作品名:奇妙戦歴〜文化祭〜最終版
作者:光夜
← 前の回  次の回 → ■ 目次
 「…………」
 苛立ちに任せ孝太は街を歩いている。先ほどから孝太は無言だった。その隣を記月記は関心ないように歩く。歩幅は孝太のほうがやや大き目か記月記は足を出す早さが忙しない。そこに孝太の気使いなどない。ただ闇雲に一人で自分は次の敵を探してるだけなのだから。
 「なあ」
 そんな暗い場が厭になったか、記月記が声をかけた。
 「…………」
 孝太から返事はこない、聞こえていないのかそれとも無視を決め込んでいるのか、孝太の顔をのぞき見る。
 「なあって」
 もう一度呼んだ、それでも返事は無い。無視ではない、孝太に耳に彼の声が届いていないだけだ。それが甚く不満に思ったのか声を荒げる。
 「おいってば、聞いてんのかよっ!おいっ」
 今度こそ怒鳴って孝太を呼んだ。孝太は眉を少しだけ動かすとちらりと眠そうな目で記月記を見た。
 「………ん?」
 それで、呼ばれて出た返事は一文字だけでなぜ記月記が怒っている様に見えるのか皆目見当がつかない様子だ。
 「やっと返事しやがった、つっても満足じゃないけれど」
 怒っているように見えるのではなく事実怒っている。
 「何か、用か?俺は、少し考えているんだが………」
 「はっ、何が考えているだ。ぜんぜん答えを見出せない顔しやがってさ、どうせ頭の中じゃ同道巡りしてんだろ。見りゃわかるぜ」
 「――――――――む」
 孝太は口をつぐんだ。確かに苛立ちは消えている、がそれは逆に考えをを止めている所為。一時の思考停止によるものだ。考えていると口にしてみたが孝太自身頭ではイメージが繰り返されていたに過ぎないはずだ、映像のリピートは無意識下の出来事で孝太が想像していた訳じゃない。ならば自分は何も言え無い。何せ孝太は自分が苛立っていることを認めないのだから。
 「お前さ、藤原っていったっけ?」
 「………孝太でいい」
 「そうか?ならそうする。お前も俺をキックンと呼んでくれ」びしっと親指で自分を指差した。
 「………」
 場を和ませるために記月記は言ったのだろうが孝太は無言の遠慮を示した。
 「む、なんだよ姐さんがつけてくれたイカス二つ名をキョヒるのか?」
 なんだか一人高いテンションでブーイングを出している。
 こう見ていると、記月記は本当にコアなのだろうか?何て思ってしまう孝太。なんでか今の言葉には現代用語の、しかも何処ぞの若者が作った偽語やかなり前の流行語を口にしていたぞ。
 「………はあ。で、何か言いたかったのか」
 孝太はなるべく苛立たないように感情を抑えて言った。
 「ああ、真面目な話。お前の苛立ちを解消してやろうと思ってな」
 人を気遣う言葉が発せられた。何でコアが人間に気遣いをするんだよ、孝太は思った。だがまあ、なんとなく解る気がしないでもない。知能がめちゃくちゃ高いこいつなのだから何が得で何が損くらい把握できているのだろう、孝太を助けるのなにか暇つぶしのような気がする。
 「おまえ、ふざけているのか?」
 「うんにゃ、マジだが。いやま、暇つぶしと取ってもらって構わないさ。俺だって姐さん以外の人間に手を貸すのは好かないし」
 「じゃあ遠慮するっ」
 そう言って孝太の足が速くなる、一度立ち止まったのだが記月記の話を聞いて無駄な時間と取ったのかその足はかなり競歩に近い。
 「ちょ、ちょい待ち、ちょい待ちっ」
 手を孝太に向けてお代官さま〜みたいな格好をする。だから、おまえ小人が中にでも入っているか?
 「だから話を最後まで聞けよ孝太、おまえ返事したときわざと感情を隠したけど俺の何でもない会話でぴりぴりしているじゃないか。それでいいのか?」
 ぴたり、と孝太の足が止まる。
 確かに、孝太は歩き出すとき声の質が違ったことを思い出す。それはやはり苛立ちだった。小さな苛立ちだっただろう。ただの会話で立ち止まり時間を無駄にしただけでこれなのだこのままの状態を続けては絶対に―――――――
 「おまえ、身を滅ぼすぞ」
 的確に、記月記は孝太の心中を当てた。
 「くっ――――」
 立ち止まり怪我をした方の拳を思い切り握った。痛い、正直完治しきっていない腕の拳を普段以上の力で握るのは健康上良くないし治りも遅くなるのかもしれない、それでも記月記に返す言葉が怒鳴り声にはならないだろう。
 「―――――で、それがどうした………」
 「だから、それを解決してやるって言ってんの」
 「お前に、俺の気持ちが理解できるのか―――――――――」
 「できる」
 冗談ではない、目が作り物と言っても記月記の声は真剣そのものだ。はっきり言って孝太には理解できなかった、なんだって人でないものに人の気持ちがわかるのだろうか、そんな気休めは苛々する。
 「いいか、お前は無駄に考えすぎんの、こう身を自然にして簡潔にだな――――」
 だが彼の言葉は続かれている、孝太の抑えている感情が戦慄(わなな)く。このまま話されては何をするのかが解らない。今すぐ雑音(こえ)を止めねば。
 「それでだな、敵と会っても知らぬ振りで――――――――」
 「だまれっ―――――――!」
 「え………?」
 瞬間、時間が止まったように二人は感じた。遠くからは車の走る音が聞こえる。記月記は何事か目を見開く。
 「お、おい………?」
 「黙れ、しゃべるな!」
 孝太は理由を聞こうとする彼を爆発した感情で押しとどめた。それが自分にできる最大の行動だ。あのまま話を聞いて居たら爆発した感情は目の前の罪の無い何かを切り殺していたかもしれないのだ。だから、怒鳴ってでも記月記の声を止めるしかなかった。だが彼はそれを受け入れない。
 「いいからだ黙って聞いていろ、お前は感情的に―――――――」
 「黙れって、言っているだろおおおおおおおおおっ」
 このあたり一帯に響くほどの声で絶叫をあげた。孝太は肩を落とし大きく呼吸を上下していた。記月記は何か声をかけようとしたが顔を上げた孝太の目は正気の者ではない。下手に喋れば斬られかねない。
 「―――――――――――」
 「いい加減、に、しろよ………」
 孝太は押し留めた声で言った。
 「お前に、何が解る。人間の、何がわかるんだっ、俺は自分で今の状況に在るだけだ、苛立ってなんかいない」
 嘘―――――――
 「この感情はただお前の言い方が説教みたいでうっざたいだけだ、黙ってお前は着いてくればいい」
 嘘だ――――――
 「大体、何がわかる。俺の苛立ちを解決するだと?俺の何も知らないのにか?そんないい加減な気持ちで俺の感情が動くと思っているかっ、だいたい突然出てきて何を言っているんだ、俺はさっさと雑魚を倒して斑鳩の所へ行ってこんな下らない闘争を終わらせるんだ、それを時間の無駄で足止めさせんじゃねえ!」
 嘘だ―――――――、叫んだところでそれは自分をごまかす嘘に過ぎない、苛立っていない、そんな事怒鳴られて言われても困る。苛立っていないのならなぜ相手が自分を理解していないといけないなどと言う口論に達するのだろうか、だったら最初から無視をすればいいのではないか、孝太自身わかっている。ただ、やはり苛立っているのだ、話なんか右から左に流せばいいのに。
 「だから、それが苛立っているんだ」
 「だまれ!それ以上言ったらこの場で斬るぞ!」
 孝太は怒りと無意識で刀の柄に手を遣った。むっと記月記の顔色が変わる、確かにこのままではこの場で死ぬことで自分の人生は終わりを迎えるだろう。なら、この目の前の分らず屋を何とかしてからだ。
 「そうかよ、だったら斬ればいいだろう。でもな、最後に言わせろよ」
 「な、なんだっ――――――――」
 孝太は記月記の覚悟に少し戸惑った、こいつは孝太が斬ると言ったらためらい無く受け入れる言葉を口にしたのだ、それは酷くおかしい。自分勝手に怒っている孝太の言葉に従って死ぬ必要は無いのにそれを目の前の彼は受け入れようと口にしたのだ。ならば彼が最後に残す言葉は何なのだろう。
 「孝太、ちゃんと聞けよ」
 「………………」

 お前―――――――なんで、苛立っているんだ?

 「え――――――――――――」
 孝太の思考が白に変わる、記月記は何を言ったのだろう。かなり自分の考えが否定された気持ちだ。知らず、刀から手を離し孝太は地面を見た。
 「それは……………」
 おかしい、記月記の言葉は孝太を怒鳴らせるものだった、なのに最後の言葉は逆に怒りを消し飛ばしてしまった。いかなる魔術か。
 「孝太、落ち着いたか」
 未だ警戒を解かない彼に力なく返事をした。それで彼の肩の力が抜けた。
 「ったく、何だって沿う感情的なんだろうね孝太はもっと柔軟新生きれば良いんだよ」
 はあ、と息を吐く記月記。孝太は考えをめぐらせる、どうして苛立っていたのか自分は何かに苛立っていたのは事実、こう、保けた面をしているのだからそれは大前提だろう。なら理由があるはず、それは―――――――――
 「あ、あれ……………理由、が。無いのか?」
 完全に意識はそれに固執している、傍観的に記月記は孝太の苛立ちを知っている。孝太は単に――――――――
 「孝太、お前の苛立ちっていい加減だな。何だって強さを求めるんだよ」
 「え……………?」
 正直、目の前から聞こえる言葉が理解できない。孝太はまた理由を考えそうになる、でもそれは終わりの無いメビウスの輪と同様の結果だ。
 「はあ……。あのなあ、お前無駄なことをいっぱい考えてきただろ、絶対に」
 「無駄な、こと?」
 「そう、いや、お前の場合無意識かな、だからこんな状況のときは人一倍自分を見失いやすいんだろうな」
 記月記の言い方は誰かと似て回りくどい、言いたいことははっきり言えと孝太は思った。
 「お前はさ、強い奴と連続で戦うなんて状況で戦う相手が人であろうと無かろうと更に強い奴が居るかもしれないなんてかってに思い込む癖があるんだよ。だから次の奴が前回の奴よりもかなり弱いと気落ちしちまってそれが苛立ちになってんの、それだけ」
 「――――――――――そう、か……………?」
 半信半疑で自分の癖を認識する、でもそれは絶対当たっている様にも聞こえた。黎との戦いの後だ二体目を倒したときに苛立ちに似たものを感じた。なら人間くさい黎に当てられたとしか――――――――――
 「それだけ、なのか」
 「当たり前だ、お前さ、この戦いを何だと思ってんの、何だって気持ちを高ぶらせてんの?」
 記月記はまた意味深なことを言った。
 「どういう―――――――」
 「だってそうだろ、現在地上にいるお前の敵はどう考えてもお前より弱いと思うぞ。だったら感情なんかで動く前に自分の確かな言葉を優先しろよ。そうじゃなかったらお前自滅どころか仲間を裏切ることになるぞ」
 「―――――――――――――――」
 確かな、言葉――――――――――それは、約束だ。必ず勝って追いつく、そう約束した。そうだった。何だって俺は、そんなことを失念していたんだろう。大前提はもっと前にあったじゃないか、斑鳩との約束が唯一の前提、なら感情はそこで使うはず、自分は自分を不利にするかもしれない強敵を望んでいた。そんな事無駄なことだったんだ。強敵はもっと高見に居てそれと対峙する友は一人で戦っている。下らない、あまりにも自分の感情と考えが下らなすぎる。
 「くっ……………」
 口元が歪む、自分が馬鹿すぎて甲斐性が無さ過ぎて考え無しで自然と口から息が出た。
 「くく、くははは、はははははは、あはははははははははは!そうだった、何だって!自分で解っていて、ははははははは」
 もはや言葉にならない、不甲斐なさはここに来て笑いになった苛立ちなど初めから無いかのように孝太は空に笑った。
 「解ったか、幻想で怒るくらいなら起きて目の前の現実に怒鳴ったほうが理想的だ、孝太」
 「ああ………その通りだ、なんかスッキリしたな」
 人間問題が解決すると感情とともに心が軽くなる気になる。今の孝太がそれだ、胸の中の蟠りは消え失せ今は充実感と満足感であふれている。
 「良かった、それと悪かった記月記、俺どうかしていたみたいだ。今はハッキリと目標が見えてきた」
 そう、いまやることは地上の雑魚を一掃し空の敵を叩くところからが孝太のスタートに違いない。
 「そうか、なら俺も良かったよ。間接的とは言え、姐さんの手伝いができて」
 「ん、そう言えば何だって葵以外に興味の無いお前が俺(しかも男)を助けるんだよ?」
 「あー、姐さんの起っての頼みだからに決まっているだろうが」
 葵の?なぜ葵が孝太のことを、しかもぬいぐるみに頼むんだよ?
 「実際頼まれたわけじゃ無いんだが。このまえ俺と姐さんと初めて会った時ななんでか斑鳩っていういけ好かない餓鬼が白状にも姐さん一人残してお前を助けに行ったんだ」
 「ああ、そう言えばそんなことも在った。でそれから?」
 「うん、暇だったからその餓鬼が何処に行ったのか聞いたんだ、そしたら友達を助けに行ったなんていうからさなるほど何て餓鬼相手に感心しちまったんだ、俺としたことが」
 なにやらかなり後悔の言葉が出てきた。それほどシンの事が嫌いなのだろうか?
 「ともかく、唯とか言う女の子とは置いておこう、如何せん普通の人間だしな。お前の愛人に手えだす必要もなし」
 「なっ、あ、愛人てっお前な!―――――――――」
 顔の熱が上がる感じを覚えた孝太、そ知らぬ振りをしても記月記は口元がにやけているので誤魔化しは効きそうに無い。
 「へへ、それでお前のことも聞いた。なんでもお前は普段博識らしいからな、そんな人間は大抵無意識に感情を高ぶらせる傾向がある。だからさ俺はそ言う自分で自分が判らなくなる奴は嫌いなんだ。逆にそうな状態の奴を見たら、まあ姐さんの知り合いだからだけどな、ともかくさっきの孝太がその状態の奴だったんだよ。自分で自分を気づかない奴は徹底的に挑発して最後にでかいのをかませばなんとなく自分の境遇を省みることができるんだ」
 どうだこのやろーみたいないい振りで記月記の話は終わった。いや、まだある。
 「でもな、正直言うとお前とさっきあった時聞いた言葉が無かったら殺気だらけのお前には近づかなかっただろうけど」
 「会った時の言葉……………まさか、連れて行ってやるってやつ?あれだけの言葉でか」
 うむ、と記月記は首を振った。何だよ結局、葵がらみだったわけか。でもその言葉が無かったらこの記月記は目の前に居なかったかもしれない。自分の運命って何処で拾うか判らないな〜なんて人生の教訓を学んだ孝太だった。
 「まいいか、そんな下らないことでも起こったのなら必然だし。さっさと行こ」
 ひょいと記月記を持ち上げて孝太は歩き出す、連れて行くと言った手前蔑ろにすることはできない、孝太はやはり律儀である。
 と、そんな二人を嘲笑う声が目の前から風のように届いた。
 「あーらら、いい雰囲気の中悪いけど、ちょっとお前ら馬鹿だろ?」
 「―――――――――――」
 そいつは、黎の生まれ変わりか、そんなことは有り得ない、だが有り得ない事は有り得ないと誰かが言った。ならばやはり目の前に居るのは黎なのだろうか。
 「黎―――――――」
 知らず、孝太もそんな言葉を口にした。




← 前の回  次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ