あ、その・・。」 「美羽!」 私が言い終わる前に、愁ちゃんじゃない、別の声が聞こえた。 「凛・・・。」 凛はあたしじゃなく、愁ちゃんの目の前にたった。 「美羽に何の用だよ?」 「・・・何?」 「あんた、美羽にひどいこと言っといていまさら何の用だって言ってんだよ!」 「凛!やめて!違うよっ!!愁ちゃんはあたしを・・・!」 私がその言葉に凛はせつなさそうに顔をしかめた。 凛には私が愁ちゃんをかばっているように聞こえたのかもしれない。 「お前・・・、あんなこと言われてもまだこいつをかばうのかよ?」 「凛・・・?」 「そうやって・・・!!お前はこいつをかばうんだ!!おれじゃなくてこいつを・・・!!」 「凛・・、違うよ・・!そうじゃなくてっ!」 「触るな・・・!!」 「・・・・・!」 私の手を、凛が思い切り払いのけた。 凛は一瞬とまどったような表情を見せたけど、そのまま走って屋上の階段を駆けおりていった。 「凛!!」 私もその後を追った。 愁ちゃんには何も言わないまま・・・。 凛のしぼりだすような声が頭に焼き付いて、私にはそのまま放っておくことなんてできなかった。 「凛待って!待ってよ!!」 階段を駆け下りていく凛を追いながら、そう叫んでも凛は振り向かなかった。 もう部活の時間が始まっていて、校内は静まりかえっている。 階段をける私たちの靴音だけが響いた。 「凛っ・・・・!きゃっ!!」 1つの足音が途絶え、私の体は宙に浮いた。 「・・・・美羽!!」 私より下を走った凛の足が止まり、思い切り広げられた腕に私の体はすいこまれるように、落ちた。 そのまま凛の体はくずれ、背中を打った衝撃が私の体にも伝わった。 「いっ・・て・・・。・・・美羽!大丈夫か!?美羽!!」 凛は私の下敷きになったのに、自分の体よりも私の体を心配した。 「美羽・・・?」 「・・・平気・・、平気だよ。凛・・・。」 凛は安堵したように深く息を吐いた。 「・・・よかった・・。」 凛の熱い息を近くに感じた。 凛の腕に力が入る。 でも全然苦しくない。 今までずっと、私を守ってくれた腕だった。 凛の熱い息、速い鼓動。 こんなのわがままだって分かってる。 だけど・・・・。 〈シュウチャンヲ オモウコトハ、ヤメル・・・〉 「・・・・きらいに、ならないで・・・。」 「――え?」 「私の手・・、離しちゃ嫌だ・・・。ずっと、そばにいてくれなきゃ、やだよ・・・!」 「美羽・・・?」 「私も、・・・もう凛しか見ないから・・・。」 「・・・・美羽っ。」 「・・・・愁ちゃんのことは、・・・忘れる、から・・・。」 沈黙が走る。 凛の鼓動だけが、速い。 「ほんと、・・か?」 「・・・・・。」 「あいつより・・・、俺を選ぶ・・・?」 もう、何も考えない。 愁ちゃんのことは、何も思い出さない。 この暖かな腕をこれ以上傷つけることは、私にはできない・・。 だから、ね。 「・・・うん。」 「・・・・。」 「凛を、選ぶ・・。私は、凛を選ぶよ・・。」 凛の腕のなかで、そう答えた。 ――これで、よかったんだよね・・・・? 返ってくるでもないその問いかけを、心のなかで呟いていた。
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