「愁ちゃん!愁ちゃん久しぶり!ねぇ、わたし美羽だよ。愁ちゃんどうしてこっちに?あぁ、でもうれしい!ほんとに・・・」 私は次の瞬間には愁ちゃんのもとに走りよっていた。 周りの女の子が騒いでいるのにも、一緒にいた凛の表情が一瞬凍りついたのにも気付かなかった。 「ねぇ、愁ちゃん!いつ戻ってきたの?前と同じ家に住んでるの?ねぇ、わたし・・・」 私は興奮したまま、一人で愁ちゃんにしゃべり続けた。 愁ちゃんはだまったままでいる。 「・・・愁ちゃん?」 「・・・離せよ。」 愁ちゃんは低い声で言った。 わたしは思わず愁ちゃんの上着を手でつかんでいた。 「あ…、ごめ・・。」 私が手をはなすと同時に、愁ちゃんはわたしに背を向け歩いていった。 「愁ちゃん!?」 そう叫んでも、愁ちゃんは何の反応もしない。 遠ざかってしまう背中を、追いかけることができなかった。 「・・・愁ちゃん。」 「美羽!」 凛が後ろで私の名前を呼んだ。 私がはっとしたように振り向くと、周りでは女の子たちが怪訝そうな顔でわたしを見ていた。 「帰るぞ!」 凛は私のほうに走り寄ると、そのまま腕をつかみ早足で歩き出した。
「痛い…っ、痛いよ、凛!」 校門をでたあたりで、そう叫ぶと、凛は我にかえったように手を離した。 「ゴメン・・。」 「・・・。」 凛も私も黙ってしまった。 冷たい風が頬をかすめた。 「…ねぇ、さっきの人、愁ちゃんだったよね?ね、凛も覚えてるでしょ?二つ年上で私の幼なじみの…。」 「・・・覚えてるよ。」 凛は低い声で言った。 「どうして愁ちゃん・・、私のこと覚えてないのかな・・?だって愁ちゃん・・。」 「俺が知るかよ!!」 凛が普段は絶対にあげないような大声をだした。 「・・・凛?どう、したの?私何か・・・。」 「・・・あいつを覚えてるかって!?忘れたことなんてねぇよ!いつか戻ってくるんじゃないかっていつも不安だった!お前があいつのことをずっと忘れてないのを知ってたからだよ!!」 「凛・・・?」 「何でお前はそうなんだよ!?なんでいいかげん気付かないんだよ!!どうしておれがお前と同じ高校にまで来たと思ってんだ!?」 「凛!」 私の声に、凛の言葉が止まった。 「どうしたの?凛・・」 私の怯えたような表情に、凛は一瞬切なそうな表情を見せた。 「・・・・いい加減、気付けよ。・・あいつのことなんて忘れろよ・・。」 凛の冷たい指が私の頬に触れた。 どうしてか・・、体が凍ったように動かなかった。 ただ、近づいてくる凛の顔が、思っていたよりもずっと大人になっていて。 この時初めて、凛が男の子に見えた・・・。 「・・・。」 凛の唇が私の唇に重なった時、 愁ちゃんの顔が頭に浮かんで・・・消えた。 「り、ん・・・。」 「・・・そういう、ことだから・・。」 凛はそう言って、走っていった。 私はその瞬間に足の力がぬけて、その場に座り込んでしまった。 『凛・・っ』
「はぁ・・・」 私はベットの上に寝転んだまま、さっきからため息ばかり吐いている。 凛とのキスが頭のなかをぐるぐると回っている。 それから、九年ぶりにあった愁ちゃんの姿・・・。 唯一愁ちゃんからでた一言。 あの時の愁ちゃんは冷たい目をしてた。 「愁ちゃん・・・、私のことなんてきらいになった・・?だから手紙もくれなかったのかなぁ?」 愁ちゃんのことも、凛のことも、もう全然わかんない。 「どうしたらいいのか、何にもわかんないよぉ・・・。」 私はまくらに顔をおしつけて、泣いた。
「あら、凛君。美羽はもう行っちゃったわよ。なんだか急いでてねぇ。あの子から聞いてなかった?」 「・・・そう、ですか。」 朝、私はいつもより30分早く家をでた。 何か用事があったわけでもない。 凛にあうのが怖かったんだ。 凛に会って、どんな顔をしていいのかわからなかった。 凛の思いをはじめて知って、何を言っていいのか分からなかった。 「凛の、ばか・・・。」 どうして急にあんなことするのよ・・・。 「美―羽、きいたぞ。あんた例の転校生と昨日なにやらあったんだって?幼なじみ君一筋じゃぁなかったのかぁ?」 教室に私より遅れて入ってきた沙希は、すぐに私に話しかけた。 「沙希ぃ・・。」
「え!?あの転校生が美羽の幼なじみだったの!?」 「うん・・・。」 1限の始まりをしらすチャイムがなりおわったあとも私と沙希は屋上から戻らなかった。 「へぇ、こっちもどってきたんだぁ。でもよかったじゃない!美羽、ずーっと待ってたんだから。」 「うん、でも・・・、愁ちゃん昔とは変わっちゃたみたいだった・・・。」 愁ちゃんはどんなときでも、私をあんなふうな目でみたことはなかったのに。 「まぁ、九年もたってれば人は変わるだろうけど・・・。いきなりのことであっちもおどろいたんじゃない?もう一度会えばさ、また昨日とは違うかもしれないし。」 「うん・・・。」 私の気分はおちこんだままだった。 「それにしても、凛君はついに告白したかぁ・・。」 「え、ついにって?」 「だって私知ってたもの。凛君が美羽のこと好きだってさ。」 沙希はさらりと言った。 「えっ!なんで!?凛が・・言ったの?」 「何言ってんの!見てれば分かるわよ!!凛君があんたをすきだってことぐらいさ。きづいてないのは美羽くらいだって。」 「うそ・・・、そう、だったんだ・・・。なんで言ってくんないのよぉ。」 「私が言うわけにはいかないでしょ?それに美羽が幼なじみの彼のことをずっと思っていたのは凛君も気付いてただろうしさ。告白するのもすっごい勇気がいったんだと思うよ?なんか答えてあげたほうがいいんじゃないかなぁ。」 「・・・うん。分かってる。」 「美羽、凛君。来てるよ?」 放課後、沙希にそう言われ廊下を見ると、凛の後ろ姿が見えた。 私は一瞬戸惑ったけど、席から立ち上がって凛のほうに向かった。 「・・・凛。」 私が小さな声で呼びかけると、凛は振り向いた。 「あの、今日ゴメンね?朝・・、先に行っちゃって・・・。」 「こっち。」 凛はそう一言言って歩き出した。 凛に連れてかれたのは朝、沙希と来た屋上だった。 「謝るのは、俺のほう。・・昨日はゴメン。」 凛の目は私をまっすぐ見つめていた。 小さいころから見慣れている、凛の顔が初めて会った人のように見えた。 それに耐えられなくて、私はつい俯いてしまう。 「あー・・」 凛はいきなり自分の髪をぐしゃぐしゃにした。 「ほんと・・、自分でもなんであんなことしたかわかんないんだ。俺・・、ずっと自分の気持ちをいうことなんてないと思ってたから・・・。」 「・・・・。」 「でも・・、もう、今だから言うけど・・・。」 凛の髪が風でなびいた。 風の匂いが、優しくて、胸の奥がきゅんとなった。 「俺は、お前が好きだよ・・。」 「・・・・。」 わたしは急に頬があつくなって、そのまま下をむいてしまった。 「小さいころからずっと好きだった。―美羽のことが、世界で一番好きだ・・・。」 凛がすごく真剣に言ってくれてるのが伝わってきて、私の目には涙が溢れてきた。 こんなに大好きな幼なじみなのに・・、どうして・・。 どうして愁ちゃんのことが、こんなにも忘れられないんだろう。
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