作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 砂漠に点在するオアシス国家間を結ぶ貨物船のターミナル埠頭には、大型貨物ホバークラフト船が何隻も接岸していた。
 巨大なホバークラフトが次々に入港し、荷役を終えると出航して行く。
 カズマが乗船するファルコン号は、第8埠頭西岸壁で出航の準備に追われていた。
 ファルコン号は、総トン数980トン、全長80m、船底から船橋までの高さは15m。船橋が船体後部に造られているため、前面に広い甲板があり、貨物の積み下ろしのためのハッチが3つ付いていた。艫にも甲板があるが、ここにはコンテナが山積にされていおり、最後部に推進用プロペラが2機ついている。貨物船だが舷側や船橋上部、マストなどに銃座が常備されており、軍艦なみの火力を持っている。
 乗組員は船長ほか士官が5名、甲板員8名、機関員4名、そのほかに傭兵が10数名常時乗船している。建造1年の新造船だが、まっ黒に塗られた船体はファルコンというよりはカラスという雰囲気で華やかさはない。
 カズマが埠頭に着くと三河屋の大型トラックからコンバットロボが船積みされるところだった。コンバットロボは木枠で梱包されたまま、クレーンで吊られ、甲板のハッチのリフトで武器庫に入れられた。
 カズマの姿を見るとトーイチローは、
「よう、いい感じに仕上がったよ」
 と言った。
「ありがとう、徹夜になったようだな」
「なんの徹夜くらい」
 トーイチローは明るく笑った。
「ギヤ比を変えてみた。動きが軽くなったんだが、エンジンに負担がかかりすぎる。フルパワーでの長時間使用するときはオーバーヒートに注意してくれ」
「限界は?」
「そうだな、フルスロットルで走りながらの戦闘なら10分、いや安全なのは8分までだな。それ以上は神のみぞ知るだ」
「まあ、戦場でフルで10分走るケースはめったにないと思うが、マシンと相談しながらやるよ」
「そういうことだ。じゃここにサインを」
 カズマが受け取りにサインをするとコーイチローは「毎度あり」と言い残し、トラックで去った。
 1時間後、貨物の積み込みが終わると、作業を眺めていた傭兵部隊がぞろぞろ乗り込み始めたので、カズマもその後に続いた。
 船が岸壁を離れるとき、
「カズマ、がんばってね」
「早く帰ってね」
 など、大声で叫びながらチビたちが埠頭で手を振る。カズマも甲板の手すりから身体を乗り出し、手を振った。
「なんだい、ありゃ、弟と妹か」
 カズマは不意に背後から声をかけられた。振り向くと軍服を着た大男が立っていた。男は輝くハゲ頭を撫ぜながら、カズマと視線が合うとニッコリ笑った。
 褐色の肌をした顔に大きな傷が斜めに走っている。立派な口髭を生やしているが両端が下向きなため、威厳より親しみを感じさせる結果になっていた。60歳に近いはずだが鍛えられた肉体からは年齢を感じさせない。両肩がこんもりと筋肉で盛り上がり、胸板も厚い。捲り上げた戦闘服の袖から傷だらけの太い腕が出ていた。
 幾度も修羅場を潜ってきた鋭い目つきをしていたが、その男に敵意はなかった。
「兄弟、みたいなもんかもしれないな」
 と、名残を惜しんで、いつまでも手をふる3人を見ながら答えた。
 男は優しい目でチビたちを眺めていた。カズマは男に親近感を持った。
「俺はカズマ、あんたは」
「挨拶が遅れたな。傭兵部隊、隊長のオオコシだ。よろしくな」
「あんたが隊長か。俺はコンバットロボのパイロットだ。こちらこそ、よろしく頼む」
「ああ、船長から聞いている」
「しかし、物々しい航海だな」
「軍関係の特別な荷があるということだ」
「特別な荷とは」
「長年の経験から荷の中身には立ち入らないことにしている。カズマ、1時間後に今航海の警備体制のミーティングを行うなう。コンバットロボのパイロットとして出席してくれるな」
 カズマは隊長が自分のことを一人前の仕官として扱ってくれたのが嬉しかった。
「了解」
 カズマは敬礼をして答えた。
 オオコシの部下になるつもりはないが、船上での護衛戦に単独での行動は全体の作戦に支障をきたす恐れがある。カズマはオオコシの指揮下に入ることに暗黙に同意した。
 中型の貨物船ファルコン号は時速40キロで砂漠を進んだ。
 傭兵たちの船室は武器庫の隣にある板張りの大部屋だった。カズマはボーイから入り口で毛布を受け取り中に入った。
 一癖も二癖もありそうな男たちが10人ほど部屋で暇を潰している。数名が車座になって博打をしているほかは、横になって寝ていたり、それぞれ勝手なことをしていた。
 カズマは比較的空いている辺りに腰を下ろした。傭兵たちはちらりと見たが黙殺した。
 しばらくして船内放送が「護衛隊、ミーティングを行う。3分後に食堂に集合せよ」と伝えた。
 男たちは、ゲームを中断してさっさと立ち上がり、食堂に向かった。カズマもその後に続いた。
 食堂を兼ねたミーティングルームに艦橋での見張り員を除き、傭兵や船の航海士など全員が集合した。傭兵部隊は総勢10人。カズマ以外はオオコシが集めてきた傭兵で、この船の警備をレギュラーで行っている。
 隊長のオオコシと船長が最後に入ってくると、全員が起立して迎えた。オオコシは手を上げて座るように指示し、全員が着席すると新顔のカズマを紹介した。
「今回の作戦に加わってもらったコンバットロボのパイロットのカズマだ。士官待遇とする」
 カズマは立ち上がり、頭を下げた。
 船長からありきたりの挨拶が終わると、オオコシは、室内の電気を消し、プロジェクターに航路図を写した。
「それでは作戦を説明する。今回の任務はカワゴエから新ナカミナトの海外貿易港まで、この船と荷を無事届けることだ。航程は片道250キロ。航海日程は3日。船は関東平野を北上して、オオトネクレパスを迂回しながら、ミトを経由してナカミナトに向かう。途中、ツクバ越えをしなくてはならない。知っての通り、ツクバは山賊の巣だ。今回の航海でもっとも戦闘の可能性があるのは。やはりこのツクバだ。通常の見張り当直は3時間交代4直制で行なう。ツクバ越えは全員戦闘が配備で通過する。そのつもりで。何か質問は」
「どうして今回はコンバットロボを積んだんだ。俺たちだけでは心細いっていうのか?」
 傭兵の一人が不服そうに尋ねた。
「潜入している工作員から通報があった。ツクバ方面で大規模なゲリラ活動が計画されている。この船が狙われる可能性も高い。そこで必要最小限の火力を増強した。どうだ納得したか」
 傭兵たちは頷いた。
「いいか、今回、戦闘に巻き込まれる可能性はかなり高い。毎日、パンツだけは替えとけよ。以上」
 ミーティングが終わると、カズマはオオコシに引き止められ、船長兼ファルコン号のオーナーのマスダを紹介された。マスダ船長は40過ぎの痩せた小男だった。重々しく階級章をつけた制服に大きめな帽子のつばの下からカズマを見ると、
「君がカズマか、よろしく頼む」
 船長は尊大に言った。狡賢そうな細い目がカズマを値踏みするように上から下まで眺めた。
「君の戦歴は協会から聞いている。あのハラダとも互角に渡り合ったそうではないか。素晴らしい人材がこの船に乗ってくれて、私はとても嬉しいよ」
 その態度は慇懃で、腹の底で人を見下しているのが手に取るようにわかり、カズマは不快だった。
 船長が行ってしまうと、カズマはオオコシに、
「あいつ、本当に船長なのか?」
 と、侮蔑を込めて聞いた。
「ああ、船長だ。しかし、一人じゃ何もできない。実際の運航は航海士たちが行うから、心配ない。目的地には着く」
 と、言ってオオコシは大笑いしてカズマの肩をポンと叩いた。オオコシも、船長を信頼していない、ただ口に出すなという合図だった。カズマは世慣れたオオコシのやり方を大人に感じ、この人物を好ましく思った。
「隊長は傭兵になる前は何をしていたんだ?」
「わしか、わしは連邦軍の戦艦に乗っていた」
「ポジションは?」
「巡洋艦の艦長だ。退役するとき階級は少佐だった」
「どうして、傭兵に」
「定年まで勤めて退役さ。暇を持て余して警備会社を作ったというわけだ」
「警備会社ね、そういう言い方もあるね」
 カズマはオオコシが少佐と聞いて、ハラダを思い出した。
「軍で少佐だったら、ハラダには会ったことあるのかい?」
「いや、直接話したことはない。噂にはよく聞いたが。そういえばおまえはハラダとやりあって生き残ったらしいな」
「いや、やり合ったなんてもんじゃない。まったく歯が立たなかった。情けを掛けられて殺されずに済んだだけだ。人に自慢して話すことではないが、協会が売り込み用に勝ってに履歴にしてしまった」
 カズマは正直に答えた。
「奴は優秀な士官だったと聞く。20年前、カラフトの国境に50万のロシア系北方民族が武装して押し寄せた。国境警備隊は6万、関東から50万に対抗できる兵員を送るには最低1週間が必要だ。それにそれだけの兵站を整えるのは当時の連邦軍には不可能だった。とても守りきれないと判断した連邦軍参謀本部は核攻撃で殲滅を図ろうとした。愚かな最悪のシナリオだが、これが最高の頭脳を持つと自称する軍のエリートの判断だった。しかし、軍が核を使う前に、ハラダは6万の兵で北方民族を撃退した」
「どうやって」
「ハラダは敵の兵站をゲリラ戦で徹底的に叩き、50万の食料を絶った。さらに敵が上陸したポイントから半径30キロの住民をすべて移動させ、村を無人にして、核攻撃の噂を流した。無人の村に置き去りにされた敵の兵は、すぐにでも核ミサイルが飛んでくるような気分になりパニックになった。軍参謀本部が本気で核ミサイルを用意していたことも信憑性を与えた。そこを後方から6万の兵でハラダは徹底的に叩いた。統制を失った敵は、霧散して北に逃げ帰ったという。あの時、ハラダがいなければ、また、この世界は変わっていただろうな」
「それほどの男がどうして賞金首になったんだ」
「さあな、それはわからん。軍にいると、人には言えないことがたくさん起きる」
 オオコシは静かに言った。
「カズマ、戦場というのは、無情なものだ。敵を殺らなければ、自分が殺られる。生き残るためには情けは禁物だ」
「ああ、わかっている」
 カズマはオオコシと別れ、船内をくまなく歩いた。歩きながら実戦の際にどこにコンバットロボを配置するのが有効か頭に刻みこんだ。
 アッパーデッキでは傭兵たちが、それぞれの持ち場で武器の手入れをしていた。
「どうだい俺のキャノン砲は、命中率は98%さ。この輝き最高の一品だぜ」
 傭兵は砲身にワックスを掛けながら、デッキを歩くカズマにも聞こえるような大声で、同僚に話しかけた。
「どうだか、山みたいにでかくて動かない相手ならガキでも当てられるぜ」
「まあ、実戦を見ていろ」
 男たちはくわえタバコで分解した機銃の銃身や磨きながら自慢話に興じていた。
 カズマは仲間に加わる気がせず通り過ぎようとすると若い傭兵が話し掛けてきた。
「カズマ、とか言ったな。軍ではどこに所属していたんだ?」
「いや、軍隊には行っていない。しかし、戦闘ロボの操縦は誰にも負けない」
 男は舌打ちすると見下すように言った。
「なんだ素人か。まあ、お兄ちゃんよ。戦場で俺たちの邪魔だけはしないでくれよ。ここは工事現場じゃないんだ」
「ちがいない、はっはっはっ」
 ほかの男達も手を休めずに笑った。カズマはむっとしたが、相手にせず、黙って通り過ぎた。
 一通り甲板を見てからカズマは船底の武器庫に降りた。武器庫には様々な武器や弾薬が箱詰めのまま、山積みになっている。ひときわ大きな箱がコンバットロボだ。
 カズマは釘抜きハンマーで木枠を剥がし、コックピットに座った。エンジンに火を入れ、操縦桿を動かして反応を見る。トーイチローの徹夜仕事のおかげで格段に反応がよくなっている。僅かな試運転の時間でパイロットの癖を見抜き、見事な整備をするトーイチローの職人技に感心した。
 カズマは貨物用エレベーターでコンバットロボを前方のデッキに上げて、無線通信や、機関砲など武器類のをチェックを行った。
 航海は順調だった。
 二日目の昼、往路航程の半分を終了し、いよいよ要注意の峠にさしかかった。オオコシは全傭兵を持ち場に配置し、自らは船橋で陣頭指揮をとった。カズマはボトムデッキの武器庫で出撃用に、ロボットの最終の調整を行っていた。


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