作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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武家屋敷の各所に出入りする、清十郎だが、村上家の用人・左源太には、特に気に入られた。
ある日、用人が、算盤で帳面調べをしている。入った清十郎、頭を抱えた様子の用人に、
「どうか、なされましたか」
「残金との勘定が合わぬ。銀六十匁(約一両)が足らぬのじゃ。どう調べても合わぬ」
「酒や油は蒸発するから、それも勘定に入れるようにと、ご城主さまが諭されたとか、聞いていますが」
「ほ、お前、ご当家に詳しいのう。だが、それはない」
「では、わたしめに、見せてください」
算盤と帳面を渡され、ぱちぱちと勘定をし、即座に清十郎、
「確かに、六十匁分足りません、…九で割り切れるなら、桁違いだが、…ひょっとしたら」
清十郎は、帳面を凝視する。
「ああ、やはり、ここだ。ご用人さま、蚊ですよ」
「カ?」
「ここの、一の字に蚊の死骸が乗って、七に見えるのですよ」
「ホントだ。そう言えば、夏の晩、蚊が飛んできたのを叩いたなあ。……ははは、清十郎ありがとよ」
「やはり『一』の字は、『壱』に書かれた方が、ようございますね……」
帳面を見ながら、清十郎、話を続ける、
「ご用人さま、わたくし考えるのですが、この帳面では、両、分の金貨の出入りが、割とありますが、銀使いになされたら」
「大身の武士は、金使い、普通の武士や町人は、銀使い、庶民は銭使いと決まっているぞ」
「ですが、上方(大阪)から西は銀使いで、それに……」
説明を聞いた、用人、
「清十郎、お前、当家に勤めぬか。いや、勘定方の手代に、わが殿に推挙してもらおう。その才なら、武家になれるぞ」
「いえ、身分不相応な欲は、持っておりませぬ」
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