作品名:吉野彷徨(W)大后の章
作者:ゲン ヒデ
← 前の回 次の回 → ■ 目次
酒席の兄弟
朝廷の宴席で、草壁と大津が酒を酌み交わしている。
「兄上、叔母上は、わたしのこと、えらく気にかけておられますけど、どうしてですか?」
「どういうこと」
「父が、なぞなぞ遊びで、みなに褒美をやりだしたでしょう。昨日、呼ばれた後宮の宴で、叔母上に『公のところでするのは、如何なものか、と意見したい』と言うと、真っ青になり『陛下に諫言はいかぬ。この頃、気が短いので、お前を罰するようなことになったら、死んだ姉に申し訳が立たぬ。わたしがソッと、申し上げる』ですって」
「父上が、大津を罰する? まさか……言いたい放題のおまえの悪口を聞いても、目を細めて笑顔の父を……母は変だなあ」
「言いたい放題じゃあないよ、ちゃんと考えてから、喋っているよ」
「わたしは、ちゃんと考えてから、黙っているがねえ」
「案外、兄上は、父上よりも名君になれそうだ」尊敬のまなざしで兄を見た。
「よせよ」兄は照れた。
宝剣の返還と天武の死
天武十四年(六八五)九月末に天武は発病し、長い闘病生活に入るが、その間、名医を呼び寄せたり、僧侶の読経、各所の神社に祝詞、大赦もしたが、次第に病は重くなった。
ついには、多治比嶋が、草薙の剣の祟りではないかと、皇后に告白した。
直ちに、熱田神宮に返されたが、神宮側は驚いた。
調べると、宝櫃の剣は真っ赤な偽物だった。で怒った神宮の大宮司は、神官らを引き連れ、法海寺へ押しかける。
が、老僧・道行は、落ち着いて言う、
「ああ、やはり、王家に祟りがでましたか。実は、あのことは、帝の近従のお頼みで、したこと。あの大乱では、みごと陛下に勝利のご加護を与え、今は、この地に戻りたい、と祟りをなす。霊験あらたかなことですなあ。ですが、また、皇位の争いで、また盗まれ、争乱が起これば、…… 表向きは、拙僧が、新羅の国の隆盛のため神刀を奪って、国に帰ろうとして暴風雨に遭い、捕まったことにしなされ」
威厳を持って言われて、宮司たちは帰った。
草壁の剣を返し、神仏に祈ったが、いかなる方法をしても、天武の病は、癒えなかった。
「大王(おおきみ)は神にしませば……」と詠われた天武が亡くなったのは、天武十五年(六八九)九月九日であった。齢は……?……。
← 前の回 次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ