「え?学校休むって、美羽風邪でもひいたんですか?」 「え、えぇ・・、ちょっとね。ごめんなさいね。凛君。」 玄関から二人の声が聞こえてくる。 いつもとかわらず私を迎えに来た凛は、私の体調を心配してくれた。 熱なんかにのに、頭が痛い。 体が動かない。 昨日のことがすべて夢ならいいと、心から願っていたのに・・・・、その日も変わらず朝は明けた。 一晩中起きたまま考えて、それでもまだ信じられない。 私と愁ちゃんが―――。
〈あなたたち二人は兄弟なのよ。〉
私たちが聞きたかったのは、お母さんたちがどうして手紙を隠したりしたかということ。 そのことを知りたかっただけなのに・・・。 お母さんは話はこう続いた。 私たちに手紙を渡さなかったのは、お互いが恋愛感情をもたないようにするためだったという。 「徹の転勤は数年のものだったから、いづれはこっちに戻ってくると聞いていたの。・・・その、幼なじみの男女が恋人同士になるということはよく聞いていたから・・・・、いくら子供のうちといってもむやみに親しくさせるわけにはいかなかったのよ・・・。正直、美羽がまだ愁くんのことを気にしているのを知っていたから、麻里華たちとも話し合ってこっちに戻ってくるか迷ったんだけど・・・。愁くんに彼女もできたというし、・・・・なによりも愁君の顔を見たかったから・・・。」 お母さんの目は、母親の目をしてる。 今のそれは私に対してではなくて、間違いなく愁ちゃんに向けられた目だった。 愁ちゃんは、何も言わなかった。 今考えて見れば、私よりも愁ちゃんのほうがつらい立場だ。 だって18年間、実の親だと信じて疑うはずもなかった両親が、本当はちがくて・・・。 どうして愁ちゃんを気遣ってあげることができなかったんだろう。 だけどあの時私には、自分を保っているだけで精一杯だった・・・。 「・・・・・っ!!」 枯れそうな程泣いたのに、それでもまだ涙は溢れてくる。 昨日、階下でお母さんとお父さんの話し声が聞こえた。 お母さんは泣いているようだった。 でも今の私はお母さんを気遣う言葉なんてかけられない。 どうしていままで言ってくれなかったの? どうしてこの気持ちに気付いてしまう前に、話してくれなかったの? どうして・・・・。 神様という存在を、これほど否定したくなったことはなかった。 だって・・・、だってもし神様が本当にいるのなら。 私と愁ちゃんが兄弟であるはずがない・・・。
「美羽。俺だけど、入っていいか?」 部屋のドアを小さく叩く音。 それから凛の声。 時計を除くと、午後4時を回っている。 いつのまにか眠っていたようだった。 どんなに悲しいことがあっても、やっぱり人は眠ったり、お腹が減ったりしてしまう。 生きているということは、そういうこと。 「・・・・美羽?」 凛がもう一度呼んだ。 「だ、・・・だめっ!入っちゃだめ!」 私の口からはおもわずその言葉が出た。 だって、こんな状態で凛と会うことなんかできない。 昨日聞いたことで、私はあらためて実感してしまったんだ。 私はきっと・・・、凛と兄弟だって言われたら、今とはちがう心境だったと思う。 その違いが・・・、凛と愁ちゃんへの思いの、違い。 「・・・入るぞ。」 扉の開く音とともに、空気が流れた。 「やだっ!だめ・・・!」 私は体にかかった毛布を頭の上まで引き上げた。 「どしたんだよ?」 「・・・・・・。」 だめだ・・・・。 また、涙が滲んできて・・・、体の震えがとまらない。 「・・・美羽?」 凛の声のトーンが変わった。 「美羽、こっち見ろよ。」 「・・・・。」 「美羽!」 凛の手で、私の表情を隠していた毛布が体から離された。 「やっ・・・・!」 その瞬間、凛と目があった。 一晩中泣き続けた私はきっとひどい顔をしていたと思う。 凛はその私を見て、とまどった表情を見せた。 「・・・・どうしたんだよ・・・。」 「・・・・なんでも、・・・ない。」 消え入りそうな声で、やっとそう答えた。 「なんでもないなんてことないだろ!?そんなに目、赤くして!一体何があったんだよ!?」 「なんでもないってばっ!!」 私はおもわず声を張り上げる。 行き場のない怒りを、凛にぶつけてしまったんだ。 「・・・・ごめ・・。」 「・・・美羽?」 「ごめん・・・・っ。ごめんね・・・、凛。」 「・・・・・。」 私のその言葉は、凛に対していくつもの意味を含んでいた。 凛はそれを、すぐに理解したようだった。 「・・・あいつか?」 心臓が、大きく揺れた。 「あいつのことが、まだ好きなんだろ?」 凛の顔はうつむいている。 凛はきっと誰よりも・・・、もしかしたら私よりもそのことをよく分かっていたのかもしれない。 それを知っていて、変わらず私に優しく接してくれた。 「・・・・ひどいのは俺なんだ。お前のその気持ちを知ってても・・・、それでも美羽を俺のものにしたかった・・・・。だってこんなにも好きになれる相手は、きっとこれから先も現れないと思うから・・・。」 「ちがっ・・・・!違うよ、凛!!悪いのは全部私なんだよ!?その私に・・・・、そんなふうに優しくしないでよ・・・・。」 凛の気持ちに答えるといって、結局ずっと愁ちゃんのことばかり思って。 どうにもならない真実を知っても・・・、それでも・・・・。 「・・・俺さ、こんなの自己満かもしれないけど・・・。美羽の幸せが俺の幸せなんだ。・・・だから、俺の横にいてくれても美羽が幸せじゃなきゃ、何の意味もないんだよ。」 「・・・・。」 「・・・・・だから、・・・美羽が本当に幸せだと思えることを、選んで。」 凛が、静かにそういった。 その表情は、穏やかに微笑みをうかべてる。 凛は、心からそういってくれているんだ。 「だめ・・・。だめなんだよ。愁ちゃんを・・・、好きでいることは・・・できない。」 「美羽・・・、どうして・・・・?」 口にしたら・・・、きっと本当にそれが現実であるということを実感してしまう。 私の恋が終わる時が、きっと今なんだ。 「私と愁ちゃんは・・・・。」 私の大切な・・・、大切な初恋が。 「私たち・・・、・・・・兄弟なんだもの・・・・っ。」
「―−−きょう・・、だい?」 凛は息をつまらせたような声で言った。 私が話した一部始終に、驚愕の色を隠せないようだった。 こんなこと、誰だって信じられない。 16年間という短い人生の中途で、その半分以上の時間、愁ちゃんのことを続けてきた。 こんな結果なら、愁ちゃんに嫌われていたほうがましだった。 それなら、まだ心の中で思い続けることはできるもの。 それなのに・・・、もう、それも許されないなんて。 凛は、それ以上何も言わなかった。 何を言っても、どうにもならないことだから。 凛にもそのことが、よく分かっていたんだね・・・。
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